第33話 喧嘩するほどなんとやら

 家に帰ると、珍しく俺より先に奴がリビングにいた。

 普段は友達と遊んだりして帰りが遅いのに珍しい。


「ただいま」

「……おかえり」


 挨拶を交わすが、その顔に生気がなかった。


「どうした? ミイラみたいだぞ」

「……半分そんな感じ。死んでる」

「まぁおつかれだったもんな」


 いつも自宅に着くと即行でコンタクトを外し、部屋着に着替える萌夏だが、今日はまだ制服姿だ。

 ただ髪の毛はぼさぼさに乱れ、制服のリボンもほどけている。

 さっきまで学校一の美少女として笑顔を振り撒いていた人間とは思えない。


「みんな気を遣って早く帰してくれた……」

「ハードだったしな。それに写真撮影まで疲れたろ?」

「……ごめん」

「なにが?」


 唐突に謝られ、面食らう。

 こいつからのごめんなんてただでさえイレギュラーなのに、気持ち悪い事限りなしだ。


 と、萌夏は苦笑する。


「正々堂々勝負しなくてごめん。写真撮影なんてズルよね」

「……いいんじゃないか? 実際それで売れたってことは、お前にそれだけの価値があるって事だ」

「……」


 萌夏は黙り込んだ。

 そして俯いて言った。


「怖かったんだ。負けちゃうんじゃないかって」


 声が震えている。


「瑠汰の方が可愛いのは分かってるけど、ここで負けたらみんなにそっぽ向かれるんじゃないかと思って」

「そんなわけないだろ」

「わかんないよ」


 いつになく弱気だな。

 俺からすれば今日の暴挙も通常通りの妹だった。

 誰よりも負けず嫌いで、勝負に徹する姿勢。

 むしろガチで来てくれてほっとしたくらいだ。


 俺はソファで落ち込んでいる妹に近づく。


「負けず嫌いなところも含めて、お前は光南高校一の美少女なんだよ。だから気にすんな」


 我ながら恥ずかしいセリフだ。

 どうせ馬鹿正直に慰めたところで、茶化されるか馬鹿にされるだけなのに。

 しかしながら萌夏は顔を上げて、よくわからない表情で笑った。


「ありがとね」

「……おう」


 なんだか、調子が狂う。


 居心地が悪いので、話題を変えた。


「明日は校内回るのか?」

「いや、バンドの準備しなきゃ」


 そういえばそんなのもあったな。

 人望の厚い有名人に休む暇なんてものはないらしい。


「あんたは回るの?」

「まぁ」

「意外。去年は空き教室でゲームしてたのに?」

「ッ!? なぜ知っている!?」


 俺は己の愚行をこいつには話していないはずだ。

 それなのにどうして……と目を引ん剝いていると、萌夏は意地の悪い笑みを浮かべる。


「カマかけただけなんだけど」

「……ッ!」

「まーじでキモいよね。お兄ちゃん♡」

「……こんなときだけお兄ちゃん呼びすんな。くたばれ」


 可愛い子ぶって呼んでくる萌夏に鳥肌が立つ。

 このまま耳元で『ざぁこ♡』なんて言われそうな感じだ。

 身内に言われてこれほど不快なセリフはないだろう。


 それにしても、やはり双子だからある程度行動予測はできるのだろうか。

 あれは一卵性の特権だと思っていたんだが。


「で、今年はどんな心変わり?」

「いや、瑠汰に誘われたんだよ」

「ちょっと待って。二人きりで回るつもり?」


 急に真面目顔で待ったをかけてくる妹。


「そうだけど」

「ヤバいでしょ。あれだけ目立った翌日に男といたら悪目立ちするって」

「でも本人も楽しみにしてるし」

「はぁ……瑠汰は自分の価値をイマイチ理解してないからね。だからあんたみたいなのの元カノなのか」

「おいこら」


 さり気なく喧嘩を売ってくる天才だなこいつは。


「やめといた方がいいと思うけど……まぁデートしたいもんね?」

「で、デートじゃないぞ?」

「はいはい」


 やれやれと言わんばかりのあしらいを受ける。

 そして萌夏は座りなおした。


「そういえば、初めて見たけど瑠汰の碧眼ってほんとに綺麗だね」

「あぁ、お前は初見だったのか」

「その初見って言い方陰キャっぽくて最高にあんたにハマってる」

「黙れ」


 人が散々慰めてやった後に、どんな悪口だよ。

 まぁこっちの方がいつも通りで相手しやすいんだが。

 なんて思いながら、俺は笑った。


「でも、あいつの地毛も合わせたらもっとヤバいぞ」

「そっか、髪の色も染めてるんだ。見て見たいな」


 果たして、そんな機会があるだろうか。

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