現代版:地獄廻り

上野蒼良@作家になる

これが、地獄。

 大昔の書物において、我々の今いる地上より上にあるのが天界や天国。そして、にあるのが魔界や地獄とそのように表記されている事が多い。しかし、大昔の書物にはこの後、必ずと言って良い程この文章がその後にやってくる。

 それが「世界は、天と地、その下に悪魔が住み、罪人を裁く地獄、魔界がある」というような一文だ。





 ……おかしいと思わないだろうか? わざわざこんな文章を後につけてくるなんて、なんだか少し後付けのような気がしてしまう。そしてもし、この考えが正しいんだとすれば、天の下にあるのが地獄……つまり、地獄というのはまさに今我々が立っているこの地を指すのではないだろうか……。















     ~ある年の9月21日~



 新型ウイルスが蔓延した後のある日。俺はこの日とある病院での入院が決まっていた。理由は……まぁ、ちょっとした事だ。



「……少し早かったかな」

 病院の前に立った俺は、これからお世話になるその場所を見渡して、そう言うのだった。


 ――楢下ならか総合病院。その大きくて病院としては珍しい黒っぽい色合いのその建物を俺は、ジーっと見つめていた。




 ――すると、病院の敷地内からスキップをしてくる同じ位の身長の男と肩がぶつかってしまう。


 俺が、その男の事を睨みつけると、男はヘラッとした顔で言うのだった。


「……あぁ、ごめんごめ~ん! どうかどうか許してなぁ!」




 ――なんだ? あの男。




 ……俺は、そう思ってからしばらくして敷地の中へと一歩を踏み出した。――と同時に、病院の中から2人の若くて美しい女性の看護師がやって来て、俺に話しかけてきた。



「……こんにちは~。今日はどんな御用で?」


「入院で……」



「あはは、入院ですか~。そうですかぁ~。それでは、受付まで案内させていただきますね~」


 2人の看護師は、そう言うと俺の手を掴んで、少し近すぎる位の距離まで体を寄せて来て、それから病院の中へ中へと引っ張っていった。




 ――自分が中に入る直前、自動ドアがゆ~っくりと開かれた。俺が中に入るとすぐにドアは、まるで大きな門のように重たくゆっくり閉じる。





 中に入るとすぐに、受付と思わしきものの姿が見えてきた。俺は、2人の看護師達がいつの間にか自分の手を離して、何処かへ行ってしまった事に気づき、慌てて受付の凄くよく似た2人の女性の元へと早歩きで向かった。



 受付の2人の女性は、俺が話し出すタイミングを待っているかのようにじーっと冷徹に俺の事を見つめてきた。


「……あっあのぉ、本日から入院する事になりました。慶田と申しますけども……」


「あぁ……」

「あなたが……」


 受付の2人の女性は、交互にそう言うのだった。――俺は、その光景があまりにも不思議に見えて、ポカーンと口を開いていてしまった。


 そんな俺の不思議そうな表情を見てか、受付の2人は真顔のまま説明を始めるのだった。


「すみません。私達……」

「双子でございまして……」

「そのせいか、昔から考えや喋り方が……」

「物凄く似てしまっているのです」


 2人は、息ぴったりの連携でそう言ってから最後に「申し訳ございません」と同時に言って一緒に頭を下げるのだった。



「……あっ、あぁ……はっはい」


 そうして、俺はなんやかんやあって、謎の紙に大きなハンコを押された後、診察室へ向かう事となった。――姉妹は、声を揃えて言うのだった。


「「……それでは、慶田運浩よしだかずひろ様。準備が整いましたので診察室の方へどうぞ」」



「……あっ、はっはぁ……」


 俺は、頭を掻きながら首を傾げる。それから辺りをキョロキョロ見渡して診察室が何処にあるのかを目で探してうろうろしながら、歩いて行った。すると、



「こっち……ですよ……」


 この時も、やはりさっきの2人の看護師が何処からかでてきて、俺の手を引っ張って連れて行く。


 ……看護師なのに結んでいないその長いツヤツヤのサラサラした美しい髪の毛から俺の鼻へと菊の花のような良い香りが伝わってくる。






 こうして、俺は最初の部屋――診察室へと向かわされた。









「……こんにちは。慶田さん。貴方の担当医の円藤真央加えんどうまおかです。本日は、入院なさるという事でお越し頂いたわけですが、その前にいくつかお伝えしなければならない事と、ベッドに行く前に簡単な診察をさせて頂きますね」


 その担当医は、そう言うととても優しげな顔を浮かべて彼を見つめた。


「……はい。よろしくお願いします」


 すると、彼は穏やかな表情のままコクっと頷いた後、説明を始めた。



「……えぇっとね、この病院は総合病院でね、国からもかなり信頼されているんだよ。だからね、一般の病人や怪我人から少し変わった患者――例えば、薬物乱用者や精神病患者、凶悪犯罪者などの更生も行われていたりするんだよ。そしてね…………」




 彼は、それからとても長い時間病院の施設や入院などについての説明を続け、最後に新型ウイルスにもし感染してしまった場合の扱いについて伝えた後に診察を開始するのだった。


「まずは、音を聞きますので服を上げてくださいね」


 こういわれて俺は、すぐに服をまくり上げた。――当然、背中でもする事となり、後ろを向いて医者にも服を持ってもらった。




 ――冷たい金属の感触が背中から離れていくと、医者は次にこう言った。



「……それじゃあ、舌を出してくださいね~」



 俺はマスクを取って医者に向けてベロっとその赤い肉の塊をさらす。



 ――すると、ほんの一瞬だけその医者は突然口角を吊り上げて意地悪そうな笑みを浮かべだした。




 ――なんだ?



 すぐ近くにいた俺は、それを見逃さなかった。……しかし、俺が何かを言おうとする前に、医者は物凄いスピードで何処からかは分からなかったが、ペンチのような見た目と大きさをしたもので俺の舌をがっちりと掴んで、少しだけ自分の方へと引っ張って、上からその舌をジーっと眺め出した。



「……」





 ――いってえぇぇぇ!!




 声にならない絶叫を上げた。



 ……医者の舌を引っ張る力は本当に凄まじく、俺は今にもポロっと取れてしまうんじゃないかと心配になりつつ、必死で痛みを堪えた。



















 ――しかし、医者は全く手の力を緩めたりなんかしない。約3分という特撮ヒーローもびっくりして星に帰ってしまうような、その時になってようやく診察室の奥から美しく長い金髪が特徴の若い女の看護師の1人がやってきて、彼に声をかけたのだった。



「……はぁ、はぁ」


 話しかけられた医者は、さっきまで俺の舌を掴んでいたそのペンチのようなものを置いて部屋を出ていき、看護師と小さな声で話を始めるのだった。





 ――おかしい。何かが、変だ。



 俺は、目の前で看護師と話をしている医者を睨みつけた。





 ……しばらくして、医者が戻って来てさっきまでの事がまるでなかったかのような平然とした態度で話を再開し、それから2人の美人看護師に俺をベッドまで案内させた。

 それから先は、特にこれといって医者や看護師達が変な態度を取ってくる事はなかったが、しかしその日の夜ご飯が皮も向かれていないリンゴ1つというのに俺は、なんだかちょっぴりイラっとくるのだった。



 ――ぜってー、おかしいぞ。ここ。



 そう思いながら、その渋い味のするリンゴを行儀悪く食って、俺は寝る事にした。








 ……やがて、病院内の電気は全て消され、俺は本格的に寝ようと目を瞑って心を落ち着かせようとした。――しかしこの日、俺は一睡もできなかった。理由は簡単だ。




「……クッソ! うるせぇぞ! 誰だよさっきから!」


 俺は、自分以外誰もいない暗い病室のベッドから起き上がって、声のする方へ怒鳴りつけた。



 そう、この夜の間中ずっと、病院の奥の方から永遠と悲鳴や絶叫が聞こえ続けていたのだ。……それから朝になるまで悲鳴は止む事なく、一晩中俺の耳と頭の中で響き続けたのだった。




 ――そして、こんなような事がそれから何日も続いた。








       ~数日後~



 それから何日か経ったが、俺は結局今日に至るまで一睡たりともできないままだった。


 目には、クマがくっきりとできていて、今にも寝てしまいそうな強烈な眠気が襲ってくるせいで、人の話も食事も何もかもが全然まともに取り組みづらくなっていた。


「慶田さ~ん。点滴の時間ですよ~。さぁ、お手てをだしてぇ~」


 看護師の若い女の甘ったるい声が、俺の脳をとろかす。……もう何日も寝ていないせいか、理性が全く働かない。


 ――女が、俺の手に点滴用の針を差し込むのと同時に少し移動して、その豊満な胸をわざわざ俺の背中に押し付けて、ごしっごしっとタオルで優しく拭き取るように触れてくる。



「……!」


 俺の理性が、崩れそうになる。普段ならおかしいと判断できて、すぐに身を引く事が出来たというのに、今回ばかりはあまりに寝不足であったがために、理性が全く働かず、気づくと俺の欲望の貯蔵庫は、破裂寸前にまで行っていた。



 ――しかし、俺が実際に女に手をだそうとその手を伸ばしかけた所で……。


「それでは。今日も、夜に美味しいリンゴが待っていますので、?」


 と言って、看護師は俺の部屋から出ていくのだった。



 ――俺は、彼女がいなくなってからすぐに布団を頭まで被って、このどうしようもない衝動を発散せんとしようとした。




 だが、実際に行動に移そうとした途端に、外からドアがガンガン鳴り響く。



「……!?」



 咄嗟に俺は下の右手を離し、ドアの前にいるであろう人物へ声をかけた。



「……どっ、どうぞぉ!」





 ――ドアが開かれ、外から担当医の円藤がやって来た。



「慶田さん。おはようございます。それではお注射を打って、外を少しだけ散歩しましょう。さぁ、すぐに行きますので立ってくださいね〜」


 円藤は、そう言うとすぐに俺の寝ているベッドの近くまでやってきて、俺の肩に手を伸ばし出だす。


 ──俺は、咄嗟に寝不足な今の状態についてや今日の散歩と注射はやめて欲しいという事を伝えようとした。



 しかし、そう言う直前になって突然、先程の美人看護師の姿と言葉が俺の脳裏をよぎった。



――今日も、夜に美味しいリンゴが待っていますので、……。




 俺の心の中の何かが鎖でギュッと縛られるような感覚を覚える。




 ――なんだろう。この絶対的な王から逆らってはならない命令を下されたような感覚は……。言わなきゃいけないと思っても口が開かない。身体なかから音が、ポッとも出てこない。




 この医者の言う事を忠実に聞かないとダメな気がして結局俺は、痛い頭と圧倒的眠気が襲い掛かる重たい鉛のような体をオンボロのロボットのように動かすのだった……。












         *



「さぁ、注射をしますからいつも通り、手を出して待っていて下さいねぇ~」



 円藤は、そう言うといつも針を刺していた方の俺の右手を掴んだ。


「お願いします……」



 俺は、ボーっとしたままそれだけ言って右手を眺めていた。




 ――早く終わらねぇかな。




 ただそう思った。


 いつも同じ時間に注射を受けて、最初の頃は針が自分を貫くという感覚に若干緊張を覚えたし、実際あの時はなんだか強烈に痛かったわけだが今ではもう何も感じない。





 ――早く、いつも通り打ってくれよ。





 俺がそう思った刹那、医者が俺の右手の服の袖をまくった……。




 ――ほらな。毎日毎日の通りブスブス指してくれよ。






「……それでは、ちょ~っと痛いですから。



 医者は、そう言うと俺の右手の蜂に刺されまくって風穴まみれになったようなその手に向かって、注射器を握った手を大きく上げる。



 ――ん?




 俺は、ここで少し疑問になった。














 ――俺の手って、こんなに穴まみれだったっけ? あれ? どうしてだ? ……覚えていないのに、なんだか突然、目の前の長く伸びた鋭い針が怖くてしょうがなくなってきた……。なんでだろう? いや、でも昨日は大して痛くなかったし、今日だって……。





 そう思った途端に、俺の右手の穴と穴の間に針が勢いよく襲い掛かり、肉を電流のように貫く。






「いっってえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 俺は、突然右手を襲うその鋭い痛みに耐えきれず、つい叫んでしまう。……しかし、当の医者は俺の事がまるで見えていないように無反応で、注射を握ったその手を一切離す事なく、逆に俺の右手の中をグチャグチャとかき混ぜる様に、中へ……中へ……中へと……針をより奥へと突き刺していった。




「やっ、やめっ! やめてくれぇぇぇぇぇ!!」



 俺は、必死にそう訴えかけるが、当の本人は全く気付かない。



「あっ、あぁァ……あ、アあぁぁぁぁァァァァァァァあああああアァァァぁぁぁぁぁ!!!!!」



 まるで、右腕だけ電流を流されているような強烈な痛み。――俺は、医者が針を離すまでずぅっと叫び続けた。




 針が離されたのと同時に俺の叫び声は消えたが、目の前の医者はそんな俺を見て少し深刻そうな顔をして言った。



「……あぁ、これはちょっと大変ですねぇ。だったら……」


 医者は、そう言うと黒く微笑んで部屋の奥から何かを取りに行く。



「……今日は、やっちゃいますか~」




「……へ?」


 弱った俺の声が漏れる。すぐに逃げないとと、恐怖を覚えた俺はその場から立ち上がろうとしたが、その直前で再び俺の脳裏にあの言葉が蘇る。




 ――……。




 俺の心の何かが、またしても鎖で縛られたような感覚を覚えて、俺を立ち上がらせまいとする。



 ――ヤダ。ヤダ。ヤメテ。ヤメテくれ。ヤダ。



 しかし、俺の口からは音など一切出てこない。どれだけ大きく口を開けても、1オクターブも音が出ない。


 自分の気持ちを訴えられない。






 ――いやぁアぁめろオオぉぉぉぉぉォぉぉぉぉぉォォ!!


















 「アッんぐゥゥゥゥゥぅぅぅぅああああァァァァァァァアアあああ!!」











      ~さらに数日後~



「……慶田さ~ん。起きてぇ~」


 いつも通り、看護師の甘い声によって俺の体が起こされる。……まぁ、起こされるとは言っても当然、夜の間は、ずっとあのとてつもなく大きな悲鳴が頭の中で鳴り響き続けていて、全然眠れないわけなのだが……。


 あの日から体に刺さる全ての針が怖くなり、今では毎朝の点滴でさえ恐怖と痛みを感じるようになった



「……んぐううゥゥ!」



 そして、俺が痛みに耐えている間に看護師は俺の耳元まで近づいて、その肉付きの良い極上の体を、俺の体の何処かに優しく擦りつけてきて囁く。


「……さぁ、今日も



 途端に俺の中の本能だけが起き上がって衝動に駆られるが、俺が何かを始めようとすると、その瞬間にドアの前で担当医の円藤がノックを始めて、俺に注射と散歩を強制する。


 このようにして俺の地獄のような日々は何度も何度も繰り返されていったわけだが、この日、更に俺の生活は地獄味を増していく事となる……。


 遠藤は注射で苦しむ俺を見下すような感じで話しかけてきた。


「……今日は、これから散歩に行くわけだけど、いつも同じように外を散歩するのはちょっと退屈しちゃうかなぁと思ってね。今日からはこっちの散歩コースで行くよ」



 そうやって、俺が円藤と共に向かったのは病院のとある場所だった。




「ようこそ。ここがこれから先、君の散歩するコースの最終地点――手術室だよ」



 ――刹那、目の前で横たわる剥き出しの裸体に巨大な刃物が食い込むようにズシリ……ズシリ……と徐々に体の奥へと侵食していく光景が俺の瞳の中に写った。




「……ヒィィィィィ!」


 俺の背筋がゾゾゾッと凍り付き、体からは冷や汗が出始める。すると、

その様子を横で見ていた円藤は、ニッコリとした優しそうな顔で言う。


「……これからは、毎日ここへ連れてきてあげるから来るんだよ?」





 ――声にならない悲鳴が、俺の喉を貫通する。













        ~数日後~



 もう、何日経っただろうか。俺は、毎日毎日朝から夜まで永遠に続く地獄を味わって行くうちに、ストレスと寝不足による免疫の低下のせいか風邪をひいてしまっていた。熱は、なかなか下がらず……ついにはインフルエンザのように体の節々がとてつもなく痛くなってきて挙句、いつも食べていた不味いリンゴの味でさえも分からなくなっていた。


 円藤もこれには流石に心配したのか、俺に新型ウイルスに感染したという事を伝えてくれて、しかもそのための薬まで用意してくれた。


 ――しかし、この薬を毎日飲んでいるわけだが、残念ながら俺の熱は一向に下がろうとしない。それどころかどんどん上がってきているのだ。




  ――熱い。苦しい……。



 もう限界だった。全てが、限界に達している。……きっとこの薬もちゃんとした奴じゃない。



 俺は、そう思いながら夜に出されたいつもの不味いリンゴを食べたふりして、トイレに捨てた。




 ――すると、どういう事か。俺の心の中にそれまであった従わないといけないんだという謎の意志がみるみる弱まっていくのを感じる。




「……逃げ、たい。こんなとこから……早くぅ」




 その日の深夜、俺は重たくて痛いその体を引きずりながら病院からする事を決意する。





         *




 脱獄なんていうカッコつけた感じに言ったわけだが、これが予想以上に簡単に進んで行けたのだ。


 というのも、この時間に病院にいる人間というのは基本的に一部の夜勤の看護師とか、警備員がちょっといる程度なわけで、午前中のように医者が沢山廊下を歩いていたりする事はまずない。俺は、警備員が通り過ぎていくのを隠れて待ちながら、少しずつ少しずつ病院のドアの方へと向かって行った。








 ――そして……。




――よし! 後は、この長い階段を下って行けばそのまま1階の受付の前まで行けるぞ!






 俺は、少しはしゃいだ。自分が新型ウイルスに感染して体が痛んでいるというのも忘れて、ただ夢中でその階段を下り続けた。




 ――下って、下って……下って……。そうやって、とうとう最後の階段を下り終えて、受付のあった方へ曲がりつつ、がむしゃらに走りだそうとした……その時だった。




「え?」


 目の前にとても筋肉質な巨大な体をした黒いスーツの男が立っていた。



 ――あれ? 見覚えが……。




 そう……彼こそ、この病院の院長――山路来夜やまじらいや



 男は、とても冷たい目つきで俺を見下ろし、こう言うのだった。




「君、どうしてここにいるのかな?」



「へ?」


 俺は、咄嗟に言い訳を頭の中で思いついて、それをとにかく言う事にした。

「いっ、いや……別に俺はここから脱獄しようとかそう言う事を考えていたわけではなく、ただの好奇心というかなんというか、あぁそうだ。ちょっとばかし、夜風に当たろうと外へ出ようと思っていた次第でして……だからその、別に悪い事なんかは何一つ考えていたりなんかしてなくて……だから……」




 「もう、分かったよ。君が、そう言う奴だって事はね」



「え?」



 すると院長は突如、俺の体をその大きな肩に担ぎあげて、病院の中へと歩いて行った。


「……さぁ、行こう。君は今からこの病院の奥にある隔離病棟に移動だ。今後はそこで生きてもらうからね」



 俺には、その言葉の意味がよく分からなかったが、それでも何となく底知れぬ恐怖を感じ、俺は叫び続けた。



「……いっ、嫌だぁ! やめてくれェェ! 俺は、そんな所に行きたくないィィィィ!!」



「うるさいなぁ……」



 すると、院長が突然俺の事を下ろしてくれた。……と思ったら、そのまま強烈な腹パンをするのだった。





 ――あっ、ヤバ……。





 その一撃に耐えきれなくなった俺は、その場で徐々に意識が薄れて行き……そして…………。
















         *




「慶田さん……慶田さん! 起きてください! 朝ですよ。慶田さん!」



「……はへぇ?」




 起きるとそこは、いつも見ている病院の一室だった。俺は、自分を起こしてくれた看護師と担当医の円藤の姿を見て驚いた。



「……あっ、あれ!? ここは?」


 すると、円藤は心配そうに言った。


「病院ですよ。……慶田さん。嫌な夢でも見てたんですか? 寝ている間、すっごく苦しそうにしていましたよ? やはり、による後遺症ですかね? 今日で退院ですけど、何かあったらまたいつでも相談しに来てくださいね」








「はっ、はい……」



 俺は、そう言われるとなんだかさっきまでの苦しかったような出来事がどんどん頭の中から抜けて行って、次第になんだかすっごくハッピーな気分に変わった。











         *




「……それでは、また何かあったらいつでもお越しくださいね。慶田さん。お元気で~」



「はい! なんだか色々お世話になったみたいで、すっかり良い気分です! ありがとうございました」


俺は、そう言うとスキップをしながら病院の敷地から出て行った。





 ――しかし、そうやってスキップをして病院の敷地から出るとすぐに俺は、つい目の前で立っている同じ位の身長の男と肩がぶつかってしまう。


「いって~」


 その男は、それからすぐに俺の事をギロっと睨んできた。……それで、なんだかヤベェなと思った俺は、言う事にしたのだ。



「……あぁ、ごめんごめ~ん! どうかどうか許してなぁ!」




 謝り終わった俺が、正面を向くとそれと同時に病院のドアが開く音が聞こえた。

 なんだ? と一瞬違和感を覚えた俺だったが、そのまま病院から出ていく事にする。






 楢下総合病院――その文字が刻まれた看板の前を俺はスマホのカレンダーを見ながら通り過ぎて行く。……そう、今日は9月21日。彼岸だ。

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