第38話 主役はお前だ

 文化祭はそのまま特に何か問題が起こるわけでもなく終了した。


 観覧時間を終えた後、体育館に集まって他クラス他学年の劇を見て、吹奏楽部の演奏と音楽部の合唱を聞き、よくわからない生徒会長や校長の締めの言葉を聞く。

 ありきたりな時間だった。


 今は全員教室に戻り、余韻に浸っている。


「あー、楽しかったな!」

「そうだな」


 隣でご満悦の瑠汰に頷きながら、自分も自然と笑みがこぼれていることに驚く。

 まさか文化祭を楽しめる日がこようとは夢にも思わなかった。

 去年、空き教室に引き籠ってゲームに勤しんでいた俺が、今の俺を見たらなんと思うだろうか。

 多分羨ましいとかじゃなくて、面倒臭そうだと思うんだろう。

 しかし、意外と積極的に動いてみると楽しいものだ。


 それもこれも全部瑠汰のおかげである。


「ありがとな」

「なにが?」

「なんでもない」

「ふぅん」


 クラスは賑やかだ。

 みんな友達と大声で話している。


「一日目はお好み焼き屋台で大変だったけど、色んな人に可愛いって言ってもらえてうれしかった」

「ははは。主役だったからな」

「主役は言いすぎだろ~。斜め前の屋台の売り子さんの方が人気だったし」

「あいつは別格だよ。転校してきて一ヶ月足らずであんなに集客できたのは瑠汰の魅力がなせる業だ、うん。あいつよりすごい」

「えへへ、そっか……って、ナチュラルに褒めてくるなよ。恥ずかしいだろ」

「すまん」


 照れ笑いを浮かべる瑠汰。

 俺も少し文化祭の熱に影響されて気分がハイになっているからか、普段は恥ずかしく言わないような言葉がスラスラ出てくる。

 なるほど、これが文化祭マジックか。

 またも青春の一ページが俺の薄い思い出の中に刻まれた。


 なんて話していると、教団に与田さんが立つ。


「みんな、注目!」


 与田さんの声に話をやめて一斉に前を向くクラスメイト。

 最近身近で話していて麻痺していたが、この人ってうちのクラスのトップカーストだったんだった。

 彼女はみんなの注目を受けると、特に緊張した風もなく話を始める。


「明日の体育祭があるから気が早いって感じだけど、とりあえず文化祭お疲れ!」

「うぇぇいおつかれ~!」

「お疲れ!」


 渡辺君や元原君辺りの運動部男子がノって声を上げた。


「でさ、話があるんだけど、明日の夜に打ち上げをしようと思ってまーす」


 打ち上げか。

 行事ごとのお決まりイベントだな。

 去年のクラスも一応そういう集まりはあったらしいし、よく萌夏も出かけていた。


 ん、俺?

 家に引き籠ってゲームしてましたよ。

 去年クラスを仕切っていた鳩山さんにも直接『三咲君は来ないよね? おっけ、人数把握しとくよ~ん』って言われたし。


 と、過去の醜態を思い出して顔を歪める俺の隣で、似たような表情を浮かべる瑠汰。

 こいつも逃げてきた民か。

 やはり元カノは気が合う。


「近所の焼き肉屋で良いよね? 他クラスと予約戦争になりそうだからとりま急ぐけど、予約漏れたらごめんね」


 与田さんの言葉を聞いて、瑠汰は青い顔を向けてきた。


「あ、アタシサボっていいよな? 苦手なんだわそういうの……」

「まぁ、無理にってこともないだろうけど」


 今回の文化祭で一番活躍したのは恐らく瑠汰だ。

 そいつが打ち上げに出席しないってのはよくわからない。

 ただ行きたくない気持ちもわかる俺には、止める気が起こらなかった。


 しかし。


「あ、瑠汰ちん絶対逃げないでよ? 主役は瑠汰ちんなんだから」

「げっ」


 ここ最近の付き合いで性格を熟知したのか、予め逃げ道を塞ぐ与田さん。

 と、今度は俺に言う。


「最悪三咲君が引きずってでも連れて来てね」

「……」


 俺は行く前提なのかよ。

 なんてツッコミが出かかるが、まぁ行くよな。

 俺はそもそも脱陰キャを目指しているのだ。

 打ち上げで友達もできるかもしれないし、なによりサボってうちの嫌味なJKにぐちぐち言われるのも癪だ。


 覚悟を決める俺の表情を見て、焦った瑠汰が言ってくる。


「え、まさか鋭登行くの?」

「あぁ、お前は休むのか? 止めないけど」

「い、行くよっ! 君が行くならアタシも行きたい……って別に一緒に居たいとかじゃなくて、ただぼっちな君の喋り相手になってやろうと思って」

「はいはい」


 なんでもいいよ。

 言い訳じみた瑠汰の早口に苦笑が漏れる。


 ともかく、俺はこうして人生初の打ち上げなるものに参加することが決まった。

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