第48話 君に知られたくなかったから

 水曜の三限終わり。

 瑠汰は焦っていた。


「どうしよう! 次の数学の予習解答作ってないんだが!」

「あぁ。葬式は挙げてやるぞ」

「見殺しにすんな! 助けて!」


 四限の授業は数学であり、担当教諭は厳しい事で有名だ。

 また、編入してきた瑠汰をやけにマークしている。

 予習を課されているのだが、その解答を発表する係に瑠汰が任命されていた。


「教えて!」

「すまん。ここは文系クラスだから俺には荷が重い」

「アタシだって文系だから困ってるんだわ!」

「予習する時間はいくらでもあっただろ」

「な、ないって!」


 何故か挙動不審な瑠汰に俺はため息を吐く。

 知っているのだ、こいつが昨晩また萌夏と一緒にゲームをしていたことを。

 時間なんていくらでもあったことを。


「マジで頼むってぇ……」

「仕方ねえな」


 あんまり乗り気ではないが、真っ白な数学のノートを見せられると流石に教えざるを得ない。

 渋々俺のノートをバッグから取り出し、見せようとした。

 そんな時だった。


「おっ、今日発表だったんだっけ? 頑張って」

「あ……渡辺君」


 何故か珍しく表れた渡辺君に、急にコミュ障を発動する瑠汰。

 何の用だろうか。

 こんな教室隅の辺境にやってくる奴なんてそうそういない。

 文化祭を経て元原君と渡辺君、そして与田さんはたまに話しかけに来てくれるようになったがそれだけだ。


 不思議に思っていると、渡辺君が口を開く。


「瑠汰ちゃん二組の磯谷に告られたんだってー?」


 のほほんと笑う渡辺君。

 ゆっくり隣を見ると、表情を失って固まった瑠汰がいた。


 理解が追い付かない。

 なんだって? 瑠汰が告られた?


「え、あれ? 言ったらマズかった系?」

「ちょっと修斗! 馬鹿!」


 丁度近くにいた与田さんが割って入ってくる。

 気まずそうな顔をする修斗こと渡辺君の頭をパシッと叩く与田さん。

 なるほど、確かにバレー部っぽい。


 なんてふざけた事を思いつつ、俺は隣の瑠汰に視線を戻す。


「あ、えと、その。いや、違くて」


 単語でしか言葉を紡げなくなった彼女に、だんだんと状況を把握してきた。

 瑠汰が告白されたのだ。

 俺ではない誰か別の男に言い寄られたのだ。

 え?


 理解すると同時に頭が回らなくなった。




 ‐‐‐




 ふわふわしたまま数学の授業を受け終え、昼休み。

 俺のおかげで無事怒られずに発表を終えた瑠汰に話しかける。


「えっと、あのさ」

「……」

「告白されたって、本当か……?」


 声が上手く出せなかった。

 好きな女の子が取られたことへのショックからか、喉が締まっている。

 瑠汰は俺の問いに頷いた。


「……うん」

「いつ?」

「昨日の放課後」

「……え?」


 昨日の放課後は一緒に下校した。

 俺はこいつを家まで送り届けている。

 どういうことだ?

 まさかこの世界には瑠汰があと何体かいるのだろうか。

 いや、そんなわけない。


「あはは。一緒に帰った後にまた学校へ戻ったんだよ」

「……なんで」

「なんでって、その……」


 瑠汰は言葉をいったん飲み込み、そして話を続けた。


「昨日の掃除時間に放課後に話があるって言われて。でも男子に呼び出されたこととか初めてでよくわかんなくてさ。とりあえず君には知られたくなかったから一緒に帰ったんだけど……隠してごめん」

「俺に、知られたくなかった?」


 意味が分からない。


「いや、それはその……まぁとにかく、告白されました」


 顔を伏せたままそういう瑠汰。

 どんな表情をしているのかは全くわからないが、声が震えていたのだけはわかった。


 苦しい。

 好きな子が他の男子に告白されていた。しかもそれを隠されていたなんてショックだ。

 でも、俺は瑠汰にとって元カレ。

 ここでショックを受けているのを悟らせるのはマズい。


「はは、おめでとう。やっと彼氏ができたんだな」

「ッ!?」


 俺が苦し紛れに出した言葉に瑠汰は顔をパッとあげた。


「なんだよその顔……」


 何故か涙目だった。

 物凄く悲し気な顔をしていた。

 人生の門出を迎えた女子高生の表情には思えなかった。


「お、おめでとう……?」

「え、いや。彼氏できたんだろ?」

「できてないし」

「は?」

「断ったに決まってるだろ!」

「お、おう……」


 何故か怒鳴られ、困惑する俺。

 と、自分の大声に気付いて彼女はすぐに小さくごめんと謝った。

 しかし直後に消え入りそうな声で呟く。


「君は、アタシに彼氏ができてもいいのか?」

「……ッ!?」


 よくない。

 絶対嫌だ。

 でもそんな事言えない。

 俺にはこいつを縛る道理なんてないのだから。

 でも、大好きだから。


「……」

「なんか言えよ、馬鹿」


 俺は何も言葉を発することができなかった。

 瑠汰がトイレに席を立っても、俺はその場に座り続ける事しかできなかった。


 そうか、放課後は告白されていたのか。

 そりゃ予習なんて手に着かないよな。

 友達と話して落ち着きたいよな。


 あぁ、さっきはもっと優しくしてやればよかった。

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