第13話 煽られる嫉妬心

「でもさ、三咲君が萌夏の事敵対してるのはわかったけど、三咲って苗字がかぶってるのは変じゃない? そんなにある苗字じゃないっしょ」


 なんとか難を逃れたと思ったのもつかの間。

 引き下がらない与田さんに俺は笑みを引きつらせる。


「ま、まぁ偶々だ」

「親戚とかじゃないの?」

「……あいつと血の繋がりがあって、こんなにスペック差があったら逆におかしいだろ」

「それもそうかも」

「……」


 自分から言った言い訳だが、こうもあっさりと認められると泣けてくる。

 まさかコンプレックスに救われる日が来るとは思わなかった。

 と、じっと見つめられているような気がして横を向くと、瑠汰が不満げな顔で俺を見ていた。


「なんだよ」

「別に?」

「……はぁ?」


 相変わらず何を考えているのかちょくちょくわからない。


 そんな俺達を眺めていた与田さんが口を開く。


「瑠汰ちゃんって、三咲君の事好きなの?」

「なっ!? 何を言うてはりますか!?」

「なんで関西弁? 瑠汰ちゃん関西圏から転校なの?」

「ちゃ、ちゃいます」

「……?」


 こいつのルーツを少なくとも三年前から知っているが、関西弁になじむような過去はなかったはずだ。

 最近まで北に住んでいたわけだし。


 謎の受け答えを繰り返す瑠汰に、渡辺君が噴き出す。


「瑠汰ちゃんやっぱかわいいよ。断然萌夏よりこっちの方が好きだわ」

「か、可愛い!?」


 褒められてどうしようと俺を見てくる瑠汰。

 陽キャのストレートな可愛いを浴びるのは初めてなようで、動揺しているらしい。

 知らんがな。

 ……くそ、ちょっとモヤモヤする。


「やめな修斗、お呼びじゃないよ。瑠汰ちゃんの頭の中には三咲君しかいないって」

「べ、別に四六時中鋭登の事考えてるわけじゃないし! ……あ、違くて。全く考えてないんだからな!」


 瑠汰は顔を真っ赤にする。


「こ、こんな陰キャの事が好きとか、意味わかんない事言わないで欲しいんだが? アタシにだって選ぶ権利はあるし? ……鋭登にもいいとこはいっぱいあるけど」

「ん~? 何々? 後半もうちょっと言ってみ?」


 俺には暴言しか聞き取れなかったが、何を言ったんだろう。

 これ以上暴言を誘発させないで欲しいんですけど。


「言っちゃえよ。好きだって言っちゃえ」

「好きじゃねえって言ってんだろうがっつってんだろうが!」


 脇腹……というより柔らかそうな横乳を突かれて堪忍袋の緒が切れたのか、瑠汰が立ち上がって叫ぶ。

 当然クラスの視線を再び集め、すぐに『すみません……』と呟いて座った。

 若干巻き舌で言い放った勢いたるや。

 そんなに言わなくてもいいだろ。

 一応元カレだぞ俺。


「あっそ」


 与田さんはそんな瑠汰から興味をなくしたように視線を離す。

 と、俺の制服を凝視したかと思えば、机を乗り出して接近してきた。


「うおっ」

「ちょっち待って」


 陽キャ特有の制服着崩し術か。

 前かがみになった彼女の緩い胸元――そこから黒い下着がバッチリ見える。

 瑠汰ほどではないが明らかに萌夏よりはあるそれ。

 どういう状況なんだ今。


「はい取れた」

「あ、糸くず」

「そそ」


 制服についていたゴミを取ってくれたらしい。

 与田さんが離れると同時に、爽やかないい香りが鼻を抜ける。

 なんとなく目で与田さんを追ってしまった。


「どうかしたの瑠汰ちゃん?」

「な、なんでもないし……」

「あはは」


 と、気付けば目の前では新たな戦いが巻き起こっていた。

 挑発するような笑みの与田さんに、涙目で睨みつける瑠汰。

 だからどういう状況なんだってばよ。


「いいおもちゃ見~つけた」


 与田さんは癖のある笑みを浮かべて笑う。

 どこぞの悪役みたいな台詞だ。

 それにしても、俺が気を逸らしているうちに何があったのやら。


 不思議に思いつつ、時計を眺める。

 授業はあと二十分もあるのか、面倒だ。


「なぁ三咲」

「え? 元原君?」

「お前、今ので何も思わないのか?」

「はぁ?」


 今のってなんだ? どれの事だろう。

 瑠汰の暴言か、与田さんの不可解な笑みか。


「卑屈なのも面倒だな」

「ほんとそれ」

「見てるだけでイライラします」

「だからなんなんだよ!?」


 やはり状況が理解できないまま、何故か暴言を浴びせられる俺なのであった。


「そういやさっき関西圏がどうとか言ってたけど、マジでどこ出身なんだ? ハーフっぽいよな」


 元原君の言葉に、瑠汰は恥ずかしそうに口を開く。


「実はハーフなんだ。お母さんが外国人で」

「えっ!? マジ?」

「なんなら髪も金髪だったし、目も青いよ」


 そう言って黒髪ツインテールの生え際をよく見せてくれる。

 席を立って瑠汰を囲む俺たち。


「ほんとだマジで生え際金髪だ」

「夏休みに先輩が染めてたクソ汚えのと全然ちげーな」

「なんで染めてるの? 元の方が絶対可愛いじゃん」


 四人が席に戻った後、瑠汰は与田さんの言葉にぎごちなく答える。


「目立つの、嫌だったから」

「そっか……変なこと言ってごめん」

「全然大丈夫」

「目はカラコン?」

「うん」


 なんだかんだ注目されて嬉しいのか、瑠汰は躊躇いなく右目に指を突っ込む。

 そして、俺の馴染みある色が現れた。


「綺麗……」


 実に三年ぶりの再会だった。

 ようやく元カノに会ったと、懐かしさが込み上げてくる。


 山野さんが声を漏らすが、正にその通り。

 透き通った瞳の色は美しいとしか言いようがない。

 日夜ゲームで酷使しているとは思えない、潤いある目に俺たちは吸い付くように見入る。


「は、恥ずかしいな……あはは」


 顔を赤くしながら頬をかく瑠汰の視線は、俺を真っ直ぐに見ていた。

 同じように懐かしさを覚えてくれたのかもしれない。

 そうだとしたら、嬉しいな。

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