第29話 焼きたて温めます

 フリーの校内観覧時間が始まった。

 時間が時間なだけあって、周囲はあっという間に生徒でごった返す。


 目の前で腕をまくり上げ、無言でお好み焼きを焼き続ける元原君。

 焼きあがったものからパックに詰めていく与田さんと渡辺君。

 そして。


「ご、ごごご注文はいかがいたしましょうかな?」

「お好み焼き三つ」

「お味は!?」

「瑠汰ちん! 味なんて一個しかないから!」

「し、失礼いたしましたー! ではお客様、あ、あてゃてゃめましゅか? あ、間違えました。温めますか?」

「もう温かいから!」


 わけのわからない質問を繰り返す瑠汰。

 文字通り目がぐるぐると回っている。

 もうそろそろショートしないか心配だ。

 まだ売り始めて十分も経っていないが。


 しかしこんなでも客は頬を緩ませる。


「ありがとう瑠汰ちゃん。頑張ってね」

「は、はい! おめでとうございます!」


 もう何を言っているのか全く理解できないが、そんなのも含めて可愛いからズルい。

 客も楽しんでいるようで、このふざけた対応がまた新たな客を呼ぶ。


「ちょ、元原。急いで次焼いて」

「焼いてるっしゃあああああ!」

「そ、そう……」


 あの与田さんが気圧される勢いで張り切る元原君。

 一瞬で鉄板上にお好み焼きが生成された。

 なんという技術……これが秘伝というわけか。


 燃えるように仕事に励む元原君を見ていると、屋台の向こうから声が聞こえる。

 なんだか揉めているようだ。


「三咲君、列の整備頼める?」

「お、おう」


 もうそんなに並んでいるのか?

 俺の位置からは四人の背中しか見えないため、列までは把握できていない。

 しかし、テントから出てみるととんでもないことになっていた。


 生徒がこれでもかとぎゅうぎゅう詰めに並んでいた。

 さっきの揉め事らしき声は、狭いゆえに押し競饅頭になっているかららしい。


「あの……二年一組のお好み焼き屋台の列はこちらに並んでください……」


 恐る恐る生徒らに話しかけてみる。

 と、一人の男子生徒が振り返ってくれた。

 しかし、ガン無視だ。

 俺のような陰キャの言葉など、彼の耳には届かなかったらしい。

 儚い。


 悲しみにくれていると、横からデカい段ボール看板を持った女子生徒がやってきた。


「はーい! お好み焼き買いたい人はこっちに並んでください!」


 その女子は学級委員長の中野さんだった。


「中野さん!?」

「三咲君は中をお願い。ちょっと大変みたい」

「あ、あぁ……」


 何故ここにいるのかはわからない。

 誰かが呼んでくれたのだろうか。

 幸い俺の事は無視していた生徒も、中野さんの言う事は聞いていた。

 複雑だが、ここはとりあえず引こう。



 ◇



「髪の毛なんか入るわけないだろうがッ!!」


 屋台は大荒れだった。

 というより、元原君がキレていた。


「な、なになに?」


 俺が帰ると、渡辺君が説明してくれる。


「そこの一年の男子達に『お好み焼きに女子の髪の毛入ってるんだけど~』って言われてキレてる」

「ぷ、プロ意識高いな……」

「まぁそれもあるけど……」


 元原君の怒りスイッチはそこではないらしい。

 彼は一本の長い髪の毛と自身の頭部を指しながら一年にガンをつける。


「この長さの髪の毛が、俺のどこに生えてるんだよぉぉぉぉぉ!!」

「……」

「いたずらかなんか知らないが、ふざけんなよ。お前らバスケ部だろ?」

「……はい」

「覚えてろよ?」


 いつもは優しくて筋肉自慢ばかりしている元原君がブチギレている。

 非常に怖い。

 近くにいる与田さんと瑠汰も怯えちゃってるし。

 お好み焼きを焼くときは人格が変わるのだろうか。


 逃げるように帰る一年を見ながら、渡辺君がさらに詳細を語る。


「髪の長さがな、瑠汰ちゃんしかありえなかったんだよ。でも彼女のなら先端部分が金髪じゃないとおかしい。きっとふざけて問題をでっちあげようとしたんだろうけど、うちの売り子ちゃんは一筋縄じゃいかなかったってわけ。ちなみに与田もそんなに髪長くないからありえなかったし」

「大変なことが起きてたんだな」

「そっちは?」

「中野さんが上手くやってくれてる」

「おっけ~」


 ふらりと持ち場に戻る渡辺君。

 まだまだ仕事は大量だ。

 これだけ大騒ぎしたら客が減るものかと思ったが、意外と残っている。

 それに。


「美味しかったら友達にお勧めしてください」

「わかったよ〜。瑠汰ちゃんだっけ? 可愛いね~」

「あ、ありがとうございます」


 若干ぎこちないが、さっきよりも瑠汰が落ち着いている。

 先輩女子に褒められながら、はにかむ顔が印象的だった。

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