富士山の話

てると

富士山の話

 富士山を見た。遥拝の二文字が脳を掠めた。富士山遥拝。二月の富士は頂に白をまとい、意外にも武骨な身体を隠そうとしているようでもあった。

 富士はその山体が実体的に美しいのか、或いは”日本一”というイメージが先行して美を想起せざるを得なくさせられているだけなのか、それはわからない。しかし、私はこの二月の富士に美を見た。富士の山は美しく、しかもその底ははるかに深い。日本と同じほどの深さである。

 丹沢の山脈やまなみの向こうに見える富士は、上京したての夏の頃見た判然としない一つの遠い山としての富士よりも格段に大きく見えた。

 私の地元にも山脈やまなみはあった。地元民に親しまれる山の奥に控える、あの懐かしい朝の霧と野焼きの匂いの向こうにあったあの青々とした山たちがあった。深い深い、魂に通じるくらい深い何かがあった。

 私にとって日本とは、大人たちの幻想である。子供の私には、いつまでも、死ぬまでも、死んでも、一切交差しない彼方にある大人たちの幻想である。―しかし、大人たちの幻想は、ときに涙が出るほど美しい。―

―平和の希望は争いから生まれる。争いの中から平和の祈りが響き渡る。―

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富士山の話 てると @aichi_the_east

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