第14話 好きだよ

 今日は金曜日だ。

 最後の授業であったHRを終え、俺は席で一息つく。

 色んな意味でハードな時間だった。

 そしていろんな意味で疲れる一週間だった。

 二学期はまだ始まって三日だというのに、もう冬休みが待ち遠しい。


「……」

「なんだよ、物欲しそうな顔して」

「人を乞食呼ばわりするな。ただ寂しそうだったから一緒に帰ってやろうと思っただけだし」

「はいはいそうですか」


 左右で色の違う瞳――通称オッドアイ状態な瑠汰に俺は笑う。

 中二病を拗らせた痛い子みたいだ。


 瑠汰は教材を筆箱にシャーペンを入れようとして、ポロッと床に落とす。

 慌てて拾おうとするが、上手く取れないようだ。


「何やってんだ?」

「……左右で視力が違い過ぎて遠近感が」

「先に言えよ」


 俺はそう言うとしゃがんでシャーペンを取ってあげる。


「ほら」

「あ、ありがと」

「準備できたら帰るぞ」

「え? 一緒に?」


 自分から誘ったも同然なくせに、何故か聞いてくる瑠汰。

 俺は溜息を吐く。


「遠近感がおかしい奴を一人で帰らせるのは危険すぎる」

「別に、そんなに心配されるほd――うわぁぁ」

「うおぉ」


 心配ないと言っている最中に椅子に躓く瑠汰。

 丁度目の前に俺がいたため、辛うじて転ばずに済んだ。

 しっかり抱きとめると、言い聞かせる。


「大丈夫じゃないだろ?」

「……確かに」

「ほら、早くしろよ」

「うんっ」


 バタバタと教材を詰めてリュックを背負う。

 今日も一緒に下校だ。



 ‐‐‐



 瑠汰が転校してきて三日間、毎日ともに下校をしている。

 おかしな話だ。

 これじゃまるで付き合っているみたいである。

 家族とも一緒に下校なんてしたことないのに、本当におかしな感じだ。


「今日は驚いたなー」

「何が?」

「君が陽キャの人たちと楽しそうに会話しててびっくりした」

「楽しそうだったか?」

「うん。なんか生き生きしてた」


 第三者から見るとそんな感じだったのか。

 こいつ自体がぼっちなためあまり参考にはならないが、不自然でなかったのなら嬉しい限りだ。

 なんたって自ら会話の輪に参加したのは中学校ぶりだからな。


 ……我ながら酷過ぎる主体性の無さだ。


 と、俺は隣を歩く瑠汰を見る。

 何故か若干元気がないが、赤い夕日に照らされる碧眼が何とも神秘的だ。

 非現実感を生み出すっていうかなんというか。


「やっぱお前の目の色、好きだな」


 だから気付いた時には言葉を発してしまっていた。


「え? す、好き?」

「あ、いやその……うん。好きだよ。なんだかんだ瑠汰は青い色の方が似合ってると思う」


 俺はハーフではない。

 身体的コンプレックスも、双子の妹と比べなければ特にない人間だ。

 そのため生まれつきマイノリティな容姿の彼女の苦労を俺は知らない。

 似合ってるだなんて無責任な言葉だろう。

 でも言わずにはいられなかった。


「みんな綺麗だとか可愛いとか言ってくれて嬉しかった」

「うん」

「目立つのも、あんまり悪くないかもってさ」


 瑠汰と三年前に付き合っていた時、踏み込んだ会話はあまりしなかった。

 だから今までどんな学生生活を送ってきたのかを全く知りえない。

 しかし、瑠汰のコミュ障ぶりを見ればわかるが、苦労はあったのだろう。


「ってしんみりした雰囲気になったじゃん。アタシを口説く気か君は?」


 軽口を叩く彼女は楽しげだ。

 よかった、深く傷つけたりしてなくて。


「落ちないヒロインは口説かないよ」

「おい、落ちないって決めつけはよくないぞ。試行錯誤しよう」

「……そんなに口説いてほしいのか?」

「なっ! そんなわけないだろ」

「わかってるよ」


 さっきも散々嫌いだとか言われた直後だ。

 冗談な事くらい理解している。


 と、瑠汰は少し上目遣いで聞いてきた。


「さっきの怒ってる? 嫌な気持ちになった?」

「何が?」

「好きじゃないとか陰キャとかって、酷い事いっぱい言ったから」

「まぁそれなりには傷ついたけど」


 正直に言うと、瑠汰は気まずそうに目を逸らす。

 そして。


「ごめん、全然嫌いじゃないからな。むしろ……」

「むしろ?」

「……髪の毛むしろっかなーって思うくらいには好きだよ?」

「お前は俺に何の恨みがある。若禿げ製造悪魔か」


 全く意味が分からない。

 もはや嫌いの域だろ、それ。


 しかし本人は言い切ったとばかりに満足げなので追及はしない。


「また一緒にゲームしたいな」

「そうだな」


 元はと言えばゲームで繋がった俺達。

 出会ったゲームは既にサービス終了してしまったためにプレイできないが、他にもいくらでもゲームはある。

 純粋に久々に楽しみたいものだ。


「今度あれやろう。バトロワゲーム」

「いいね」

「デュオで組んでさ、わざわざ野良に聞こえるゲーム内ボイチャで通話しながらやろう」

「可哀そうな事するな。気まずい上にカップルだと思われるだろ」

「そか、そうだよな……カップルだと思われるよな……」

「お前だって嫌だろ?」

「まぁ、うん……」


 何故か歯切れの悪い瑠汰。

 よくわからないが、まぁゲームの話ができる女子ってのはいいな。

 あ、ゲームの話ができる女子と言えば。


 うちにはゲーム趣味のJKがいた事を思い出した。

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