第36話 フラグ高速回収チート

「何で蹴るんだよ!」


 尻を抑えながら聞くと、瑠汰は頬を膨らませる。


「鼻の下伸ばしてたからイラっとした」

「鼻の下なんて伸ばしてねえ!」

「でも嬉しそうじゃん」

「嬉しくねえよ……」


 俺はため息を吐き、現実を理解していない瑠汰に説明した。


「付き合いたいと付き合える、好きと気に入ってるは別だ」

「……納得いかない。絶対あの女子君に気があるよ」

「俺みたいな不細工陰キャに興味を持つとか、発情期のチンパンジーでもありえないだろ」

「なんでそう、君は卑屈なんだ?」


 卑屈ではなく、事実を述べただけなのだが。

 俺なら不細工で友達の少ない女の子と仲良くなりたいとは思わない。


 でも考えてみる。

 仮に瑠汰がブスでも、俺は付き合っていたかもしれない。

 こいつの良さは見た目ももちろんだが、気が合うところとか性格面の方だしな。

 うーん。

 そう考えると、不細工陰キャを恋愛対象に置くことも可能だろうか。


 いやいや、俺は性格もブスだ。

 瑠汰とは違う。


「っていうか鳩山さんが俺の事を好きだったら、お前に何か不利益があるのか?」

「……ッ! 別にないけど?」

「なんで睨むんだよ」

「うっさい」


 理不尽過ぎる怒りに当てられ、困惑する俺。

 しかし何故か、左手をそっと握られた。

 横を見ると顔を赤らめて、そっぽを向いている瑠汰がいる。


「……え? なに?」

「……えいっ!」

「ああぁぁぎゃあぁぁ」


 一瞬、俺の事が好き過ぎて手を繋ぎたかったのだろうかと、あり得ない妄想をしたが、すぐにぶち壊された。

 謎の超握力に俺の左手は粉砕骨折。南無。


「あはは。数々の周辺機器を握り潰したアタシの怪力ハンドはどう?」

「……」

「あ、ごめん。怒らないで」


 無言でその場を去る俺に、慌ててついてくる瑠汰。

 と、彼女は話題を変えようと思ったのか、とある質問をしてきた。

 それすなわち。


「そういえばさっき萌夏ちゃんがボーカルとか言ってたけど、なにそれ」

「あ」




 ‐‐‐




 体育館は人でごった返していた。

 特に前方ステージ近くには物凄い数の生徒が立ち並ぶ。

 耳が痛くなるような歓声と額から汗が噴き出すような熱気。

 それらに迎えられるのは少女たち。


「萌夏ちゃああぁぁん!」


 どこかの男子が叫ぶと、壇上中央に立つ少女がはにかんで見せる。

 その反応がさらにギャラリーを刺激した。


「大人気だね萌夏ちゃん。やっぱすごいな」

「そうだな」


 改めて見るとクオリティ激高JKだ。

 決して仲が良くない、どちらかと言うと負のフィルターを一枚嚙ませた俺の目から見ても、最高に可愛かった。

 壇上には後六人の少女が立っているが、多分ダントツである。

 全くもって腹立たしい。


 隣に立つ瑠汰はキラキラした眼差しを向ける。

 こいつも萌夏ガチ恋勢なのかもしれない。


「まぁしかし、あいつには少し悪いな」

「どうせバレないって。これだけ人がいるのに後方の君に気付いたら、逆にもはや大好きじゃん」

「確かに」


 先程、後に引けなくなって瑠汰に萌夏がバンドをすることを伝えたら、当然見に行きたいと駄々をこねられた。

 初めは俺とて奴との約束を優先し、断ろうとしたのだ。

 だがしかし、俺も見に行きたいという気持ちがないわけではなかった。


 それに俺が約束したのは瑠汰にバンドの事を言わないという事だ。

 バラしたのは鳩山さんだし、仕方ない。

 今回は目をつむってもらおう。


 そしてあいつが見に来るなと言ったのは、双子バレへの懸念ではなく、家族に見られるのが恥ずかしいからだ。

 いつもの嫌味のツケはここで払ってもらう。


 というわけではるばるやってきた。


 ただまぁ瑠汰も今言ったが、バレるわけがない。

 ステージからここまで何十メートルあると思っているのだろう。

 だから俺は遠巻きに妹を見ながら笑っていた。

 すると、なんということでしょう。

 すぐに目が合いました。


「『ッ!?』」


 つい反応してビクッと肩を動かす俺に対し、向こうも手に無っていたマイクを落とす。

 スピーカーから体育館内に不快音が流れるが、そんな事はどうでもいい。


「あはは……バレたな。やっば」

「第一級フラグ建築士の称号をお前にやるよ」

「い、いらないし。不名誉極まりないんだが?」


 俺達は互いに震えながら、ステージを見守った。

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