第15話「バケットの街散策」


「フォッフォッフォッ……良かったじゃないかコバト。これで儂も少しは安心して遠征に行けるぞ?」


 

 ゼマティスの満面の笑みに、自分もつい笑いが溢れる。

 


 今突発的に起きた事を整理すると、どうやらこの異世界で暮らす為の最低限の伝手はできた様だ。



「じゃあメーンタームさん。ゼマティスさんが旅立ったら、コバトちゃんをこの役場の連れて来てくれるかしら?」



「ええ!了解しましたマサラさん。ゼマティス老師との約束もありますからね。彼女は我が商団に幸運を呼ぶ女性だと理解できましたからな!責任を持って送り届けましょう」



 マサラとメーンタームそしてゼマティスは、お互いの今後の予定を擦り合わせる必要があると言った。


 しかしメーンタームは、予定の擦り合わせではなく先程侯爵家の専属商人になった事をメインに話している。


 自分に関わりのある誰かに話したかったのだろう……



 何はともあれ、彼等の話が終わるまで暇になってしまった。


 会話に参加しつつも、顔には『暇だ』と出ていたのだろう……それを察したマサラから提案を出される……


「コバトちゃん。私達の話が終わるまで暇でしょう?折角だし貴女がこれから住む街でもみて来たらいいわ」



「え!?いいんですか?でも……流石に一人だと心細くて……」



「当然そうなるわよね?でも大丈夫よ」



 マサラはそういうと、カウンターの奥で事務作業をしている女性を呼ぶ。



「ケイラ今日は確か……週の生産報告を受ける日よね?折角だからコバトちゃんと一緒に行って来てくれないかしら?」



「はい、マサラさん。是非コバトさんに同行をお願いしたいですね。私が産休の間は彼女にお願いする事になるでしょうし!」



「でしょう?自分がする仕事内容も見れるし……市場を見るついでに丁度いいと思ったのよ」



 マサラはそう言った後『折角なので、お茶でもして来て?こうなった状態のメーンタームは、話が長くなるだろうから……』と言うと、ゼマティスも苦笑いをしつつ肯定する。


 そしてケイラと呼ばれた女性は『はい!いいですよ』と言うと、すぐに奥へいく。


 どうやら外出準備を始めた様だ。



 ◆◇



「えっと……黒パン3個。お嬢ちゃん……この店の新しい売り子かい?おい店主!随分可愛い子が入ったもんだな?」



「いらしゃいませ〜!なんか突然手伝う事になっちゃって。えへへ〜不慣れですいません。えっと……黒パン3個でしたよね?今袋に包みますね!」



「ほぉ……なんか初々しいのが良いよ!まぁ頑張ってな。君がここで売り子続けるなら、また買いに来るよ!」



「ありがとうございますー!先輩の話では、たまにお店を手伝う事になるみたいです。えっとお客さん、他に何かお買いになりますか?バケットが今焼き上がったばかりなので美味しいですよ?おひとつ如何ですか?」



「そ……そうなんだ?じゃあ……バケットも……3個?」



「え?……バケットも3個?あ……ありがとうございます!」



「なぁお嬢ちゃん、このバケットを美味しく食う方法って何かあるか?」



「え?……私は小分けにしたら、真ん中に切り込みを入れてソーセージとサラダを挟んでますね!あとはベーコンとスクランブルエッグを挟むのも好きです!メインはバケットサンドですねー。シチューにも合いますし、あと私はガーリックトーストも好きです!」



「そ……そうなんだ!へー……ほー………バケットだけでも色々調理法があるんだな?お嬢ちゃんは良い嫁さんのなれるな?」



「なんかさっきから、それをよく言われます!でもソーセージ茹でて挟むだけですよ?。じゃあ……えっと……黒パンとバケット合わせて、銀貨2枚と銅貨1枚になります!」



 若干口説かれそうな雰囲気になって来たので、お会計を済ませ話を終わらせる……



 ケイラは生産報告を受けたあと、バケットの街の案内で市場に向かった。


 しかし市場に着くと、唐突にケイラの元に人が集まった……その理由は売り子の手伝いだと言う。



 市場には手伝いが必要な時間帯があり、ケイラは家の食費を浮かす為に、店を手伝う事で食材を貰っている様だ。


 そして一緒にいた為に何故か巻き込まれて、なし崩し的にアルバイトさせられた……という訳だ。



 ちなみに、集まったお手伝いから仕事を選ぶのはケイラで『今家で何が必要か……』その事を重視して、その仕事先を毎回変えると言う。


 そして今日は『主食のパンが食べ終わって無い』ので当然パン屋だそうだ。



「ケイラ!お前とお嬢ちゃんが来た途端、売上が昨日の倍になっちまった。今日は報酬を上乗せしとくな!バケット3本とオマケにジャムな!」



「おじさん本当ですか?有難う御座います!ここのバケットはマサラさんも喜ぶし、私もジャムが貰えて良かった!家計が助かるわ……」



「有難うも何も……作る側から、あの子はどんどん売っ払っちまうんだから……。こんなお礼しても足らんくらいだぜ!あんな商売上手……ケイラはどこで捕まえたんだ?」



「いえいえ……私じゃなくて、メーンタームさんが連れて………」


 

 ケイラが話をしている途中に、申し訳ないと思いつつ割って入る……


 冒険者が想定外の量を買い込んだ事で、主食の方のパンがなくなってしまい、後ろに並んでいる奥様方がお怒りだからだ。



 奥様の『怒りのスタンピード』は止めようが無い……


 仕事を手伝っているのでパンが沢山売れることはいい事だが、流石に一度に焼ける量が決まっているので、短時間で売り切ってしまうとそれが逆にクレームに繋がってしまう様だ。



「おじさーん!バケットが今の3本で品切れです!次の焼き上がりの時間は何時ですか?」



「も……もう売り切れ!?まだ出して10分してないぞ?」



「もう無いでーす!あーーっと……それと!6時焼きの予約が10本と、焼き待ち追加で3本。催促ありなので、急いでくださーい!」


「おっとっと……なんてこった。コバトはもう売り尽くしたのか!?出したの30本だぞ?……マジかよ!?ケイラ……すまんな。客に怒られちまう前に、追加のバケット持ってくるぜ!あと予約分の追加を焼いてくるから、もう話せねぇな!」



 そう言って店主は、パンの追加生産の指示を出しにいく……



「コバトちゃん……貴女……凄い数をホイホイ売ってくわね?お陰で今日はオマケたくさんで……私スッゴク嬉しいわ!」



「実は前にパン屋でバイトしてたので……売り物の値段だけ分かれば、なんとか売れそうです。でも何故この店のでは試食出さないんですか?試食を出せば、パンの仕上がりの味を確かめてから買ってく人も居るんですよ?もっと沢山売れるのに……」



「コバトちゃん?えっと……し……試食って何かしら?」



「え?試食ですよ?……お客さんがパンの味を確かめる為に食べる分です……え?」



 するとその言葉に、ケイラは不思議な顔をしつつ『お金も払わず食べる分を出すの?全部食べちゃう人が居るんじゃないかしら?』と言う……


 どうやら世界が変わると、サービスという概念もだいぶ変わる様だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る