39 13人目の「私」が語る①
夜の闇の中、遠くから
「そうですね」
「何なのこの音。だんだん大きくなるわ」
ドロシアは不安そうな顔で私を見る。
いや、彼女だけでない。
この場に居る私以外の十二人が。
「空襲警報です」
私はそう告げる。
「今日あたり、この館は爆撃されます。ここはきっと更地になります」
彼女達は顔を見合わせる。
そして次の瞬間、一斉に声を立てて笑い出した。
「何を言ってらっしゃるの貴女。くうしゅうけいほうって、空から何かが落ちてくるとでも? 気球から?」
ローズマリーは高らかに笑う。
「確かに飛行機のことなら私も少しは聞いたことがあるけれど、爆撃、ってそんな。飛行機が使われる戦争なんて聞いたことが無いわ」
シャーロットはわからないでもないけど、という顔をする。
その時。
キューン、という音が大気をつんざき、やがて窓がびりびりと震えた。
遠くで火の手が上がり出す。
「え」
「どういうこと?」
口々に言う彼女達の前に私は立ち上がった。
「何ってはしたない格好……!」
ドロシアは口元をハンカチを押さえた。
「ごくごく当たり前のスーツですよ」
肩が張ったジャケット、膝丈のスカート。
素肌と見まごうストッキング、そしてローヒールのパンプス。
「今は1940年の冬にさしかかる頃。貴女方が亡くなってから、もう最低四十年は経っています」
部屋は暗かった。
薄暗かった、としたならば、それは彼女達の目にはそう映っていたということだ。
「この館の持ち主はとうの昔に田舎の領地に疎開致しました。戦争の相手はドイツ第三帝国。神聖ローマでもなく、プロセインの後のそれでもなく。オーストリア出身のちょびひげの男が支配者になった狂気の帝国。現在はそこからの猛攻撃の最中。かつて貴女方が知っていた銃どころではない大量の爆弾が飛行機から降り注ぐはず。だから、この館も破壊される前に、貴女方には行くべき場所に行って欲しい、と言い残して」
皆が皆、顔を見合わせ合う。
「ねえ、貴女方、既に自分が死んでいることを知っているじゃないですか」
「私達が…… 死んでいる?」
レイチェルは立ち上がると、胸をやや反らして私の方を見た。
「レイチェル様、そういきり立たずとも。ねえ皆様。だって、その皆様の素敵なお召し物のこと、さりげなくいつのものなのか、それぞれ批評してらしたじゃないですか。ローズマリー様、貴女のその素敵な薄手のエンパイアスタイルと、イヴリン様やドロシア様の大きなクリノリンのスカート、マーゴット様達のバッスル、そしてそれらとはまたやや違うすんなりとした形のシャーロット様達の夜会のドレス。ねえ皆様、それらの形のドレスが、仮装舞踏会でも無いのに、どうして一堂に会しておかしいと思っていないのです?」
そう。
ここに居る淑女達は確かに暇を持て余していた。
議会に出る様な夫を待って、暇を持て余した十九世紀の奥方達の――幽霊なのだ。
私はこの館の主から、彼女達がずっとこの場に溜まっていることを聞いていた。
それはそれで、味わいのあるものだ、と彼は言っていた。
だがドイツが急激に攻め込んできた時、ついにこの館を放棄することにした。
そしてやはり幽霊が見える私に対し、彼女達には空に還ってもらう様に頼めないか、と依頼してきた。
見返りは、家族の疎開先だ。
既に私の家族はここの主と共に田舎へと引っ越していた。
私はここで彼女達を送ってからでないと、そちらへは行けない。
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