第32話 そういえば間接キス

 文化祭一日目は程なくして、フリー観覧時間が終わった。

 まだ正式発表はないが、うちの売り上げが四組に勝っていることはないだろう。

 奴がツーショット撮影などという、ふざけた商売を始めた時点で俺達の敗戦は確定していたからな。


 そこからは屋台の片づけなどを俺達六人以外のクラスメイトで行った。

 俺達は日中立ちっぱなし+昼飯抜きで働きっぱなしだったため、皆ヘロヘロだったのだ。

 他が気を遣ってくれたおかげで少し休めた。



 ◇



「萌夏ちゃんやっぱりすごいな」

「そうだな」


 現在は下校中。

 もはやと日課となった瑠汰との二人きりの帰り道だ。

 彼女は疲れがあるだろうに、ニコニコといつにも増して笑みを浮かべている。


「楽しかった!」

「……そうか」


 それはよかった。

 今までの瑠汰の学校生活を知っているわけではないが、コミュ障全開な素振りを見ていて、急に人前に出て大丈夫かなと心配に思っていた。

 しかし蓋を開けてみれば大成功だろう。

 何より本人が楽しそうなのが良い。


 あの化け物みたいな女には結局勝てなかったが、正直これでよかったと思う。

 別にあいつの事なんてどうでもいいが、やっぱり萌夏が今まで努力して現在の居場所を獲得しているのは知っている。

 彼女の努力が一瞬で崩れるのは少し思う所があった。

 これでいいのだ。

 ……いや、萌夏なんてどうでもいいんだが。


「なになに、黙ってどうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「アタシに見惚れてたんだろ~?」


 揶揄うような瑠汰。

 その瞳は綺麗な青色だ。

 そういえば、わざわざ初めは隠そうとしていた瞳色まで晒してくれたんだったな。


「おい、何か言ってくれなきゃ気まずいんだが?」

「あ、あぁ。ごめん」

「なんでそう歯切れが悪いかな……ほんとに見惚れてたの?」

「いや、まぁ」

「はっきりしろし」


 ツンとそっぽを向く彼女の横顔を眺める。

 ちょっと唇を尖らせているのが可愛い。

 と、唇というワードで一つ思い出した。


「あのさ」

「ん?」

「さっき屋台でさ、お前にジュース飲ませてあげたじゃん?」

「あー、あったな」


 例の山野さんによるジュース取り違え事件だ。

 本人に伝えるべきかは迷うが、隠しておくのもそれはそれで気持ちが悪い。

 俺は教えることにした。


「あの時お前が飲んだジュースって、俺のだったんだよ……」

「へぇぁ?」

「だからその……山野さんが俺のと瑠汰のを間違えて渡しててさ、間接キスっていうか……」

「ッ!?」


 瑠汰は自分の唇を触って足を止める。


「お、おーい」


 顔の前で手を振ってやるが、彼女は動かない。

 返事がない。ただのしかばねのようだ。


 と、少しして瞳に光が宿る。

 そして同時にしゃがみ込んだ。


「え、嘘嘘。え? 鋭登のストローだったってこと?」

「そうだな……」

「思いっきり吸っちゃったんだけど?」

「俺も見てたよ」

「えっ? え? それは流石に草も生えないよ」

「うん……」


 瑠汰はそこからしばらく何も言わずにしゃがんでいた。

 自分の顔の熱を発散するように手で仰ぎながら。


 しかし、何かを思い出したのか、彼女は立ち上がって少し気持ち悪い笑みを浮かべながら聞いてきた。


「で、でもさ。そういえば君はあのジュースさっきも飲んでたよな?」

「あ……まぁ」

「なんで?」

「いや、なんでって……勿体なかったから」


 流石にジュースを捨てるのは違うと思ったのだ。

 だからと言って他の奴に飲ませるのも違う。

 迷った挙句、俺は同じストローを使ってジュースの残りを飲んだ。


「あ、あはは……嫌じゃなかったのか?」

「嫌なわけないだろ」

「それって……」

「あ」


 俺は瑠汰が好きだ。

 そのため好きな子が口をつけたストローでジュースを飲むのなんて全く嫌じゃないし、むしろ若干ドキドキしたくらいだ。

 しかしこの話を聞かされる瑠汰はどう思うだろう。

 気持ち悪いかもしれない。


「いや、ごめん。気持ちわr――」

「よかったー!」


 瑠汰は俺の予想外の言葉を放った。

 それも照れ笑いしながら。

 だがすぐに自分の言葉を理解したのか、手をぶんぶん振って否定する。


「あ、ちがくて……別に君と間接キスできたのが幸せとか、私の口をつけたストローが嫌がられなくて嬉しいとかじゃなくて!」

「お、おう」

「とにかく、嫌われなくてよかった!」

「嫌いになるわけないだろ」


 不慮の事故でも、確かに相手によっては嫌かも知れない。

 でも今回の相手は元カノだ。

 それも現在進行形で惚れ直している片想い中の、俺の中では一番可愛い女の子。

 嫌いになるどころか、もっと好きになったくらいだ。


「……今度は直接したいけどっ」

「え? 今なんか言ったか?」

「なんでもない! 独り言を拾ってくるな!」


 おかしいな。

 小声で何か聞こえた気がしたんだが、俺への言葉ではなかったのか。

 独り言は一人の時に言ってほしいものだ。


 と、いつもの調子に戻ったところで、俺達は笑い合う。


「明日は一緒に色々回ろう!」

「楽しみだな」

「うんっ!」


 文化祭二日目は、俺にとって疑似デートだ。

 精一杯楽しみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る