40 13人目の「私」が語る②

「皆様がここでずっと暇を持て余しているのは、それこそドロシア様ではありませんけど、皆どうしてここに居るのか、忘れているからなのです」

「な、何を…… 何を忘れているっていうの?」

「貴女方は怖い話を一つ一つ語りました。でもどれも最後の結末が無いのですね。何故でしょう?」


 それは、と彼女達は口籠もる。


「判らないからよ。そうに決まっているじゃない! 判らないから怖いっていうのは、ドロシア様もおっしゃったでしょう?!」


 ローズマリーはすっと立ち上がり、むきになって拳を握りしめた。

 ああ、とても軽そうな。

 モスリン地のふんわりとしたドレスを揺らせたその姿。


「ローズマリー様。貴女の話は不思議な伯爵夫人を名乗る方の話でしたけど、結局彼女は何だったのでしょう。それに、何故伯爵夫人だったのでしょう? 別に男爵夫人だって子爵夫人だって良かったじゃないですか。でも貴女は伯爵夫人を選んだ。そして貴女のそのモスリン地。少し貴女がこの地に来た時とはずれてますのね。それはきっと、貴女がとても綺麗だった頃のもの。貴女自身が、亡命貴族の伯爵夫人だった」

「え」

「貴女はその家で見たのは、貴女という亡命伯爵夫人を知っていた米国の富豪の夫人。貴女は忘れていた。英国の伯爵夫人と思い込んで。だけど貴女を知っていたその女性は、ハンカチとロケットを渡したんでしょう。きっと忘れる前の貴女からもらったものを」


 ローズマリーはするすると髪に絡めた紐を取り去った。

 豊かな髪が、肩に滑り落ちた。


「そうだわ、どうして忘れていたのかしら。私、命からがら逃げてきて…… そう、あの富豪が、昔私の両親と付き合いがあったということで、逃がしてくれたのだけど、途中で道を違えて…… その時ロケットを渡したんだわ。それから夫に救われたのよ。だけど、私、ずっと忘れていた。そして、この国で酷い風邪を引き込んで、……死んだんだわ」


 欧州ではどの国も大概の冬は厳しい。そして特に、移ってきたばかりなら。


「ああそうだわ。……還らなくちゃ」


 その姿が闇の中にかき消えていく。


「……ローズマリー様!」

「貴女、……私達もそうだというの?」

「ええエレノア様。いえ、貴女はエレノア様ではなく、その妹君。エレノア様はあまりにも貴女が姉を愛しすぎて、そして貴女の夫はエレノア様の御夫君を愛しすぎて。そして二人しているはずのない場所に出没して。それが積もり積もった後、誤報だった貴女方の死でもって、とうとうエレノア様は精神の糸を切ってしまった。愛することは大切。だけどそれでどれだけ人が追い詰められるのか」

「成る程ご存じでしたのね」


 エレノアを名乗っていた妹君は先ほどよりやや小悪魔的な笑みを浮かべた。


「ええ、私も彼も、お互いの利益が一致したから、結婚したの。彼は姉の夫君を。私は姉を。それだけを愛していたから、何処までも何処までも追い続けたわ。でも姉の神経は――私の様に太くはなかったのですわ」

「でも貴女もまた、その後事故で死んだ後、姉君にしたことが心残りになったのではないですか?」


 そうかも、と彼女は肩をすくめた。


「私はきっと、誰かに暴いてほしかった。悪いのは私だと。姉を愛しすぎた私を」


 そしてエレノアを名乗る彼女もまた、闇に消えた。

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