第19話 初対面(約6260日目)

 店内を六人で回っていく。

 百円均一ショップというのは意外と広く、また取り扱う品の幅が広すぎるため、どこに何があるのかよくわからない。

 加えて客もそこそこの人数がいるため、迷いそうだ。


「やっぱ百均って好きだわー。わくわく感あるよね」


 与田さんはウキウキと先頭を歩く。


 しばらく店内を回った後、ようやく目的のコーナーに着いたのだが。

 まさかの先客がいた。


「お、萌夏と亜里香じゃーん」

「与田じゃん。奇遇だね~」


 そう、最も会いたくない女と遭遇してしまった。

 割りばしやフードパックを眺めていたのは二人の女子高生。

 先日帰り道ですれ違った鳩山亜里香と、我が妹三咲萌夏であった。


「与田どしたの? 文化祭の買い物?」

「そそ。みんなで来たんだー」

「ほんとだ。渡辺に元原に山野さんに、朱坂瑠汰ちゃんもいるっ。そしてあとは……」


 順に確認した後、萌夏はフリーズした。

 彼女の視線がとらえているのは、この空間内で最も冴えない男。

 何を隠そうこの俺である。


「……誰?」

「……」


 俺と萌夏は双子であるため、事情で同じクラスにはならない。

 そして俺の立ち回りも含めると、必然的に本来関わり合いがない存在であり、俺の事を知っているのはむしろ不自然だ。

 萌夏のこの反応は正しいと言える。


「あー、三咲君。同じグループなんだよね。萌夏と同じ漢字の三咲君だよ」

「そうなんだ。よろしくね? 三咲萌夏です」

「こちらこそ、三咲鋭登です」


 生まれた時から個人情報を知り尽くしている人間同士の、実に奇妙な自己紹介タイムが始まった。

 それにしても流石は完璧美少女。

 すぐに動揺を捨て去り、自然な対応をしてきた。


「へぇ三咲くんって言うのか。偶然だね、苗字一緒だ」

「本当だな」

「仲良くしよっ? 名前被ると変な感じだから、鋭登くんって呼ぶ!」


 外用の眩い笑顔を浮かべる萌夏。

 チッ……不覚にも結構可愛い。

 散々瑠汰を推していた隣の渡辺君も、そんな萌夏に見惚れている。

 家でもずっとその顔で居てくれ。


「萌夏も文化祭準備?」

「そうそう。私達タコ焼き屋台だからさ」

「そうなんだ」


 奇しくも同じ粉もん部門。

 運命とは恐ろしいな。


「萌夏たちは初日? 二日目?」

「初日だよ」

「お、じゃあ私達と勝負だね。こっちはお好み焼き屋台だし」

「マジ? ライバルじゃん」


 そこで与田さんは俺を見た。

 思い出したように手を叩きながら。


「そう言えば、三咲君って萌夏の事敵視してるんだよねっ?」

「えっ? あぁ。まぁ……」


 ここに来て超絶面倒な設定を掘り返された。

 瑠汰に乗った俺の失態か。


「なになに? 敵視? なんでよ~」


 目の奥が真っ黒な萌夏に、何とも言葉に表せない圧迫感を感じた。

 口調こそ柔らかいが、俺は知っている。

 これは本気でイラついているときだ。

 なに余計な設定作ってんだよ、ってな感じだろう。

 こればかりは俺が悪い。

 ごめんなさい。


「……俺以外に三咲はいらねぇって感じで」

「ブハハっなにそれ、マジウケるんだけど」


 急に声を上げたのは鳩山さん。


「三咲君って去年同じクラスだったよね? そんな俺様キャラだったっけ?」

「いや、全く」

「ガチおもろ。ね? 萌夏」

「う、うん。マジ面白いね鋭登くん」

「……」


 もうどうにでもなれ。

 とりあえず鳩山さんがノッてくれたおかげで、雰囲気は和やかだ。


「あたし結構好きだわそういうタイプ。三咲君いいね!」

「ありがとう」

「もっと自信を持ちたまえ」

「誰視点なんだその口調」

「あはは」


 ツボにはまったように笑い転げる鳩山さん。

 確かバスケ部だったっけか。

 スカートが異常に短くて、綺麗な太ももに目が吸い込まれる。

 こんなに笑ってもらえると嬉しいものだが、やはり女子高生の笑いのツボというのはイマイチ理解できない。


「ローキックッ!」

「痛い!」


 呆けていると背後から脹脛を蹴られた。

 振り返えると瑠汰が頬を膨らませている。


「なんだお前! 急に蹴ってきやがって」

「君が悪いんだからな!」


 わからない。

 何に対してキレているのかわからない。


 あれか。

 この前萌夏に壁ドンされてから従順になっていたし、現在萌夏に手を焼かせている事に怒っているのかもしれない。

 萌夏に敵対しているという設定を作ったのは瑠汰だが。


 いや、俺が他の女に目移りしてるのが気に入らなかったとか。

 そういう解釈もできるかもしれない。

 付き合ってる時も事あるごとに『アタシだけ見てよー』的な仕草はされていたし。


 なんてな。

 ありえない妄想はやめよう。


 でもでも、さっき独り言で結構いい感じの事を言っていた気もする。

 マジでわっかんねえなこれ。


「じ、ジロジロ見るなよ。恥ずかしいんだが?」

「ごめん」


 照れて顔を赤くする瑠汰が可愛い。

 もう変な事は考えなくていいや。


「じゃあ三咲君負けられないね。売り上げで完膚無きままに萌夏を葬ってやろう。ついでに瑠汰ちんも学校一の美少女の座を奪取しよ」

「あ、アタシ!? いやそれはその……萌夏ちゃんの方が可愛いし」


 手と首をぶんぶん振る瑠汰。

 しかしその激しい動きで柔らかそうな胸がめちゃくちゃ揺れる。

 下着着けてないのかって感じの揺れだ。


 またもそれに視線を釘付けにし、自分の胸を見下ろす萌夏。

 その目に宿るのは暗い炎。

 憐れなり。


「美少女とかはどうでもいいけど、売り上げはこっちも負けないからね」

「望むところだよっ」


 宣戦布告だった。

 俺と瑠汰のダッグによる、三咲萌夏に対しての戦闘告知。

 文化祭は大荒れになりそうだ。

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