第21話 妹に尻に敷かれる

 その日の晩、俺は寝ようと思ってベッドに入る。

 部屋の電気も消して就寝モード。

 暗い部屋の中、布団を顔までかぶって目を閉じていた。


 すると。

 少しして部屋のドアが開いた。

 そして足音が近くまでやって来て、そのままベッドに座った。

 右足の太ももに温かいお尻の感覚がある。

 正確にはベッドではなく、俺の太ももの上に座ったらしい。


 いわゆる尻に敷かれている感覚だが、嬉しくない。

 瑠汰の尻の下なら喜ぶんだが。


 って、待てよ。


 変な事を考えたおかげで目が覚めた。

 そして頭を回転させる。


「お前は誰だ」

「あんたの妹」

「なぜ俺の太ももの上に座っている?」

「え? あ、ごめん。気付かなかった」


 ハッと俺から離れる妹を名乗る女。

 そうか、今俺は妹の尻を堪能していたのか。


 眠い目を擦りながら俺は部屋の電気をつける。

 と、目の前には眼鏡をかけた芋っぽい女子が立っていた。


「……なんで顔赤いんだ?」

「いや、なんでもない」

「あっそう」


 よくわからないが、無視しておこう。

 と、俺がベッドに座りなおすと萌夏も隣に座ってくる。


「で、なんだよ」

「文句を言いに来たの」

「今何時だと思ってんだ」

「さっきまで瑠汰と遊んでたから仕方ないじゃん」

「……は?」


 今なんて言ったこいつ。

 瑠汰と遊んでた?


「うちに来てるのか?」

「ううん。ゲームだよ。デュオ組んで通話しながらランクマ回してたの」

「……」


 なんか知らないうちに仲良くなっていたらしい。

 そう言えば萌夏はゲーム好きだし、瑠汰とは気が合うだろう。

 同じ環境で過ごしただけあって、俺と萌夏は趣味も似ているし、そりゃ瑠汰と仲良くなるのは必然かもしれない。


 いや違う。

 そうじゃない。


「なに? 嫉妬してんの?」

「……うるせえな」

「あはは。瑠汰も言ってたよ、あんたと遊びたいって」

「この前直接聞いたよ」

「ふぅん。でもあんたより上手かった」


 それはそうだろう。

 元々ゲーム廃人な瑠汰と俺は知り合ったのだ。

 あいつは俺なんかよりゲームにのめり込むし、自我を忘れるレベルでやり込むタイプだ。

 それもこれも彼女の父親がゲーム実況を生業とする配信者なせいだが。


「ま、そんなのはいいの。さっき瑠汰にも文句言ったけど、なんなの三咲同士敵対してるって? 馬鹿なの?」

「それは……すまん」

「マジで自分じゃ収拾つかないくせに話進めるよね、あんたたちぼっちって」

「……すみません」

「瑠汰にも怒った。なんか無視されたけど」

「あー……」


 あいつはゲームに生きているからな。

 多分通話しながらやっても雑談は聞こえてないんだろう。

 ただ単に集中しているだけだ。


「まぁ双子だってバレる線は消えたっぽいけど」

「お、それはいいな!」

「調子に乗んな。亜里香なんてあんたの事ずっと話してて、帰り道地獄だったんだから」

「……そんな気に入られたのか? 陽キャJKの趣味ってわかんねえな」

「私だってわからない。あれは亜里香が頭おかしいだけ」


 俺に好意を抱くなんて頭おかしい奴だけ。

 言外にそう言われた気がする。


「お前って俺の事そんなに嫌いなの?」

「……微妙」

「どういう心境なんだそれ」

「学校でのあんたは死ぬほど嫌い。キモいから近寄らないで欲しい。でも、家族としてのあんたは……好きっていうか大切」

「そうか……」


 久々に好意的な言葉が聞けた気がする。

 その前の全身の皮膚を剝がされるような暴言は無くならないが。ぴえん。


「はぁ、これで文化祭もあんたと関わらなくちゃいけなくなった」

「……ごめん」

「謝ってももう遅いでしょ。こうなったら一蓮托生」

「二人三脚って事か」

「なんかキモい」


 一蓮托生も二人三脚も変わらんだろうが。

 と、二人三脚と言う単語で思い出したのか萌夏が聞いてくる。


「ってか、体育祭の個人種目何に出場するの?」

「百メートル競走」

「……マジモブだね」

「お前は?」

「私は借り物競争」


 確かにその種目は陽キャじゃないと務まらないだろう。

 俺が出場したとして、誰に借りれば良いのかという点で試合が終了する。

 安西先生ごめん。俺は諦めるよ。


 うちの高校は文化祭二日が終わった翌日に体育祭が行われる。

 基本的にその三日をまとめて光南学園祭なんて言ったりするのだが。

 そういうわけで、文化祭と同時進行で体育祭の準備も行われているのだ。


「まぁとにかく、あんま面倒ごと起こさないでって言いたかったの」

「気を付けるよ」

「そうしなさい」


 ちょっとにやけながらそう言う萌夏。


「なんで笑ってるんだ。キモいな」

「なーんでも。ちょっとマシになったなと思って」

「は?」

「なんでもない! っていうかあんたにキモいとか言われたくない」

「俺の事陰キャとか言ってるけど、今のお前もだいぶだぞ」

「プライベートくらい好きにさせて」


 何がプライベートだ。

 なんて笑えないくらい萌夏の人気は本物だ。

 部屋を出ていく、萌夏のショートパンツに守られた尻を眺めていると、急に振り返ってくる。


「ちょっと。今お尻見てたでしょ」

「いい尻だな」

「ッ! マジでさっきの忘れて」


 そう言い残してドアを勢いよく閉める萌夏。

 なるほど。

 さっきの赤面は照れだったのか。


「意外と可愛いとこあるじゃん」


 そうして俺も二度寝に入った。

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