第30話 水分補給
段々と慣れていく瑠汰。
それに合わせて時間も過ぎていく。
既に昼時は過ぎ、客足も減ってきた。
と、そんな時にふと視界に斜め前の屋台が入った。
萌夏が笑顔でタコ焼きを渡している。
貰う側の生徒は顔真っ赤で、見るからにガチ恋って感じだ。
後ろにもまだ数人が並んでいる。
対するこちら側は、瑠汰のポンコツ具合に微笑む生徒が多い。
どもる瑠汰に笑う事はあれど、あくまでそれだけ。
別に惚れられているようにも見えないし、同じ可愛いでも扱いはだいぶ違う。
美人女優とペットの猫くらいの違いが感じられた。
並ぶ客も今はいないし、元原君も暇そうである。
「このままじゃ負けそうだね」
「えッ!?」
与田さんの言葉に、瑠汰がギョッとする。
俺はその瑠汰の顔を見て心配になった。
「お前、喉乾いてないか?」
「あ……まぁ」
「早く言えよ」
彼女の顔は汗ばみ、若干青かった。
何時間も水分を取らず、客と話していたら当たり前だ。
それに今は九月の中旬で、まだ気温も高い。
俺がもっと早くに気付いてやればよかった。
近くの自販機で何か買ってこようとしたところ、人影が見えた。
「差し入れ~」
またもジャストタイミングで現れる学級委員長。
彼女はどこからともなく現れ、袋に入れたジュースを俺達に渡してくれる。
「一年生が売ってたよくわかんないジュース。あげるよ」
「ありがとう中野ちゃん!」
「いいよ頑張って。お客さん減ってるし、こっちも宣伝頑張るから!」
差し入れだけおいてすぐに去る中野さん。
やはり委員長は頼りになる。
◇
水分をとってしばらく休んでいると、委員長の宣伝効果か、すぐに客が現れた。
それも大群だ。
「うっす元原先輩! 食トレ中なんでお好み焼き貰いに来ました!」
「「「うっす!」」」
「しゃああああぁぁぁ!」
まず初めに来たのは坊主集団。
筋肉をつけるために今は飯を食うのも練習らしい球児らが、一人当たり平均三枚のお好み焼きを買っていく。
「タコ焼きはいかがですかー?」
ほくほく顔で帰ろうとする坊主たちに声をかける萌夏。
「タコ焼きも一緒に食べて行かない? おいしいよ?」
「いえ、お好み焼きの方がお腹に溜まるっす」
「「「溜まるっす」」」
「そ、そっか……ごめんね、変なこと聞いて」
「いえ、こちらこそ学校一の美少女と名高い三咲萌夏さんにお声掛けいただき、恐縮っす!」
「「「恐縮っす!」」」
「……」
こいつらは一々復唱するルールでもあるのだろうか。
誰かから完全に調教されている坊主集団に、完璧美少女には珍しく顔を引きつらせる。
続いて現れたのはサッカー部集団。
こちらは爽やか系のイケメンが多い。
「渡辺君、買いに来ましたー」
「お? 急にどうしたんだ?」
「校舎回ってたら、二年生の女子に部活の先輩が頑張ってるんだぞって脅されて……」
「……」
あの学級委員長、何かやっているらしい。
と、一人のイケメンが瑠汰に笑いかける。
「すげぇ。写真より可愛いっすね!」
「……あ、アタシ!?」
「そうです。めっちゃタイプです!」
「……そ、そっか。あはは。嬉しいなぁ」
満更でもなさそうに頬を掻く瑠汰。
なんだろう、すごくもやもやする。
別に俺の彼女でも何でもないのに。
イケメン集団がお好み焼きを買って帰るときには、またも列ができていた。
サクラ戦法というやつだろうか。
「ちょっと、喉乾いた」
「おう」
さっき貰ったのはストロー付きのジュースだった。
「山野さん、瑠汰のジュース取って」
「はい」
山野さんからジュースを受け取ると、俺はストローを瑠汰に向けてやる。
彼女は客の相手をする間に瞬時に振り向き、俺に顔を寄せた。
「ん……ちゅぅ」
「……っ」
当然だが、俺の持っているジュースに顔を近づけてくる瑠汰。
超至近距離でストローに唇をつける彼女に、見惚れてしまった。
「ありがと」
「……うん」
自分の鼓動が物凄い速度で鳴っているのが分かる。
ドキドキが止まらない。
なんだこれ。
すぐに客の相手に戻る瑠汰を他所に、俺は彼女の口をつけていたストローを凝視してしまう。
若干水気が残っているのが生々しい。
さっきまで、これに彼女が口をつけていたのだ。
なんて思っていると。
「あ、すみません。それ三咲君のジュースでした」
「は!?」
「お、山野さんナイス~」
嘘だろ!?
このジュース俺のなの!?
確かによく見ると、三咲と名前を書いてある。
って事は、俺がさっきまで飲んでたストローにあいつが口をつけたわけで。
「うぉぉぉぉ」
「お買い上げありがとうございます! 友達とかにも宣伝してください!」
俺の苦悩なんて知る由もなく、瑠汰の流暢になった売り子ボイスが聞こえる。
さっきのもやもやなんて全部消し飛んだ。
ただただ顔の紅潮が止まらない。
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