第23話 瑠汰専属カメラマン

 ポスターの問題が一段落着いた時、教室が急に沸いた。

 振り返ると、教室の入り口に渡辺君と元原君が段ボール箱を持って立っていた。

 そういえばさっきから姿を見なかったが、何をしていたのか。

 額に汗を浮かべる二人からは、そこそこの疲労が伺える。


「クラスTシャツ届いたの?」

「そそ。ってかガチ重い。えぐいってこれ」

「サッカー部は貧弱だな」

「元原が筋肉あり過ぎるんだよ」


 思い出した。

 夏休みにクラスで記念Tシャツを注文していたんだった。

 しかしながら、夏休みという事は。

 俺は隣の瑠汰を見る。

 彼女は状況が掴めていないようだった。


「あ、そっか。瑠汰ちん注文できてないのか~」


 与田さんが瞬時に気付き、手を打つ。


「服のサイズ何?」

「え、あ。えっと……」


 俺や他の人に聞かれるのが恥ずかしいのか、瑠汰は与田さんに耳打ちした。


「おっけ」


 短く答えた与田さんが渡辺君の元へ歩いて行く。

 そして二枚のTシャツを段ボールから取り出して持ってきた。


「ごめんね。気が利かなくて。私オーバーサイズで買ってるからこれ丁度いいっしょ」

「え?」

「当日着る用と記念に二枚買ってたから、一枚あげる」

「ま、マジ!? そ、そんな……お金は!?」

「いらないって。こっちのミスなんだから。マジごめんね」


 手を合わせて頭を下げる与田さん。

 瑠汰はどうしていいかわからないようだった。

 しかししばらくして納得したのか、Tシャツを受け取ると笑って言った。


「ほんとにありがとう」

「ん~。マジ好き。瑠汰ちん可愛い!」


 瑠汰だけがクラスTシャツを持っていないという状況に教室は凍り付いていた。

 完全に失念していたし、フォローを間違えればいじめになりかねない問題だったからだ。


 だが与田さんが上手くやってくれた。

 流石は陽キャ女子と言ったところか。

 彼女が動いた事でクラスも徐々に賑やかさを取り戻していく。



 ◇



「みんなで写真撮ろうよ!」


 各自トイレなどでクラスTシャツに着替えてきた。

 ちなみに普通の授業日にこんな格好はマズいが、今は担任がいないため可能だ。

 優等生志向じゃなかったのか、と思うかもしれないが簡単な話で。

 先輩たちが文化祭に関しては緩い前例を作り上げてきたため、多少のはしゃぎは許される。


 与田さんの合図で俺達六人は集まった。

 慣れているように並んでポーズを決める渡辺君と元原君。

 そして真ん中に陣取る与田さん。


「瑠汰ちんはここ!」


 ひっそりと、中腰男子二人の後ろに立とうとしていた瑠汰を与田さんが引っ掴む。

 そして自分の隣に置いた。


「うわ。顔のサイズが……瑠汰ちん、嫌味ですかな?」

「勝手に連れてこられて文句言われても困るんだが?」

「あはは。はい、撮れた」


 撮った写真を見て全員で爆笑する。


「なにこれ、心霊いるって!」

「誰が心霊だよ」


 男子二人の後ろで生気のない顔をしている俺に、与田さんは笑い転げた。


「もっと笑顔で写れよ」

「いや、俺より山野さんの方が真顔だけど」

「キャラってのがあるだろ」

「それじゃあそもそも俺がここに写ってるのがおかしいってならないか?」

「あっはははは! マジもうやめて三咲君。むり、むりだからぁ……」


 涙を流しながら笑う与田さん。

 複雑だが、笑いが取れているようで嬉しくもある。


 ふとスマホの画面を笑顔でのぞき込む瑠汰を視界にとらえた。

 あまりの可愛さに不覚にも見惚れてしまう。

 まるで青春を謳歌しているような顔だ。

 いや、謳歌しているのか。


 なんだかんだ最近、俺も瑠汰も高校生活を満喫できている気がする。



 写真を撮り終わった後、俺は与田さんにベランダに呼び出された。


「なにか用か?」

「まぁね」


 彼女はクラスTシャツを着た状態で、長袖の合服を腰に巻き付けている。

 The・陽キャって感じの装備だ。


「瑠汰ちんの写真撮って来てよ」

「は?」

「ポスターに貼るやつ、三咲君が撮ってきて」

「なんでだよ。それこそ今取ればいいじゃないか」

「わかってないなぁ」


 与田さんはビシッと俺の胸に指を突き立ててくる。


「ここで撮れる顔が欲しいわけじゃない。三咲君にしか見せない顔が欲しい」

「はぁ……?」

「って事だから、明日とかにでも撮って来てね。できれば二人きりで」

「意味が分からん」

「あ、格好は制服で、カラコンもなしで。本人が嫌がるなら構わないけど、絶対本来の目の方が可愛いから」

「だから、どういうこ——」

「じゃーね」


 俺の問いには答えず、教室に帰る与田さん。

 マジでどういうことなのか理解ができない。


 ただ有無を言わせない感じだったし、やるしかないか。

 そもそもこのグループ内で俺が一番役に立ってないし。


 教室に入ると、未だにクラスTシャツを着ている瑠汰がダンボールに何か文字を書いていた。

 そしてよく見たら凄いことになっている。

 生地の薄いTシャツからは、彼女の胸のサイズが丸わかりで、さらに言うならちょっとブラの形がわかった。


 気恥ずかしさや色々な感情で直視しないようにしながら、俺は話しかける。


「なぁ瑠汰」

「なに?」

「明日暇?」

「え、暇だけど」

「よかったらお前の家に行ってもいいか?」

「ッ!?」


 瑠汰は机に突っ伏した。

 返事はもらえない。


「おーい」

「い、家? な、なななななんで?」

「どうしたんだ怖いな。写真を撮ってくれって頼まれたんだよ」

「しゃ、写真?」

「ポスター用の」

「あぁ、それか……」


 がっかりしたように顔をパッと上げる瑠汰。

 おかしな感じだ。

 テンションと行動が合ってない。


「明日? まぁいいけど」

「じゃ、また連絡……って思ったけど、そういえば俺達連絡先持ってないな」

「確かに。古のSNSは相互だけどな」


 懐かしい会話をしながら、俺達は初めて連絡先を交換した。

 不思議な感覚だ。


 と、視線を感じて横をチラ見すると、与田さんがニヤニヤ笑っていた。怖い。

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