第28話 童貞ですがなにか
長ったらしいオープニングイベントを終え、時刻は昼前午前十時半。
俺達グループの六人はテントに集まっていた。
テントの位置は中庭通路。
近くにはご飯を食べられるベンチなども多く、普段から人気のある場所だ。
とりあえず場所取りのくじ戦争には勝利したらしい。
「渡辺と私は元原のサポートとかその他諸々動いて、元原はお好み焼き作り。山野さんは後ろの机でお金の計算とかお願い。で、瑠汰ちんはお客さんの相手ね」
「おう」
「頑張るぜ~」
「わかりました」
「が、頑張るっ」
皆がそれぞれ返事をする。
そんな中、俺は恐る恐る尋ねた。
「で、俺は?」
「三咲君はいるだけでいいよ」
「……はぁ?」
与田さんのあっけらかんとした顔で放たれた言葉に、俺は耳を疑った。
「いや、流石に何か仕事を……」
「いるだけで十分仕事してるって。じゃああれ、人が増えたら列の整備でもお願い」
「……」
果たしてそんな事でいいのだろうか。
俺がいる事で若干手狭ではあるし、やはりいない方がいいのではないか。
しかしながら瑠汰が笑いかけてくる。
「ごめんな。アタシが無茶言ったから」
「いや、いいんだよ」
仕事か。
俺は瑠汰に寂しい思いをさせないためにここにいるのだ。
それでいいんだ。
「ってか斜め前か……敵は思ったより近いね」
斜め前には俺達と同じようなテントがある。
違うのは売り出す商品と、そしてポスターの写真だろうか。
『学校一の美少女が焼きたてをお渡しします♪』
最強の称号が張り出されたポスター。
全く、嫌な広告だ。
あり得ない程可愛く映っている顔写真に腹が立つ。
こんなの、素性を知っている俺でなければ全員買ってしまうだろう。
十七年そばで見てきた俺でさえ、可愛いなと思ったほどだ。
だがしかし、うちの広告塔も負けてない。
「いや~。やっぱ写真は三咲君に任せてよかったよ。この表情は私達には引き出せないわ~」
「そうか?」
「このなんとも照れた表情が良い。瑠汰ちんマジかわ」
「そ、そんなことないぞ?」
「な~に言ってんの?」
「ぎゃっ」
謙遜する瑠汰に抱き着く与田さん。
抱き着かれたときの悲鳴が全く可愛くないのが、うちの元カノクオリティだ。
それがまたいい。
「萌夏に勝るのは初心さだからね」
「たしかに萌夏……さんは変に慣れてるよな」
「そそ。三咲君よくわかってるね。まさか童貞ではない?」
「えっ?」
おかしなことをぶっこまれ、俺は変な声を上げる。
と、そこに与田さんが詮索するような目つきで近づいてきた。
「女の影が見えるような」
「そ、そんなわけないだろ」
「本当かなぁ? 実はプレイボーイだったりしない?」
「ふざけんな。友達がいない俺が、そ、そんな経験……」
尻すぼみに声が小さくなる俺。
そこに与田さんが顔色を一変させて爆笑した。
「うっそだよ~! まぁまぁ、童貞だよね!」
「うッ!」
何故だろう。物凄くいたぶられている気がする。
胸を押さえて崩れ落ちる俺に、渡辺君が語りかけてきた。
「大丈夫だって三咲君。ほとんどの奴らは童貞だから」
「……渡辺君は?」
「オレ? いや、オレはまぁ……」
非童貞が慰めてくるんじゃねぇ!
雲行きが怪しくなってきたところで、渡辺君は元原君に助けを求める。
すると。
「大丈夫だ。俺も童貞だから」
今度は頼もしい慰めが頂けた。
「……え?」
「ちょ、嘘でしょ?」
しかしながら、俺ではなく与田さんと渡辺君から声が上がった。
そういえばこの前、元原君は彼女がいるとか言っていたか。
元原君は腕に筋が張るほど拳を握り締めると、静かに言う。
「そんなもんだ」
「「「……」」」
有無を言わせない何かがそこにはあった。
圧倒的なまでの圧というかなんというか。
そこで俺達は追及をやめる。
と、そこに嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。
「あはは」
「何が面白い」
「鋭登って童貞なんだ、と思って」
「うッ!」
元カノに笑われてさらに苦しくなった。
しかし瑠汰はそんな俺に、何故か満面の笑みを浮かべる。
「よかった~。安心した!」
「……は?」
「え、いや。ちちちち違うから! 別に、君が女子とそういうことしたことないのに喜んだわけじゃなくて! ……うぇぇん」
「はい、よしよし」
「頭撫でるなっ」
一人漫才を繰り広げる瑠汰。
もはや何が言いたいのか全く理解できないが、笑ったり泣いたり忙しい奴だ。
与田さんに子ども扱いされる瑠汰を見ていると、ふと遠くから殺気に似た視線を感じた。
そ~っと向くと、視線の先に奴の姿を確認。
奴は俺と目が合ったことを確認すると、そのまま口だけ動かしてなにやら伝えてくる。
『負けないから』
はっきりとそう言ったように思えた。
随分と負けず嫌いな事だ。
すぐに仕事へ戻る萌夏を俺は目で追いながら、俺も心の中で『望むところだ』と返しておく。
しばらくして、戦いの火ぶたが切られた。
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