Case.3 The monster in the river


年始である。

年始とは言っても、既に正月からは一週間以上は経っているが。

「平和だな........」

「平和だね........」

たった二人の群生混沌駆除作戦から、実に三ヶ月が経った。

この三ヶ月間、二人の元に舞い込んだ依頼は地域住民から一件、政府からの協力依頼及び斡旋が3件の4件のみ。

政府からの依頼は俸給も良いこともあり、食いつないでお釣りが出るほどの収入であった。

日々事務所の上のフロアで己の技術を研鑽し、依頼が来れば依頼をこなす。

少し前までの忙しかった日々から、少し離れる事ができた。

更に目出度い事に、凍也は先日の雪の降る日に、19歳を迎えたのであった。

こうも目出度い事が続くと、少々ばかり気が緩むのが人間と言うもの。

朝から技術を磨いていた二人は、昼前の少しの休息に入っていた。

「正月とかに混沌生命体が出なかったのが幸いだな.......」

「今年はゆっくり新年過ごせたもんね.......」

年末年始であろうと、混沌生命体が出現すれば狩るのが二人の仕事。



─────であったが。

今年は一切混沌生命体が出現することはなく、穏やかな年末年始過ごせたのだった。

「いやぁ、眠いなぁ........」

「眠いねぇ..........」

和やかな雰囲気が流れる。

いっそこのまま昼飯を食わず寝てしまおうか、そんな事を考えながら机に突っ伏そうとした瞬間だった。

「ごめんくださーい」

事務所の入口から声がした。

二人は眠気を一瞬で振り払い、ネクタイを締め直す。

「仕事始めかも知れん、凍也、気を引き締めていくぞ」

仕事モードに切り替わった焔は、入口へと向かった。






「川に、混沌が.......?」

依頼人の海原氏に告げられた言葉が、二人には中々理解が出来なかった。

「はい、川にいると思うんです.......というのも、最近、自分がよく釣りに行く秋道川では行方不明者が相次いでいて......しかも、その後何日経ってもその人は見つからず、海にもその消息が無いというので......」

「なるほど、確かに可能性はありますね」

概要を聞き、ある程度の理解を示す焔。

「凍也、政府のリストに該当するのはいるか?」

凍也に問いかける焔。

凍也は、リストを見回す。

「コードネーム持ちに該当するのはいないけど..........要注意枠にそれと似たような事例が幾つか載ってるね」

と、凍也は答えた。

「なるほど.......『釣り人を狙う』、『大型の魚類型』、『幅広、頭部が大きい』......?おいおい、巨大ヒラメでも住んでんのか!?......いや、ヒラメは頭小せえか.......」

セルフツッコミを入れる焔を尻目に、凍也は質問をする。

「海原さん、その川で釣り人が行方不明になったんですか?」

「えぇ、釣り人が多いらしいです、あと川沿いにいる........その、ホームレスの方も数名消息を断ってるらしく......」

「では、その場にあった証拠品などはありますか?」

「警察や防衛省にある、とお巡りさんから聞きました.....」

「では、海原さん自身で通報などをされたことは無いという事でいいですか?」

「いえ、一度だけ......私が川から少し離れたコンビ二へ行った際、隣で釣っていた人が消えてて........川へ引きずられたような、血の跡が.......」

最後の質問で、海原氏は怯えた様な表情を浮かべた。

「不快な気持ちにさせてしまい、申し訳ありません.......焔、どう思う」

凍也が焔に判断を仰ぐ。

「........とりあえず、防衛省の方に行かねえと話がつかない。海原さん、三日以内にがご連絡致しますので、連絡先の方をこちらにご記入を」

一度要調査という結論に至った。

これより、焔達の仕事始めが幕を開ける。





2時間後、二人は防衛省の支部に来ていた。


政府の混沌駆除委員会は防衛省に本部を置いており、日々国民からの依頼を防衛省職員がこなしたり民間の駆除業者に仕事を斡旋したり、などなど日々様々な業務を行っている。


「失礼します、黒鉄北見対混沌相談事務所の者なんですが」

「はい、お待ちしておりました...お通りください」

受付を通してもらい、防衛省の門扉を潜る。


途端、浴びせられる敵意。

それもそうだ。

政府の練気能力者は民間の駆除業者を野良犬と呼び、逆に民間の駆除業者は政府の練気能力者を高慢チキと言う、言わば犬猿の仲だ。

しかし、今は争う暇はない。

そう思い、歩みを進めると、前方に眼鏡にスーツ姿の男が立っていた。

「やぁ!!!待ってたよ黒鉄くん北見くん!!!」

落ち着き払った雰囲気からは想像できないような陽気な声で出迎えられる。

「清水さん!ご無沙汰してます、すいません急なアポで」

そう、彼こそがこの支部のトップ、清水シミズ 健二ケンジその人である。

混沌生命体が出現し始めたその頃から第一線で戦い続けた古強者であり、今なお現役の猛者である。

「いやいいんだよ、どうだい、粗茶だけど出すよ?」

こんな風に肩書に反して気さくなおじさんなんだよな、と焔も凍也もほっこりする。

しかし、今回はそんな余裕は無い。

「すいませんがお茶はまたの機会に........清水さん、秋道川での証拠品ってありますか?」

手短に用件を問う。

清水は顎に手を当て、上を向き、少々の間を置いて答えた。

「......あるね、先日、行方不明者が出たポイントで回収したものが」

肯定。

「現在、保留にしている案件の調査に必要なので見せていただいても?」

「もちろん.......但し、一つ条件がある」

条件を提示する清水。

それを聞いた二人は、二つ返事で了承した。







「さてと、これが証拠品だね.......あともう一つあるから、僕はそれを取ってくるよ」

清水は、倉庫から幾つかの証拠品を自らの執務室へ持ってきた。

さらにもう一つあると言うのだから、ありがたい限りである。

証拠品を、二人で見分する。

真っ二つに折れた釣り竿、潰れたクーラーボックス、現場の写真などだ。

現場には、血痕があるもの、無いものがあるが、共通しているのはということだ。

抵抗の跡、痕跡。

それら全ては川の方向に向かって伸びている。

だというのに、水の跡はない。

今年の冬は比較的寒冷で、水がすぐ乾くことは無いはずだ。

「妙だな........なぁ凍也、このクーラーボックスの耐荷重ってどんぐらいだ?」

「俺も気になって調べたんだ......メーカーによると、200kgまでは耐えるらしい」

「.......は?」

つまり、敵性存在は200kg以上、あるいはそれに相当する力の持ち主だということだ。

益々謎を呼ぶこの事象に、さらに照会を重ねる。

「凍也、これが仮に魚類型だったとしよう.......だとすると、おかしくないか?」

焔が、率直な疑問を述べる。

「写真を見てほしい」

改めて、現場の写真を見せる。

血痕の状況から事件発生からは約30分と仮定されているが、この写真が撮られた30分前は、もっと水位は引いていたらしい。

「水位が低い、つまり魚なら壁や何かしらを蹴らないと上には上がってこれない......なら、?」

そう、違和感の正体はこれだったのだ。

何故クーラーボックスよりも遥かに耐荷重は低いであろう柵は曲がらず、蹴った衝撃で崩れそうな堤防は傷ひとつないのに、クーラーボックスだけは潰れている。

その理由がわからないのだ。

「どういう事だ......?」

二人は頭を抱える。

「やぁ、待たせたね......見せるかどうかの、判断をしかねていた」

清水が戻ってくる。

その両腕には、布に包まれた何かがあった。

「少しショッキングかもしれないが、見る覚悟はあるかい?」

清水は言い聞かせるように、二人に問う。

「大丈夫です、お願いします」

凍也が意を決した様に言う。


布がはだける。


それは、『人間の左腕』であった。

「─────ッ」

焔の、息が詰まる。

胸がざわめく。

息が苦しくなる。

「焔!!」

凍也が駆け寄り、背中を擦る。

「悪ぃ、もう大丈夫だ......」

少し息切れさせながら、焔は辛うじて声を発する。

「大丈夫じゃないよ...俺が調べておくから、座っておきな」

凍也はそう言うと、腕の見分を開始する。

(衣服には断面以外の損傷無し......腕、指共に外傷無し.....断面は......ッ!?)

「何、何この断面.......」

思わず、声に出ていた。

捻じ切られたような痕だった。

それも、肉が中心に向かっており、渦を巻くように、ノコギリで切られたような断面がある。

「魚.....?魚に、こんな傷、つけられるの.......?」

凍也の頭に疑問符が並ぶ。

困惑と恐怖が頭を支配する。

清水は、さらなる事実を伝える。

「この他に..........下半身のみが残った遺体もある.......」

「ぁ───────────」

瞬間、凍也の顔は青ざめ、膝から崩れ落ちる。

目は焦点が定まらず、急に汗をかきだす。

「き、北見くん!?」

清水は突然の出来事に焦りだす。

「凍也っ....立てるか?」

回復した焔が駆け寄る。

「すんません清水さん、トイレ借ります」

凍也に肩を貸し、焔はトイレへと向かった。






トイレから帰ってきた二人は、かなり窶れていた。

お互い半目になり、顔色は悪く、端的に言えばグロッキーな状態になっていたのだ。

「その......僕が言えた事じゃあ無いが、大丈夫かい?」

この状況を生み出した張本人、清水がオロオロしながら問う。

「「はい........何とか」」

二人は少し掠れた声で同時に答えた。

一度水を飲み、少しシャキッとした二人は改めて姿勢を正し、言葉を述べる。

「今回の事案、混沌生命体案件として、ウチが引き受けます」

焔が、宣言する。

「よって、今回条件として提示いただいた『本案件に防衛省職員の能力者も参加する』条件も飲みます.........という事でこれより対策会議を行わせていただきたく存じます」

凍也も共に、言葉を述べる。

そう、今回清水が提示した条件は、『この案件に政府も一枚噛むこと』。

何せ、この案件には大量の通報が政府にも寄せられていたのだ。

当然、政府も動かねばならない。

「わかりました。政府を代表して今回の条件の承諾に感謝いたします」

清水が頭を下げ、二人もそれに習い頭を下げる。

そして清水が口を開く。

「さて、お硬い話はここまでにして.........作戦決行は明日の夜だったね、では30分後にメンバーを集めておくよ。第三会議室に来てくれるかな」

一度その合図を皮切りに、解散となった。






「もしもし、海原さんでしょうか.......あ、はい、黒鉄です.........」

焔が海原氏に電話をかける。

「はい、以前保留にしていた件ですが、正式に受ける流れとなりまして.........はい、申し訳ありませんが、明日の10時頃改めてお越しになって頂く形となりますが.......はい、すいません、ありがとうございます......失礼します」

電話を切ると、焔は凍也の方へに振り返る。

「依頼、ちゃんと受理しておいた.......海原さんも、釣り仲間が一人いなくなって、恐ろしいやら寂しいやらってんで、お願いします......だってさ」

海原氏からの伝言を、伝える。

「うん.......だからもう俺たちも、弱気じゃいられない」

凍也は、拳を握り直す。

先程までのグロッキーな顔色は無く、決意に満ちた表情がそこにはあった。





30分後、第三会議室にて。

そこには30名余りの防衛省所属の能力者が一同に会していた。

そして会議室の壇上には焔と凍也の二人がおり、その横には清水が控えている。

防衛省の能力者達はそれぞれスーツで身を包み、いかにも公務員であるような服装である。

当然、焔達もここに来る以上礼儀としてスーツは来ているが、やはり別格。

彼らの着こなしつつ着崩さず、草臥れていないような着方はより一層の厳格さを演出している。


しかし、その会議室には厳格さとは裏腹の、どこか緩んだ雰囲気があった。

否、緩んでいると言うよりは、嘲笑うと言った雰囲気の方が正しいだろうか。

指は指さない。

声も殆ど無い。

されど、この場に居る全員が焔達を嘲笑している。

(こういうのだから、こことの提携は嫌なんだがな.......)

焔は一旦嫌な雰囲気を無視し、声を発する。

「本日はお集まりいただきありがとうございます、今回の作戦の指揮を任されました、黒鉄北見対混沌相談事務所の黒鉄です」

「同じく、北見です」

しっかりとした声で、名乗りを上げる。

「本作戦に置いては、僕の指示に従っていただく事となりますので、どうぞよろしくお願い致します」

自分が舐められている、という事を雰囲気で悟った焔は、牽制の意を込めて、敢えて上からの口調で喋る。

「おいおいおいおい、なんつー言い草だよ、『野良犬』がよぉ」

職員の一人が、舌打ちと共に言い放つ。

「おめーらのせいでこちとら商売上がったりだってのに、よくもまぁそんな事が言えたなぁ!!!!」

「そうだそうだ、しゃしゃり出てんじゃねーぞ野良犬!!!!!」

流石は犬猿の仲、出るわ出るわの罵詈雑言である。

帰れ、黙れ、何様だ、威張るな驕るな粋がるな、馬鹿だのクズだのと焔達は言われもない心無い言葉を投げつけられる。

「うるせーんだよ高卒の底辺が!!!!俺達エリート様に偉そうに指示出してんじゃねーよ!!!!!!!!」

そうだそうだ、引っ込んでろ底辺、と周囲が同調する。


その一言で、二人の堪忍袋の緒が切れた。


部屋の空気が凍り付く。

比喩表現ではなく、

暖房が付いている筈の部屋には雪がちらつき、壁は薄く氷が張り、机には霜が降りている。

焔の伸ばした右手には、切っ先を職員に向けた太刀が握られていた。

職員達は寒さと太刀への怯えで、少し震える。

「うるせーんだよ、雑魚共が....この程度の能力発動にすら対応出来ないで、よくもまぁ抜け抜けとエリートを名乗れたモンだ」


「随分と好き勝手言ってくれたよね、君達.........このまま、氷漬けにだって出来るんだよ?」

二人は、完全な殺意を孕んだ眼で、職員達を睨めつける。

「お前達が動かない所為で、日々此方にも苦情と共に駆除依頼が届く.......仕事を斡旋しえるんじゃない、お前達じゃ処理しきれねえ量だから俺たちが手を貸して、駆除してと協力関係を築いてきた訳だが........その恩も忘れたか?」

焔は、実情を述べる。

政府機関に駆除を依頼すれば、無償で駆除できる。

但し、書類が多く、挙げ句仕事まで遅い。

何故なら、職員が職務怠慢であるから。

死にたくない、働きたくないを理由にノルマ分だけ熟してそれ以上仕事をしない職員が多いのだ。

それ故依頼が捌けず、致し方なく業務委託という形で民間に依頼を斡旋している、という形なのだ。

当然、常に鍛錬と死線を潜り抜けてきた二人の能力発生速度に、必要分しか働いていない職員達は何もできなかった。


「はい、そこまで」

清水が、一度手を叩く。

「すまないね、黒鉄くん、北見くん.......此方から、改めてキツく言っておくから一度能力を納めて欲しい.......何せ寒くてね」

少しの冗談交じりに、清水は謝罪を述べる。


「分かっただろう、君達.......ここまで歴然の差がある。つまり君達は彼らの指示に従う以外に道はない.......これはだ、これ以上彼らに対する罵詈雑言、反抗の一切を禁ずる」

それまでの少し巫山戯た雰囲気から一変、どこまでも淡々とした声で清水は話す。

「何より、君達の現状が分かった..........失望したよ、何が『エリート』だ、余りにも酷い。この会議の後、全員トレーニングルームに集まるように」

そう言うと、清水はまた壇上から少し離れた席へと戻る。


「では、概要についてお話し致します─」

波乱の幕開けを迎えた会議は、今始まる。



そこからは非常に静かな会議であった。

凍也が作戦概要を話し、焔が人員配置等についての説明後、即解散となった。


そして防衛省を去る時、二人は清水に呼び止められた。

「すまなかった!!!」

清水は、勢い良く頭を下げた。

「まさか部下があのようになっているとは思わなかった、本当にすまない.......!!」

それは、誠心誠意と言うに相応しい謝罪だった。

「顔を上げてください、清水さん」

焔は、優しく言う。

「大丈夫です、俺たちは気にしてません......それに、明日の作戦が成功すれば官軍ですよ」

そう言うと、清水は顔を上げ、頷く。

「そうだね、明日は成功させないといけない.......僕は、トレーニングルームに行ってくるよ。二人共気をつけて帰ってくれ」

「今日はありがとうございました」

二人は改めて挨拶を交わし、一度準備にかかる。


全ては、明日のために。








そして翌日。

秋道川中流部、都市部にも近いこの地は現在避難区域に指定されている。

川の両側には壁のような堤防とそこに整備された遊歩道、そして橋が幾つかある。

そして川の上に氷で陸を作り、焔達はそこに立っていた。

「近接部隊は氷上に集合、遠距離部隊及び支援部隊は遊歩道で迎撃だ、黒鉄くん達もよろしく頼むよ!!!」

清水が遊歩道から指示を出す。

氷上の近接部隊と焔達は一時緊張を少し解し、来たると思しき決戦に向けていた。


その時、遊歩道上の連絡を取っていた一人が声を発した。

「上流より連絡!!!!!!!!!!!」

その知らせを聞き、全員の気が一気に引き締まる。


上流側から、強い波と共に巨大な影が浮上してくる。

「来たぞ、全員構えろっ!!!!!」

焔が号令をかける。

そして、影が完全に水中から姿を表す。



ソレは浮かび上がった。

巨大な魚。

しかし、それは現代のものではなかった。

古生物の図鑑に載るような、初期の有鰐魚類。

鋭い牙、丸みを帯びたその頭は、鱗とは異なる硬質な輝きを帯び、鮫とはまた異なる恐怖を与える。

通称ダンクルオステウスと呼ばれる、その姿。

しかし、その体を更に異形と成す要素が他にもあった。

体側に生えた、無数のヒレ。

ダンクルオステウスの印象的な巨大な牙は、長く、巻くように生えていた。

丁度、アノマロカリスのようなモノへと変化している。

そしてそれ以上に特筆すべき要素。


浮遊している。


空中に浮遊しているのだ。


(あの異形........しかも水しぶきを一切上げず、空中浮遊だと.......?まさか........)

異能個体イマジナリか....!」


異質さ、荘厳さ、美麗さ。

そういった人間が抱く様々な感嘆の感情からいち早く抜けきった焔は、驚愕の念を抱いていた。

「とりあえず、各部位に攻撃を当てねえとな........」

焔はそう言って平均サイズの刀を抜刀する、その時。

異形は、進路を焔達へ取る。

「来るぞッ!!!」

焔が号令をかける。感嘆に囚われていた者達も現実に引き戻され、皆が回避行動を取る。

氷の陸地の下流側に突っ込んだ異形は、荒波一つ立てずに水中へと潜る。

「全員、常に警戒耐性!!!!特に水上組だ!!」

清水が指揮を飛ばす。


川底から魚影が迫る。

「凍也、バックアップ任せた」

そう言うと、焔は魚影に走り出す。

まるで鮪の様に、高速で浮上する異形。

そこに、刃を入れる。

頭部、側面、追加のヒレ。

3点を、刀で斬る。

(とりあえずの様子見ってとこか)

浮かび上がる巨体に、順繰りに傷を付ける。


(頭部、硬いな。少ししか傷付かない。対する他部位は柔らかい.......狙うなら側面か?)

瞬時に傷の状況を分析し、作戦を立て始める。

「焔、こっちはホントに歯が立たない。打撃はあまり通んないっぽい」

凍也は氷による打撃を試みた様だが、歯が立たなかった。


異形は踵を返すかのように水に潜る。

「遠距離部隊、今のうちに準備を」

清水が指示を出す。

遠距離部隊の能力者達が練気を準備し、能力を練り上げる。



その時だった。


「え........?」


遠距離部隊の一人が、呆けた声を出す。


彼の足元から現れる、対になった渦巻いた牙。


「うわああああぁぁぁ.......」


悲鳴を上げるも束の間、その能力者は異形に飲まれる。

顎は閉じ、声は聞こえなくなる。

閉じるとき、挟まれて岸辺の鉄柵が拉げる。

そして今一度うねりながら、地中へと戻る。

尻尾に当たった鉄柵が潰れる。

異形が頭を出したその場には一切の穴も傷も変化も無く、ただこれまでのままに在った。


「ッ.......遠距離部隊、チャージ中断ッ!状況判断が終了するまで全員生存を最優先にしろッ!」

清水が指示を飛ばす。若干の焦りと後悔を孕んだその声に呼応するかの様に、現場は騒然となる。


「一人飲まれたか......凍也、現状の確認だ」

そんな喧騒の中でも、二人は至って冷静であった。

「敵は異形。全長は目測6メートル。異能個体で、水中、空中も泳げてて、更に地中も進めるみたい」

端的に、淡々と状況を述べる。

「鉄柵は潰れたが道は傷ひとつない........あぁ成る程、そう言う事か!!!!」

現場の状況を見回した焔は、ここまで起こった汎ゆる状況を整理し、考察を開始する。


(水中、空中、地中からの出現、地面に被害なし、鉄柵は拉げて.......クーラーボックスもだったな......壁に被害なし........あぁ、成る程)

そこで、合点が行った表情を浮かべる。

「掴めたぜ、異能の正体.....」

そう言うと、インカムを通して清水と、対面で凍也に能力を伝える。

「アイツの異能は恐らく、遊泳能力。それも、俺達が道と定義した所を水と同様に扱って泳げる能力......ってとこか」

そこからは、詳細な解説に入る。

「今清水さんが立ってるその道、んで俺達が立ってる川という、『水路』。そして『空路

』。この道として俺達が定義したエリアはヤツにとって水と同様に泳げる。だから水の中を泳いでも水に特に変化がないように、俺達の道に変化は現れない。当然、水滴も砂煙も水中じゃ発生しないしな」

「成る程.......つまり、あの柵は」

清水が、納得を示しながら、更なる解説へと誘導する。

「そう、道じゃない。つまり不純物とか、異物だ。ならどうなるか、当然物理的干渉が発生して柵は拉げるし、クーラーボックスも崩壊する......簡単に言うなら、プールだな。周囲の水には変化はないが、浮いた木の葉にゃ干渉できる、あんな感じだ。するとまあ、あの状況写真の謎も解けた」

解説が終了し、清水も凍也も完全な理解を示した。

「ぎゃああああああああ.....」

そして対抗策を練ろうとした途端、また一人飲まれる。


「ッ........!!」

清水と凍也が苦々しい表情を浮かべた瞬間、焔の思考に閃きが走る。

「今飲まれた奴、なんかしてたか!?」

焔の声が響く。

「えっと、の、能力発動してました!!!!」

問われた職員が、焦りながら答える。

(ビンゴッ.......!)

焔の思考が、正答を告げた。


「凍也、3分くれ........」

据わった目をした焔が、そう呟いた。





「3分後には砕けるから、そこまでに頼むよ」

凍也はそう言うと、氷の室を閉ざす。

(さてと、んじゃあ俺がデコイ兼切り札って事で...........)

焔は、大量の練気の精錬を開始する。

(一分半で鍛造、一分半で自己強化ってとこか)

考えるのと同時、練気を熱し、叩き上げる。

不純物を取り除き、より純粋な練気へと昇華させる。

(外が不安だな........)

一瞬、思考が鈍る。

だが、それは武器鍛造において最も不要な事象だ。

汎ゆる雑念を振り払い、焔は再び現状に向き合う。





一方その頃、氷の室の外では。

「遠距離部隊は観測に留めろ!!!近距離部隊はバラけて動け!!!!」

清水が即座に指示を飛ばす。

魚影が川底から空中へと急速に移動する。

音も無く移動するその姿に恐怖すら覚えるが、そんな様では駆除業者は務まらない。

「焔の方へは近づかせないよ」

室へ突進する異形の進行を阻む様に、凍也が氷の盾を生成する。

(焔の読み通りだ.......あいつ、)

焔は現在、この場にいる全員より莫大な量の練気を放出している。

その大きさに釣られる様に、異形は突進、そして捕食を行う。

言うなれば、走光性。

真夏の夜の森で巨大な白色灯を照らせばカブトムシが寄り付く様に、異形は巨大な練気に引き寄せられる。

つまり、その狙う瞬間に攻撃を当てて弱らせるしかない。

一瞬の隙を突いて攻撃が飛ぶ。

拳が、風が、氷が、様々な攻撃が異形へと殺到する。

体側のヒレが少しずつ壊れるが、未だ致命傷には至らない。

(焦れったいけど、絶対に焦らない........)

室の中の相棒を信じ、地道に防御と攻撃を熟す。





「っし、出来たな........」

室閉鎖から1分30秒後。

鍛造が完了した。

大太刀、なんてレベルじゃ留まらない。

幅、刀身の長さ、そして重量。

何をとっても過去最大の一振りだ。

「ぐっ........重てぇっ.........」

両手で持てども、その重量は支えきれるか怪しいレベル。

況してや、これを振るうなど夢のまた夢。

故に。

焔は、身体に練気を張り巡らす。

内側から、自身の肉体を強化する。

(まだ、足りない)

一度の強化では、未だ振れないと判断。

ならば、とばかりに、今一度強化を施す。

三重、四重、五重と、強化を積み重ねる。

一撃で、全てを終わらせる為に。



(あと、10秒)

体内時計がカウントした。

最後の強化を終えた焔は、最後の覚悟を決めると、再び剣を強く握り締める。

重ねた強化は13回。

今の焔ならギネスに載るだけの膂力を持っているだろう。

その膂力を全て、一撃に込める。



室が開く。

氷が砕ける。

冬特有の済んだ空気が肌に触れる。

星空と、砕けた氷が空で輝く。

そして、同時に異形も空へと登る。

巨大な顎を開き、焔へと突進する。


「焔ッ!!!!!!!」


凍也が口を開く。

その場に居る全員が、固唾を飲む。


焔は鋭く異形を見据える。


距離、約一メートル。

顎を閉じれば、今にも喰い千切られるような、至近距離。


「ぜ─────らァァあああああ!!!!!!!!!!!!!」



溜め続けた力を、解放する。

一振り。

たった一振りである。

その一振りが、全てを終わらせる。


物打で異形の頭を捉え、刃先が硬質化した頭部にめり込む。

しかし、そこで止まる。

(未だ、力が足りない)


ならばどうするか。


その答えは既にある、と焔は一喝する。

「自壊、せよ......ッ!!!!!!!!!!」

壊す為に産んだ物に、自ら壊れる事を命ずる、狂気の沙汰。

壊れるなら、諸共と言わんばかりに、剣に込められた練気が暴走する。

赤熱した大刀は、異形の頭にさらなるダメージを与える。

「あああああああああぁぁあああああ!!!!!!!」

裂帛の咆哮と共に、剣を振り抜く。


異形の頭が、砕ける。

さながら花火の様に、内容物が飛び散る。

同時に、大刀もまた砕け散る。

それが、戦闘終了の合図だった。





「清水さん、コイツの腹裂いてくんねぇか」

混沌生命体の沈黙から約3分。

息切れが収まった焔が、そう喋る。

その言葉を聞いた清水が、焔が鍛造したナイフで異形の腹を割く。


「.......ぉお!!!!ひ、光だ!!!」

「い、生きてた!!!!うおおおおお!!!!!」

飲まれていた能力者達が、腹の中から出てくる。

政府の能力者達が歓喜の声を挙げる。

「やっぱりな.......飲まれて時間経ってねえから生きてたか」

苦笑を浮かべながら焔はそう述べる。

「マジで.......マジで、ありがとうございました!!!!!!」

一人の能力者が、焔と凍也に頭を下げる。

「酷いこと言って、すんません!!!俺、これから頑張ります!!!!!」

そう、己の言葉で紡いだ彼に、二人は

「あぁ、いいんだよ.....言われ慣れてっから」

「でも、ありがとう」

と少しにこやかに言うのであった。


「あ、清水さん.......これ、中で見つけたんですけど」

生還した能力者が、腰のポーチから様々な物を取り出す。

指輪、衣服の欠片、釣具、そして人骨。


「遺留品とか、ですよね」




川岸で、そっと、全員が手を合わせる。

遺留品と思しき人骨、その数23。

最早誰のものかも解らない頭骨から、指先の小さな骨まで。

それら全てに、手を合わせる。

安心して、眠れるように。







「ありがとうございました!!!!」

翌日10時。

海原氏が事務所に訪れ、深々と頭を下げた。

「これで、安心してまた釣れます.......」

そう言う海原氏の目には、少し涙が浮かんでいた。

「.....私の、知り合いも、食べられてて........」

そう、涙ながらに語り出す。

「消息不明で、彼の奥様もずっと心配してて.......悲しいですけど、また、会えたと思うと.......」

そう言うと、すすり泣きながら、封筒を差し出す。

「こ、こんな話.......したってしょうが無いですよね.......これ、支払いです。本当に、ありがとうございました」

涙ながらにそう言うと、海原氏は去っていった。


「被害、デカかったな」

「そうだね......ここで食い止めれて、よかったよ」

少ししんみりした雰囲気になった事務所の戸を、開く音がした。


「すまないね、二人共いるかい?」

清水であった。

「清水さん!!!どうしたんですかこんなとこまで!!!」

焔が驚いた声を挙げる。

「いやね、先日の報酬を払わないとって言うのと、別件でね」

そう言うと無造作に茶封筒を放り投げる。

「報酬の100万だよ」

「「............ぇぇええええ!??!!」」

初めて聞く大金に、二人は顎がはずれる程驚く。

「今回は被害総数に討伐難易度がかなり高かったからね、比例してかなり高額になってるよ」

二人は茶封筒を覗いて歓声を挙げる。


「でだ、ここからが本題だ」

改まった口調で、清水が切り出す。

「『上』の方で会議があってね........決まってしまったんだ。申し訳ないが、

その言葉に、二人に緊張感が走る。

「君達二人に、識別名コードネームの駆除が命じられた」




その言葉に、二人は震えが止まらなくなった。













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Kill Chaos 〃 白楼 遵 @11963232

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