第46話 ベッドイン

「萌夏ちゃん、まだやる?」

「いやいい。もう心折れた」


 何戦やってもダメージ勝負に敗れ、もはや先程までの威勢は失った萌夏。

 これはすごく珍しい事だ。

 負けず嫌いのこいつのやる気を折るとは、流石である。


「ちょっとアイス買ってくる」

「あ、いいな」

「瑠汰のも買ってきてあげる。何が良い?」


 わざわざ1dayコンタクトを着け、どんどんと外用美少女に様変わりする妹。


「なんでもいい」

「それが一番困るんだけど。冷凍のタコ焼き買ってくるよ」

「なにその嫌がらせ。聞いたことないんだが……チョコミントが良い」

「はいはい」


 いそいそと出かけていく妹。

 彼女が玄関から出て行ったところで、瑠汰が聞いてくる。


「鋭登はアイスいらないの?」

「嫌いなんだよ」

「えー、意外」


 俺はアイスがあんまり好きではない。

 口の中ですぐ溶けるから、味気なく感じるのだ。

 萌夏は俺の好みを知っているからこそ、わざわざ何がいるか聞いてこなかったのだと思う。

 ……そうだと信じたい。


「ってかさ、なんかあれだな……えへへ」

「……あ、そっか」


 萌夏が外出した。

 一時的とはいえ、俺達は今二人きり。

 照れ笑いを浮かべる瑠汰を見ていると、ドキドキしてきた。

 まずい。


 リビングに入ると、やけに広く感じる。

 今までに二回、二人きりでこの部屋に入った事はあるはずだが、今が夜であり、泊りというイレギュラーな状態に落ち着かない。


「なんか変な感じ」

「そうだな」

「こんな夜に二人きりって、まるで付き合ってるみたい……あ」

「え?」


 瑠汰の口から出た衝撃の言葉に俺は固まる。

 彼女もすぐに気が付いた。


「あ、えと。その……あはは。なんかごめん」

「……いや別にいいけど」

「元カレだし、まぁこのくらいは普通かな」

「どうなんだろうな。お前としか付き合ったことないからわからないよ」

「……アタシだけ。そういえばそうだったな」


 経験豊富でないため、別れた女の子との距離感なんてわからない。

 それも俺の方はまだ好意を抱いているわけだし、ただの元カノとは少し違うと思う。


 でも元カノとワンナイトみたいな話はよく聞くよな。

 やっぱりよくわからない。


「鋭登、なんで他に彼女作らなかったんだ?」


 黙っていると、よくわからないことを聞かれた。


「作らないじゃなくて、作れないだぞ」

「作ろうと思えば作れるだろ」

「俺の何を見たらそうなるんだ」

「だって今も鳩山さんに好かれてるし、与田さんともいい感じじゃん」

「あれはいじりの一種だろ」

「違うと思う」


 短いズボンで座っているもんだから、隙間からいけないものが見えそうになる。

 この前も散々見えていたが、今はちょっと洒落にならない。


「俺は萌夏と違ってただの不細工陰キャだぞ。ほら、猿だってカースト下部のオスには寄り付かないだろ。本能が俺を拒絶してるんだ。ははは」

「……なんでいつも君は卑屈なんだ? そんな事言うなよ」

「……お、おう」


 何故か泣きそうな顔で言ってくる瑠汰に、俺は狼狽える。

 有無を言わせない圧がそこにはあった。


「鋭登はカッコいいし面白いし、良いとこいっぱいあるよ。アタシが知ってるから」

「……」

「って、あのその、別に……いや。うん」

「なんだよ急に。壊れたのか?」

「いや、アタシがいつも余計な事言っちゃうから悪いのかと思って」

「……」


 彼女はグッと近づくと、俺の目を見つめてきた。

 瑠汰の日本人離れした綺麗な瞳に、俺の冴えない顔が反射している。


「ちゃんとカッコいいから、自信もって。アタシの前で悲しい事言わないでくれよ」

「……ごめん」

「謝らないで欲しいんだが」


 確かにその通りかもしれない。

 こいつは三年前、俺を好きでいてくれたのだ。

 俺が俺を否定することは、以前の瑠汰を否定することにも繋がる。

 それは……よくないな。


「よし、俺は面白い。カッコいいぞ」

「……それは流石にキモい」

「どうすればいいんだよ」


 苦笑を漏らすと、瑠汰の顔にも笑顔が戻る。

 ほっとした。

 やっぱり瑠汰は笑っている方が可愛い。


「そういえば今日って寝落ちした場合どこで寝るんだ?」

「あ」


 ふと疑問に思って尋ねると、瑠汰がフリーズした。

 今晩はまだ長いだろうが、思った以上に三日間の疲れは蓄積しているし、風呂に入ったせいで既に少し眠い。


「ベッド一個しかない……」

「それは、どうしようか……」


 瑠汰と萌夏が一緒に寝るのはセーフだろう。

 死を恐れなければ、俺と萌夏が一緒に寝るのもありだ。

 だがしかし、家主を追い出すのは意味が分からん。


「いいよ、その椅子貸してくれよ」

「まぁそうなるよな……」


 と、瑠汰は何を思いついたかベッドを指す。


「じゃ、じゃあとりあえず今寝てみてよ」

「はぁ?」

「いやさ、今だけでも横になっていいから」

「はぁ?」


 何を言っているんだこいつは。

 とは思いつつ、案内されるがままにベッドに横になる俺。

 彼女の使用する枕に頭を置き、布団をかけてもらう。


「どう?」

「……いいと思う」


 やばい。

 濃い瑠汰の匂いがする。

 全身が彼女に包まれているようだ。


 と、何故か電気を消してベッドに腰かけてくる瑠汰。

 どういう状況なんだよ。


「えへへ。よく寝れそうだろ? お父さんイチオシのマットレスなんだ」

「……」


 本気でこいつが何を考えているのかわからない。

 男に自分のベッドを使われるのに拒絶感情がないのか?


 なんて思っていると。


「は? 二人でベッドでなにしてんの?」


 若干焦った妹の声が暗闇に響いた。

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