第34話 俺の事好き過ぎるだろ

「あ、言っておくけど明日のバンド絶対見に来ないでね?」

「当たり前だろうが」


 立ちっぱなしも疲れるため、ソファの萌夏の隣に座る。


「うわ、なんで隣に座るの」

「他に座るところないだろ」

「床に正座してればいいじゃん」

「なんでだよ。お前が正座してろ」


 憎まれ口をたたきつつも、俺に座れるスペースを確保してくれる萌夏。

 意外と優しいもので、ソファの端まで動いてくれた。

 ……まぁ極力俺より離れたいだけなんだろうが。

 悲しくなんてないんだからね。


「基本的にお前が居そうな場所には近づかねえよ」

「でも瑠汰が一緒なんでしょ? 『萌夏ちゃんの歌聞きに行きたい!』とか言い出しそうじゃん」

「確かに」


 あいつはやけに萌夏の事を気に入ってるからな。

 前の壁ドンが余程効いたのかもしれない。


「あいつにはバンドの事言わなきゃいいんだろ」

「それでいい」

「それにしても何歌うんだよ」

「内緒」


 別に見に行く気はないが、興味はある。


「ちょっと今歌ってみろよ」

「嫌に決まってるでしょ。ってか何指図してんの?」

「……」

「ほんとは今日も最終調整の予定だったんだけど、私がこんなだからぶっつけ本番になっちゃった」

「ヤバいな」

「そう、マジでヤバい」


 再びガン萎えモードに突入する萌夏に俺は苦笑した。

 流石の萌夏も、お疲れモードでは卑屈になるらしい。

 そういえば瑠汰が俺と萌夏の関係を見破った日に、オーラの系統が似ているとか言っていたが、こういう事だったのかもしれない。

 根はどちらもネガティブなのだろうか。


「何笑ってるの?」

「いや、瑠汰の話を思い出してたんだよ」

「きっも」

「あ、違うぞ。そういう意味じゃない」

「はぁ……」


 あらぬ勘違いをされて訂正するが、萌夏は溜息を吐く。


「なんか眠くなっちゃった」

「まぁ確かに」


 夕方だが、九月中旬のこの時間はまだ日差しが強く、温かい。

 一応俺もたくさん仕事をしたし、疲労は溜まっている。

 眠れと言われたら一瞬で寝れるだろう。


「なんかさ」

「ん?」


 若干目が閉じかけていた時、声を掛けられた。


「変な感じだった」

「……何が?」

「学校なのに、視界にずっとあんたがいておかしな気分だった」

「……確かに」


 なんだかんだ、校内であんなに長時間近くにいたのは初めてだったかもしれない。

 それもこれも、全ては瑠汰が転校してきたからか。


 なんて考えているうちに、俺は意識を失った——。




 ◇




「あんた達、何やってるの?」


 気付けば部屋は電気で照らされていた。

 声で目を開けると、さっきまではいなかった母親がいる。


「気持ち悪いわね」


 そう言われ、俺は気付いた。

 妹と狭いソファで体を寄せ合って寝ていたことに。


「ち、違うんだよお母さん。これは……」

「別に仲が良いのは良いけど、高校二年生なんだからね?」

「……はい」


 呆れ顔でリビングを出る母親。

 どうやら仕事から帰ってきたらしい。

 時計を見ると既に八時を回っていた。

 かなり爆睡していたようだ。


「って、起きろよ」


 いつの間にか俺の身体に腕を回して寝ている妹を引き離す。

 いつもは嫌味ばかり言うくせに、意味の分からない寝相だ。

 俺の事好き過ぎるだろって言いたい。


「んぅ……」


 余程体力を削られていたのか、全く起きない萌夏。

 俺はそれを放置して、汗で気持ち悪い体を洗い流すために一人風呂へ向かった。



 お湯を張り、一日の疲れを癒すべく入浴する。


「ふぅ……」


 色々大変だったが、なんだかんだ楽しい一日だった。

 ふと間接キスのくだりを思い出し、顔が熱くなるが、それも含めて良い思い出になるだろう。

 文化祭で力を合わせてイベントを成功させるなんて、青春だ。

 結果としてライバルには負けたが、それも思い出。

 そしてなにより。


「明日はデートだと思って楽しもう」


 湯船でガッツポーズしながら独り言を言う。

 俺にとって本命は明日だ。

 文化祭を好きな子と二人きりで回るなんて、男子高校生の憧れだからな。


 しかし、そんな一日の最高の締めくくりを妨害する侵入者。


「萌夏ちゃんおつかれ~ふんふ~ん♪ ……ひぃやぁぁっ!?」

「うおぉぉぉっ!?」


 突然開く扉と共に入ってくる一糸纏わぬ姿の妹。

 久々に見る彼女の胸は、思ったより育っていた。

 って違う!


「ちょ、ちょっとなんでいるの!? マジキモいんだけど!」

「こっちのセリフだ馬鹿が!」


 またも暴言を吐き合う俺達。

 やはり三咲兄妹は締まらないのであった。

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