第47話 夢の日々

 妹に事情を説明するのに時間はかからなかった。

 ただ俺と瑠汰のメンタルはかなり消耗した。


 暗闇のベッドで男女がやることなんて限られているからな。

 そういった行為を連想して恥ずかしくなるのと同時に、実の妹にそんな推察をされたことへの不快感で疲れた。


「はいこれ」

「わざわざ買ってきてくれたのか」

「あんたこれ好きでしょ?」

「ありがとう」

「あんたの分だけ買わないでいじけられても面倒だったから」


 瑠汰と自分の分のアイスに加えて、俺にお菓子まで買ってきてくれていたらしい。

 いつも嫌味や暴言を浴びせてくるくせに、こういう所があるから面倒だ。

 一言余計なのは相変わらずだが。


「あー、チョコミント美味すぎー。激ローだったメンタルと体の疲労が一気に癒される。フェニックスキットだな」

「でもチョコミントって歯磨き粉じゃん」

「萌夏ちゃん、それカレー食べてる人にうんこじゃんって言うのと同じだよ。歯磨き粉を冷凍するのか? うんこに火を通すのか?」

「……」


 的を射ているのかどうなのか、よくわからない反論だ。

 しかし萌夏は納得したらしく黙り込む。

 俺にはよくわからない例えだったが、こいつを論破するとはなかなかだな。

 なんだようんこに火を通すって。

 仮にも学校屈指の美少女が二人そろっている状況下で出る言葉とは思えないんだが。


「チョコミント一口いる?」

「いらない」

「ふーん。あ、でも萌夏ちゃんのはおいしそう」

「……欲しいの?」

「くださいください」

「犬かお前は」


 四つん這いで萌夏に寄っていく瑠汰を見ながら笑う。

 と、犬で思い出したが彼女は今髪を下ろしている。

 何気に初めて見たかもしれない。


 一応言っておくと犬→しっぽ→テール→ツインテールって連想だ。

 プロぼっちになると一人で連想ゲームを始める。


「髪下ろしてても可愛いな」

「ん? ありがと……って、はぁッ!?」

「あ」


 お菓子を食べながら何も考えずに発した言葉に、瑠汰が大きな声を上げた。

 そして俺もびっくりした。

 何を言っているんだ一体。


「ちょ、急にやめろよそういうの!」

「ご、ごめんつい」

「ついって、一番タチ悪い! どれだけアタシの事好きなんだよ」

「あ、いや」

「……」


 既に疲労で頭が回っていないのか言葉が出ない俺に、絶句しながら頬を紅潮させるという高等芸を見せる瑠汰。

 すると除け者にされて寂しいのか、一人ジト目を向けてくる。


「マジでキモいからイチャイチャしないで」

「「いや、別に!」」

「ウザい、キモい」


 淡々とした口調で怒られた。


「そういえばまた普通に学校始まるけど、私には近づかないでね。特に鋭登」

「当たり前だろ」

「バンド覗いたの忘れたのかなお兄ちゃん?」

「……」


 根に持たれていた。

 陽キャというくせに、案外器が小っちゃいのが難点だ。

 とは言いつつあれは全部俺が悪いです。ごめんなさい。

 なんて脳内で懺悔していると、瑠汰が笑いながら禁句を口にする。


「でもあれだけの人数と距離があったのにピンポイントで鋭登に気付くって、萌夏ちゃんどれだけ鋭登の事好きなんだよ」

「ッ!?」


 憤怒の色に顔面を染め上げる妹。

 もうどうなっても俺は知らねえぞ。


 予想通り、直後に喚き散らす萌夏とそれにケラケラ笑う瑠汰を見ながら、俺は思う。


 こんな関係、いつまでも続けばいいな。


 萌夏はいらないが、瑠汰との時間は最高に楽しい。

 今までは全く色味の無かった高校生活が、こいつが転校してきて早一ヶ月、既にバラ色に変わりつつある。

 それもこれも、瑠汰のおかげ。


 こいつに良いところを見せようと、自分の殻を破るきっかけにもなった。

 グループの陽キャと普通に話していたが、今まででは考えられないことだった。


 好きな人ができるだけで人間はいくらでも変われるのだ。




 ◇




 だがそんなモノは長く続かない。


「瑠汰ちゃん二組の磯谷に告られたんだってー?」


 翌週の水曜三限終わりの休み時間。

 珍しくやって来た渡辺君が放った発言で、夢のようだった日々が壊れた。

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