第35話 神聖な告白の場

 文化祭二日目は若干日程が異なる。

 まず午前から昼過ぎにかけてフリーの観覧時間が設けられており、午後は体育館で劇の発表などを含めたエンディング会的なモノが開かれる。


 というわけで、俺は瑠汰と二人で校内を回っている。

 その間、昨日の萌夏の言葉にもあったが、瑠汰が注目を集めてしまうのではないかと懸念していた。

 しかしながら意外とみんな他者に興味がないらしく、ほとんど気付かれることもなかった。


「やっぱカラコンは偉大なんだわ」

「そうだな」


 自慢気に頷く瑠汰の瞳は黒い。

 今日は目立つ必要がないからだろう。

 今朝彼女の瞳に『黒目もやっぱ似合うな』なんて言ってしまったがために、逆鱗に触れたのは言うまでもない。


「なんか思ったより退屈だな」

「そんな事言うなよ」


 校内を回りながら、人気のない一階廊下で瑠汰が不満げな声を漏らす。


 確かに展示品もそこまで感動やわくわく感はなかった。

 やはり高校――それも偏差値74の校則に縛られた俺達に、奇抜な事をする自由はないのだ。


「ね、外出てみようよ」

「あぁそうだな」


 昨日の俺達のように、屋外にもイベントスペースはある。

 俺達はそこを見てみる事にした。




 ‐‐‐




「さぁ次の参加者はいらっしゃいますか!?」


 お好み焼き屋台やタコ焼き屋台が開かれていた中庭には、ステージが用意されていた。

 壇上には運動部っぽい陽キャが制服を腕まくりしてマイクを握っている。

 何故あいつらっていつも半袖を肩まで上げるんだろうな。


 なんて思っていると、一人の男子生徒が手を上げた。


「なんのイベントなんだろ」

「さぁ」

「君ってほんとになんにも知らないんだな」

「……」


 瑠汰に傷つくことを言われながら、様子を見守る。


 その生徒は壇上に上がると、マイクを受け取った。

 そして。


「田中さん! ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」


 まさかの告白を始めた。


 どっと沸く観衆に、煽る司会の陽キャ。

 さらにおずおずと前に出てくる一人の女子。


「なにこれ、告白……?」

「ここは自由に叫びたい事を叫べる場所なのです。いつもは勉学に勤しみ、鬱憤を吐き出すところのない窮屈な光南生徒が救われる場所……通称告白ステージと呼ばれている神聖な場所なのですよ?」

「え? え?」


 急に俺ではない誰かに質問に答えられ、狼狽える瑠汰。

 ふと右横を見ると、そこには四組の鳩山さんが立っていた。


「おっす三咲君と瑠汰ちゃん」

「こ、こんにちは……」


 百均で会ったのと合わせて二度目になるのか。

 大して会話したこともないのにグイグイ来る鳩山さんに、落ち着きなく視線を動かす瑠汰。

 昨日で少しは克服できたと思いきや、やはりコミュ障というのはそう簡単には治らないらしい。


「なんでここにいるんだ?」


 俺が聞くと、鳩山さんはドヤ顔で言う。


「毎年ここで玉砕告白をする輩を見るのが趣味でげす」

「誰なんだそのキャラは。ってか趣味悪いな」

「三咲君ほどではないですよ~。あっしは間違っても学校一の美少女と敵対しようとは思いませんので」

「くっ……」


 まだ覚えていたのか畜生。

 と、悶える俺の横顔に何故か視線が突き刺さる。

 見たら瑠汰がジト目を向けていた。


「なんだよ。腹でも減ったのか?」

「別に? 寂しくなんてないんだが?」

「……はぁ?」


 そんな事聞いてねえよ。


 ただまぁ、置いてけぼり感を味わわせてしまったかもしれない。

 友達の友達は友達! なんていう方程式は俺達の中では通用しないのだ。

 ゲーム内のフレンドですら実際に通話を繋ぐと『あぁ、えっと……こ、こんにちは……でゅふ』ってなる人種だからな。

 チャットでは意気投合して『草』『草』と送り合うくせに、現実では『でゅふ』になるのが運命さだめ


 目の前では見事に振られて落ち込む男子。

 そんなものを見ながら、鳩山さんはあっけらかんと言った。


「三咲君達はやらないの? 告白」

「「ッ!?」」


 俺と瑠汰の見事にシンクロした反応。

 それを見て鳩山さんは不思議そうに首を傾げた。


「あれ? 付き合ってるんだっけ?」


 その質問に俺は答えようと口を開くが、その前に大声が遮った。


「そ、っそそおぉんなこと、あるわけないだろ!」

「なにその動揺の仕方」

「勘違いもそこまでいくとぱっぱらぱぁだわ。迷惑も甚だしい事限りなしでマジ卍なんだがっ?」

「よくわかんないけど、三咲君の事嫌いなの?」

「そんなわけないだろ! むしろ大好きっ! あ、ちが……」

「もう何言ってるのかわかんな」


 鳩山さんと壮絶な多言語問答を繰り返す瑠汰。

 俺にはただ付き合っていると勘違いされて迷惑がってるって事だけが把握できた。


 じゃあなんで文化祭を一緒に回ってるんだよと思うところだが、まぁそういう奴だ。

 付き合ってると思われるのは嫌だけど、仲が良い友達だとは思われているのだろう。

 複雑だな。


「ふぅん。三咲君ってフリーなんだ?」

「当たり前だろ」


 わかりきった質問をしてくる鳩山さん。

 と、彼女は俺の返答に笑顔を浮かべた。


「じゃああたしが告白しちゃおっかなー?」

「ぎゅん!?」


 あまりの衝撃でおかしな声が出た。

 俺でなく隣のツインテールから。

 鳩山さんはそんな瑠汰の反応に小首をかしげる。


「問題ないんだよね? 瑠汰ちゃん」

「や、やだぁ」

「なんで?」

「……あ、そうだ。鋭登如きに鳩山さんは勿体ない! そういうことにしよう!」

「お前は俺になんの恨みがあるんだッ!? 事実かもしれないけど!」


 絶対にどこかを抉らなければ気が済まないらしい元カノ。

 その俺如きの彼女に三年前収まっていたのはどこの誰だよ、あぁ?

 って言いたいけど、鳩山さんがいるせいで口には出せない。


「あたし三咲君のこと結構気に入ってるからさ! 全然付き合えるよ!」

「……」


 付き合いたいではなく、あくまで付き合えるってのがミソだ。

 これに勘違いすると痛々しくなるのでやめようね。


 と、鳩山さんは言いたい放題言い終えて腕時計を見た。

 そして顔を顰める。


「やっべ。時間だ急がにゃならん」

「何か用があったのか?」

「バンドですよ〜。我らが学校一の美少女、三咲萌夏さまをボーカルに入れたドリームチーム!」

「あぁ……」


 そういえばそうか。

 仲が良さそうだし、一緒にバンドに出場してたんだな。


 走り去っていく鳩山さんの後ろ姿を見ながら、俺は少し興味を抱く。

 やっぱり萌夏が歌っているところをちょっと見てみたい。

 しかし。


「ハイキック!」

「いってぇぇぇぇっ!?」


 ケツを思いっきりローファーで蹴られ、俺はその場に蹲る羽目になったのだった。

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