第12話 三咲萌夏が嫌い
笑い合いながら、何とか会話に参加する。
意外と一度声を出してしまえば言葉はスムーズに出てくるが、話しているときに自分に視線が集中する感覚が慣れない。
何が緊張するって、このグループのメンバーがクラス内の中心的存在であることだ。
と、半袖のシャツをさらに肩まで腕まくりしたサッカー部の渡辺君が、とんでもない発言をする。
「瑠汰ちゃん、学校一可愛いんじゃね?」
学校一可愛い。
それは今までとある女子生徒に使われていたもの。
三咲萌夏のために用意されていた形容詞だった。
「えーそうかなぁ。萌夏と比べるのは顔立ちの種類が違うしむずくない?」
「いやいや、オレは瑠汰ちゃんを推すわ」
「俺も朱坂寄りかな。萌夏は完璧すぎるんだよな」
頷く元原君に、渡辺君は胸のあたりで手を動かしながら苦笑する。
「そそ。それにさ、やっぱアレだよな」
「うわっ、渡辺きも」
即座に与田さんからブーイング。
しかしめげない渡辺君は元原君に話を振った。
「いやいや男なら大きい方が憧れるって、なぁ元原?」
「俺は彼女いるからノーコメント」
「裏切者ぉ」
同意は得られず、恨みがましく元原君を睨む渡辺君。
そして素知らぬ顔で自分の坊主頭を撫でる元原君。
与田さんはそんな様子にケラケラ笑っている。
呆けていると今度は渡辺君の標的が俺に移った。
「三咲君はどう思う? 萌夏派? 瑠汰ちゃん派?」
「……」
なんという二択。
これほど複雑になる二択があっただろうか。
勿論答えは迷うことなく瑠汰一択。
あんな猫かぶりJKなんて論外だし、性根を知っているからこそ学校一の美少女なんて言われている現状には甚だ疑問だ。
「……瑠汰かな」
「やっぱ三咲もおっぱい好きか!」
「別にそういうわけじゃない!」
ほら見た事か。
こうなるから答えたくなかったんだ。
俺は断じて巨乳だからという理由で瑠汰を好きなわけじゃない。
そもそも三年前は全然片鱗を見せていなかったしな。
中身が好きなだけだ。
あの俺の前で見せる活発で抜けてる感じが好きなのだ。
……ってそういう事が言いたいわけじゃなくて。
対する萌夏は胸があまり育たなかった。
当然こいつら以上に萌夏を身近に見てきて、夏場なんかになればほぼ下着姿の奴を眺めているが、平均以下って感じのサイズだ。
涙ぐましくマッサージしたり筋トレしている様子を部屋の隙間から見かけたこともあったが、効果は確認できていない。
何が悲しいって、そういう処置を行った後に少し自慢気に胸を張っている奴を見た時だ。
無駄な努力にすがっているのを見た際は、いくらいつも嫌味を言われているからと言っても憐れである。
「萌夏が嫌いなの?」
「え、いやべべべべ別にそういうわけじゃないぜ?」
唐突に山野さんから聞かれたが、俺は平静を装った返答に成功。
「きょどり過ぎ。なんかあんの?」
「え、萌夏嫌いな奴とかいるの?」
「……」
否、全く装えていなかった模様。
「そう言えば萌夏と三咲君って苗字一緒だよね」
「うわ、マジじゃん」
どんどんと彼らの興味は高まっていく。
やっべどうしよう。
下手なことをすれば一人のJKの人生が壊れる。
ついでにそいつに俺もぼこぼこにされるだろう。
助けを求めて周囲を見渡すと……
「あ」
丁度帰ってきた瑠汰と目が合った。
彼女は俺がグループのメンバーと会話している光景に目を見開きながら、席に戻る。
「おっ良いとこに来たね瑠汰ちゃん」
「イイトコッテナンゾ?」
片言な瑠汰に与田さんが爆弾発言をした。
「いや今さ、三咲萌夏と瑠汰ちゃんがどっちが可愛いかって話してたの~」
「ちょ、ちょちょちょ……ま?」
「まぁ自分じゃ答えづらいよね~」
馬鹿野郎そうじゃねえ。
ぐるぐると目を回す瑠汰の頭を駆け巡るのは、恐らく先日の会合。
萌夏に言われたお約束と口封じのあれこれが、フラッシュバックしているはずだ。
「あ、そもそも三咲萌夏知ってる? 転校してきてすぐだけど」
「も、勿論知ってる。可愛いよな」
「そそ。でね? その話してたら、三咲君が萌夏の事嫌いだって言っててさ」
「何故そんなバカげたことを!?」
急な瑠汰の大声でクラス中が注目する。
幸い担任は帰ってきていないためお叱りはないが、視線が集まると瑠汰は萎縮した。
「べ、別に嫌いじゃないぞ?」
とりあえず俺が与田にそう言うが、彼女は納得しない。
「でも苗字一緒じゃん。今まで三咲君の事空気としか思ってなかったから気付かなかったけど、三咲なんて苗字で被るの珍しくない? 親戚かなんか?」
「……」
ものすご~く複雑な感情だ。
まず初めに空気としか思われてなかったと容赦なく言われたことにショックを受ける俺氏。
続いてかなり答えの近くまで推理されている事への恐怖。
そして双子という結論には達していない彼女に対し、萌夏と俺とのスペック差を改めて痛感させられた。
まさかこんな陰キャと学校一の美少女が双子などとは夢にも思ってないのだという事がわかる。
しかしながら、双子バレする可能性が低くて若干安心もしているという、複雑な心境だ。
と、そんな時だった。
何を思ったか瑠汰が口を開く。
「あ、アレじゃない? 苗字一緒だから敵対してる的な? そうだよな?」
なんという助け舟だろうか。
これに頷けば俺は学校一の勢力に喧嘩を売ることになる。
でももう他に逃げ道が思い浮かばない。
……俺はお前を信じるぞ、瑠汰。
「そ、そんな感じ。俺以外に三咲はいらねぇっ! ……なんちゃって」
直後、グループが大爆笑に包まれたのは言うまでもない。
「……よかったな、何とかバレなくて」
「おう……」
こそっとピースサインする瑠汰が可愛かったので良しとしよう。
この話が拡大し、どこぞの猫かぶりの耳に入らない事を願うばかりだ。
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