第37話 裏と表

「どもども、三咲萌夏とその引き立て役集団です!」

「ちょ、なに言ってんの!?」


 いつも通りふざけた鳩山さんの挨拶に萌夏がツッコミを入れる。

 どっと沸く観衆に、手をぶんぶん振る萌夏。


「みんな、違うからね? 台本になかったからこれ!」


 必死の訂正にまたも笑いに包まれる体育館内。

 と、今度は萌夏が喋り出す。


「えっと、頑張って練習しました。最後まで聞いてくれると嬉しいな」


 猫かぶり全開モードの口調に、男女問わず見惚れる光南生徒たち。


 しかし本性を知る俺と瑠汰は苦笑を漏らした。


「やっぱ萌夏ちゃんすごいな。この前一緒にゲームした時なんて裏で野良にずっと悪口言ってたのに」

「……」


 ゲーム中の萌夏は口が悪い。

 俺も同様だが、結構熱くなるタイプなので、一緒に対戦したりするときは人前では言えないような暴言が飛び交う。

 特に相手が兄妹なので遠慮はない。


 っていうか、案外瑠汰に心を開いているんだな。

 友達が多くてリア充っぽく見える萌夏だが、基本猫かぶりなため、あまり外の人間に素の姿は見せていないはずだ。

 よほど瑠汰とは仲が良いらしい。


「ではではー、まずは一曲目いきますか。準備できてるよね!?」

「「おっけ」」


 鳩山さんの問いかけに答えるドラム、キーボード担当の女子。

 名前は愚か、顔さえ覚えのない人たちだ。

 つくづく己の交友関係の狭さに呆れる。


「では聞いてください」


 そうして、演奏が始まった。




 ‐‐‐




「萌夏ちゃんって歌も上手なんだな」

「死ぬほど練習したんだろ。俺が知ってるあいつはあんなに上手くなかった」


 体育館から出て、人気のない特別棟廊下を歩く。

 何もない。

 ここだけいつもの学校風景だ。

 先程の人混みに当てられた俺達は精神摩耗を癒すべく、こうしてわざわざ無人空間に移動した。


 萌夏たちは特に失敗することもなく、完璧の仕上がりを見せていた。

 若干ドラムが走っても、キーボードのミスタッチがあっても、彼女は平然と歌い続けた。

 慌てず動じず、言うならばステージ上でも奴は完璧だった。


 凄い事だと思う。

 昨日俺に抱き着いて居眠りした挙句、さらに全裸で風呂凸までするほど疲れ果てていた奴とは思えない。


「ちょっとトイレ行ってくる。待ってて」

「はいはい」


 女子トイレに入っていく瑠汰。

 暇になったので、俺は壁に寄りかかって余韻に浸る。


 大音量の演奏というのは耳に残るものだ。

 未だに奴の歌声が脳内に響く。

 うちの高校の文化祭は原則外部からの観覧が禁止だが、きっと両親も萌夏の晴れ姿を見たかったに違いない。

 写真くらいとっておけばよかったか。


 なんて思っていると。


「なにやってんのあんた」


 噂をすればなんとやら。

 真っ赤な怒りオーラを纏う学校一の美少女が現れた。

 髪は逆立ち、少し金色に変わりつつあるような気がする。

 ……よし、逃げるか。


「どこ行くの」


 背中を向けて逃亡を図る俺の襟首を掴む萌夏。

 首が締まって死にそうになった。


「……話しかけて大丈夫なのかよ。バレるぞ」

「こんなとこ誰も来ないし」

「現に俺がいるのは?」

「あんたみたいに日陰でしか生息できない虫けらしか来ないから大丈夫」

「……瑠汰もいたけど」

「同類でしょ」

「……」


 いつにも増してお口の悪い嫌味な妹。

 これで学校一の美少女などと言われているのは納得いかない。

 やはり昨日叩きのめして、瑠汰に称号を譲ってもらうべきだった。


「なんでいたの」

「……すまん」

「理由を聞いたんだけど」

「……」


 やっぱ怒るよな。

 正直俺が悪いので謝罪意外に言葉がない。


「さっき瑠汰といる所に鳩山さんがいてさ、彼女がバンドの事言っちゃったんだよ。それで瑠汰が興味持っちゃって……っていうのは言い訳だな。俺もお前が歌ってるとこ見たかったんだ。マジですまん」

「……正直に言ったからまぁいいよ。瑠汰と亜里香のせいにしなかったのは偉い」

「そう言ってもらえると助かr——ぉぉおおおん!?」


 許してくれるのかと思いつつ、正拳突きをみぞおちに食らった。

 膝から崩れ落ちる兄に冷酷な視線を突き刺す妹。


「でもキモいのは変わらない。びっくりしてマイク落としたじゃん。マジ最悪。サビで声も裏返るし」

「……はぁ、はぁ。サビのあれはミスだったのか? ちょっと可愛かったぞ」

「死ね! マジ死ね! キモいキモい!」


 フォローしたつもりが逆鱗に触れたらしい。

 顔を真っ赤にして憤慨する妹。

 照れているようにも見えるが、こいつに限って俺から褒められて喜びはしないだろう。


「まぁとりあえず、歌上手かったよ」

「……あっそ」

「すごく良かったと思う。瑠汰もいっぱい褒めてたし、俺もお前がいっぱい練習したのわかったよ。大成功だな、お疲れ」

「……急に優しくしないでよ。私が心狭いみたいになるじゃん……でもありがと」


 そっと微笑む妹。

 その顔は少しだけさっき見せていた完璧美少女の名残があった。

 名残も何も同一人物なため当然だが。


「じゃあね」

「どこか行くのか?」

「あんたと違って私はまだ予定大量なの。そっちも楽しんで」

「はいはい」


 手を振りながら去って行く萌夏。

 なんだかんだ学校内で会話したのなんて初めてかもしれない。


 だがしかし、なんでこんなところにいたのだろう。

 特別棟に用事なんてないはずだ。

 まさか、俺に文句を言いたくて追いかけてきたとか?

 いやいや、ストーカーじゃあるまいし。


 なんて考えていると、さっきの猫かぶりの何十倍も目の保養になる美少女が現れる。


「ごめん遅れちゃった。待った?」

「いいや今来たとこ」

「違うだろ。待たせたのは事実やろがいってこのくだり二回目なんだわ」

「お前が振ってきたからな」


 俺は面倒な考え事を捨て去って、再び元カノとの文化祭に戻った。

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