第40話 勤勉な瑠汰ちゃん

「……マジ最悪だ」

「なんか悪かったな……」

「君が悪いわけじゃないんだけどな……昨日ならもっと可愛いの着けてたのに、何で今日なんだよ」

「なんか言ったか?」

「言ってない」


 相変わらずぼそぼそと独り言を入れ込んでくる奴だ。

 何を言われているのか気になるからやめて欲しい。


 洗面所を出ると、そのままリビングに通される。

 部屋はこの前写真を撮りに来た時よりも、少し綺麗だった。


「掃除してるんだな」

「ん? まぁ、うん」


 何故か歯切れ悪く照れ笑いを浮かべる瑠汰。

 よくわからないが、こういう反応を追及すると怒られそうなので触れない。


 ベッドに座る瑠汰の横に座るのはいかがわしいため、俺は少し考えて彼女の高そうなゲーミングチェアに腰を掛ける。


「うお、これ凄いな」

「えへへ。お父さんイチオシの奴。十二時間座りっぱなしでゲームしてもそんなに負担ないんだよ」

「するなするな、休憩を挟め」


 何気ない発言が恐ろしい。

 飯とかトイレとかしないのか?

 ゲーム廃人は文字通り人間をやめているらしい。


「集合時間まで一時間以上あるな」

「そうだな」


 打ち上げの待ち合わせは七時。

 このマンションからそう遠くもないため、まだ出る必要はない。


「ちょっとさ、服選び手伝ってよ」

「あ、あぁ」


 そういえば準備に待たされていたんだったな。

 着る服に迷っていたのか。


 ベッドに置かれた二着の服を見せられる。

 一つは半袖の黒いパーカー。ラフな感じで結構好きなデザインだ。

 もう一つは白のノースリーブシャツと青いカーディガンのセット。

 こちらはちょっと大人びて見えそうなコーデだ。


「どっちがいいと思う?」

「うーん。着てみないとなんとも言えないな」

「そっか……」


 彼女はそう言って俺を見つめる。

 なんだろう。


「出て行ってくれなきゃ着替えられないんだが?」

「あ、そうか……」


 俺がいたら今着てる服脱げないもんな、当たり前だよな。

 言われてリビングルームを出ると、すぐに衣擦れ音が聞こえる。

 本能的にドアを開け放ちたくなるが、ここは我慢だ。


 少し待つと呼ばれるので部屋に戻る。


「ど、どう……?」

「おぉぉぉ」


 まずは黒パーカー姿。

 下はジーンズを履いているのだが、彼女の綺麗な顔立ちにはこの極めてカジュアルなコーデがハマっている。

 いい、すごくいい。


「似合ってるとか、変とか言ってくれなきゃ困るんだが?」

「似合ってる。可愛い」

「ッ!? ほんと!? ……って違う。可愛いは余計だよっ!」


 腕を振りながら文句を言ってくる姿も可愛い。

 やっぱり私服姿とは最高だな。


「じゃ、じゃあ次の奴に着替えるからさ……」

「いやいい」

「え?」

「これで行こう。もうこれで決まりだ」

「あ、そう?」


 あんまり色んな格好を見せられると悩んでしまいそうだ。

 どうせこいつの事だから何を着ても似合うだろうし。

 本当に顔が良い奴は羨ましい。

 何を着ても着こなせるなんて、人生楽しいんだろうな。


「あはは。よかった、実はアタシもこっちにしようかなーって思ってたんだよな。でもさ、浮かない? ちょっと男っぽくない?」

「大丈夫だろ。そもそも今のご時世、メンズもレディースもくそもない。着たいものを着れば良いんだよ」

「そ、そうだよな……えへへ」


 正直な話、クラス内で浮くとは思う。

 それは格好以前に、こいつの容姿が他と比べて数段階上にいるから仕方のない事だ。

 もはやジャージで行っても浮くだろう。


 それにしても驚いたな。

 俺は三年前、こいつの私服姿を幾度も見ているが、当時の格好は結構酷かった。

 全身スポーツブランドのパーカーやスウェットとかを着てたイメージだ。

 しかも色は真っ黒。

 さらに金髪碧眼などという属性持ちだったため、違和感が凄かったのを覚えている。

 それでもめちゃくちゃ可愛かったんだが。


「……この前服買ってよかったぁ」

「なんか言ったか?」

「べ、別に? 誰も君のためにファッションを勉強したとか言ってないし!」

「はぁ?」


 相変わらず意味の分からない元カノだ。

 ため息をつく俺に、瑠汰は気まずそうに口を開く。


「なんか恥ずかしくなってきたし、もうそろそろ行こ?」

「あ、まぁそうするか」


 あまり他人に家に居座られるのも迷惑か。

 少し時間は早いが集合に遅れるよりはマシだ。


 というわけで、俺達は打ち上げへ行くためにマンションを出た。

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