第31話 負けず嫌い
俺が裏で悶えているのなんて関係なく、店は回る。
午後二時を過ぎ、もうそろそろフリー観覧時間も終了。
そしてここにきて客足が増えた。
「校内の展示物めぐりが一段落着いたのでしょうか」
「どうなんだろうな」
俺は後ろの机で山野さんとお金の計算をしている。
一つ五百円と少し割高設定だが、ワンコイン購入が可能なため、案外よく売れるらしい。
既にかなりの小銭が集まっていた。
と、売り子組も最後の追い込みに入る。
「学校一の美少女が手渡しします! タコ焼きはいかがですかー? 四百円です!」
まるでうちの金額に張り合うかのような声が、斜め前の屋台から聞こえた。
ちらりと見ると、萌夏が照れ笑いを浮かべながら『よろしくおねがいします……』なんて言っている。
まるで謙遜して恥ずかしがっているみたいだ。
その仕草に釣られた男子生徒が、こぞって持っていかれる。
現在互いに並ぶ客はいない。
ただ、どちらを買おうかなーと迷うっている素振りを見せる生徒がちらほらいて、ここは売り子の腕が試されそうだ。
「こっちも負けないよ瑠汰ちん!」
「そうだなっ」
「お好み焼きいかがですかー? 向こうの屋台の子と違って、うちはおっぱいが大きい美少女が手渡ししまーす!」
「ちょっと与田さん!?」
最低な宣伝文句に瑠汰が顔を赤くする。
と、そんな彼女に見惚れる生徒たち。
そして敵の看板娘は自身の胸を押さえて恨めしそうに睨んできていた。
どうやら熾烈な客引き戦争が始まったようだ。
「完璧美少女三咲萌夏と話せるレアなチャンスです! みなさんタコ焼きを!」
「天然物の碧眼美少女朱坂瑠汰ちゃんがお好み焼きを手渡ししてくれます!」
互いの声が響くが、面白いことに宣伝しているのは本人たちではない。
よく見ると向こうは鳩山さんが、そしてうちは与田さんが勝手に言っている。
そのため、瑠汰や萌夏はただ大声で褒められているわけで、本気で気恥ずかしそうだ。
客はほぼ同数ずつ両屋台に入る。
「このままじゃ負けます」
「そうなのか?」
「僅かですが既に四組の方が売れています。先程、うちに客が入っていなかった時間があるので」
「五百円と四百円だが、それでもだめなのか?」
「厳しいと思います。ただ、私達には……っと、ちょうど来ましたね」
「ん?」
山野さんが見ている方を向くと、そこにはさっき見た奴らがまた集まっていた。
「う、うっす……お好み焼買いに来ました」
「「うっす……」」
「う、うっぷ……」
野球部の坊主集団だった。
先程のキレはなく、全員顔が青い。
もはや満腹で動けませんっていう顔をしている。
そして既に吐きそうなやつもいる。
「せ、先輩のために……うっぷ、買いに来ました」
「しゃあぁぁぁごらあぁぁ!」
後輩の必死な言葉に雄たけびを上げる元原君。
涙ぐましい先輩愛である。
まるでどこかの誰かに購入を強制されているような感じだ。
……あの委員長、何もやってないよな?
「む、無理するなよ?」
「ご、ご配慮感謝……」
「「「感謝……」」」
瑠汰の声に坊主たちは爽やかな笑みを浮かべ、そのまま去ろうとする。
「あの、タコ焼きは……」
「食えるわけないでしょ!?」
「は、はい……ごめんね」
声をかけた萌夏にブチギレる坊主。
まぁ流石に、限界だよな。
と、そこにさらにサッカー部、そして今度はバレー部や美術部の後輩という女子まで、買いに来てくれた。
一気に客が入り、五百円玉と千円札が貯まっていく。
「これはいけるかもしれません」
「マジか!」
「マジ!? 瑠汰ちん萌夏に勝てるよ!」
「え? ほんとにっ!?」
「しゃあぁぁぁ!」
一気に活気づく俺以外の五人。
しかしながら、俺はただ一人黙って萌夏を見ていた。
あいつがこんなところで終わるわけがない。
誰よりも負けず嫌いな奴が、そう簡単に学校一の美少女の名を献上するとは思えない。
絶対にもう一波乱起こしてくる。
十七年間一緒に育ち、そして何かと負かされてきた俺にはわかるのだ。
あいつの覚悟を。
勝利に対する執念の強さを……ッ!
一気に勝ちムードの我がテント内。
そしてやはり、それはすぐにぶち壊された。
「プラス百円で三咲萌夏とツーショット撮影! 激レアチャンスです!」
鳩山さんが即興で作ったと思われる段ボール看板を掲げて、いつ用意したのか不明な拡声器片手に声を張り上げる。
「つ、ツーショット……?」
震え声をあげる与田さん。
あっという間に吸われるお客さん。
「負けましたね」
山野さんの抑揚のない声だけが、人気の無くなった俺達の屋台に響いた。
それにしても百円で写真撮影とは、あいつもかなり切羽詰まってるな。
だいぶ気前のいい商売だ。
自分の価値を把握している奴にしてはあり得ない価格である。
まぁそれだけ追い込んでいたと考えればアレだが。
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