第24話 ゲーマー女子の部屋

 土曜日の昼。

 瑠汰の家に向かおうと服を漁っていると、部屋の扉が開いた。


「うわ。なんで服着てないの」

「着替え途中だからだ」

「あっそ」


 着替えの途中であることを理解しつつ、躊躇なく入ってくる萌夏。

 多分逆の立場ならこうはならない。


 見られて困るものもないため、俺はそのままパンツ一枚でクローゼットに顔を突っ込む。


「どこか行くの?」

「瑠汰の家にな」

「……どういうこと?」

「写真を撮りに行くんだよ。宣伝ポスターに貼る用の」


 俺の言葉に萌夏は顔をひきつらせた。


「あんたたちもやるんだ」

「お前も顔晒すらしいな」

「一応言っておくけど、私からやりたいって言ったわけじゃないから。みんなが私の写真を貼りたいって言うから断れなくて……」

「一々弁明しなくてもわかってるって。瑠汰も同じ感じだったし」


 そこまで嫌々という風でもなかったが、やはり最初は渋っていた。

 顔写真が宣伝効果なんて、最大級の誉め言葉だろうし、本人たちも嬉しさやら恥ずかしさやらが混ざっているのだろう。


「ってか瑠汰も人が悪いよね。これ、私だけ不利じゃん」

「そうか?」

「私が勝っても『三咲萌夏なら当然』で終わるし、逆に負けたら学校一の美少女の座が奪われる」

「そんなに固執してるのか? その称号に」

「そりゃそうでしょ。初めはむしろ目立って嫌だったけど、長年褒められてたのに急に手のひら返されたら嫌だ」

「確かに」


 負けを知らないというのは、それだけ自分にかかるプレッシャーも増すのか。


「それに顔写真だけでしょ? 絶対勝てない。向こうは転校生っていう肩書きまでついてるんだし」

「そんな肩書きなくても瑠汰の方が可愛いぞ」

「……あんた。死にたいの?」

「逆に聞くけど、お前は俺に可愛いって言われたいのか?」

「……」


 萌夏は薄暗い目つきで俺を見る。

 その目に宿るのは紛う事なき殺意。怖い怖い。


「久しぶりに私の負け。あんたの言う通り可愛いって言われる方が嫌だ」

「だろ?」

「なにそのわかってます感。ガチキモいんだけど」

「で、なんだよ。暴言吐きに来たのか? 随分暇なんだな」

「違う」


 クローゼットから良さげな半袖シャツとジーンズを引っ張り出す。

 そしてそれらを着ながら改めて振り返ると、おめかしした萌夏が立っていた。

 若干目元などにメイクの跡も見える。


「お前も家を出るのか?」

「そう。その報告に来たの。留守番お願いって言おうと思ったんだけど」

「そんなに気合入れて、デートにでも行くのか?」

「なわけないでしょ。文化祭の有志発表でバンドするからその練習」

「はぁ?」


 意味がわからない。

 だってこいつ、楽器なんて何一つ演奏できないんだから。


「何演奏するんだ?」

「……ボーカル」

「嘘だろ? やめとけよマジで……」


 萌夏は極端な音痴でもないが、歌が上手いわけではない。

 カラオケとかでも採点で全国平均は毎回超えるくらいだ。

 だがしかし。


「ああいうのってガチっぽい奴が出場するものじゃないのか?」

「そう! だから私も出たくなかったの!」

「……陽キャって大変なんだな」


 思わぬ苦労があるらしい。

 皆何かしらの我慢をして生活しているのだ。

 まぁ当然だけどな。


「俺も出るから鍵持って出ろよ」

「わかった」


 着替え終わって、互いに部屋を出た。


「どう、変じゃない?」

「変じゃない。可愛い」

「キモすぎるんだけどマジ」

「ははは。ざまぁみろ」


 俺の生着替えを覗いた罰だ。

 と、萌夏は玄関でスニーカーを履きながらジト目で見てきた。


「瑠汰の家行くからって、変なことしないでね?」

「変なことって……お前キモいな」

「うるさい!」


 怒鳴られながら共に家を出た。




 ‐‐‐




「お、いらっしゃい!」

「……嘘だろお前」


 昼過ぎ、約午後三時に瑠汰の家に着いた。

 玄関先でダボッとした半袖シャツにショートパンツというラフな格好にドキドキする間もなく、俺は彼女の背後に見える家に言葉を失った。


「俺、聞いたよな?」

「何の話?」

「土曜に家に行っていいかって聞いたよな?」

「うん。聞いた」


 おかしい。

 あれは用事を聞いただけでなく、最低限彼女に人を招き入れる準備ができるのか? という意味を込めた質問だった。

 それなのに……


「なぜ玄関スペースに、壊れたコントローラーとキーボードの山があるんだ?」


 瑠汰の家は汚かった。

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