第7話「華の魔物アルラウネ」


 巨大な華の周囲には蔦が這い回り、噛み草を根ごとほじくり返しては、周囲に撒き散らす……



 まるで『自分の縄張りには、他の植物系魔物は寄せ付けない!』と意思表示をしている様だ。


 アルラウネは根で掘り起こした、ふかふかになった土壌に、新たな種蒔きまでする始末だ……


 そして私は、トラオの忠告を『どうしようもない悪戯』などと誤った認識をしてしまった為に、大変な状況に陥った……


 突然地中から伸びて来た蔦に両足を雁字搦めに縛られ、身動きもでき無い様にされ逆さまに吊し上げられたのだ。



「クックック……良いところに養分が居たわ……。これで我が娘、2華の養分は確実ね」



「ひぃぃぃぃ………大きな……大きな華が……人の言葉を喋ってる!?」



「あら……貴女……アルラウネを知らないのかしら?まぁいいわ。私を知ってようが無かろうが……養分としては影響がないもの」



「ア………アルラウネ?……私なんか食べても美味しく無いです!だから辞めて!」



「ぷ!!……ぷははは!貴女なんか食べないわよ?よく聞きなさい?今から貴女をバラバラに引き裂いて、土に混ぜるのよ?」



「へ!?………引き裂いて……混ぜる?私を土に!?……ヒィィィ……」



「まぁ……魔力が無いのが残念だけど。魔力は周りのハウンドグラスから集めれば良いわね……」



 そう言ったアルラウネは、自分の顔の目の前までツタを引き寄せる……



「じゃあタネも巻いた事だし……もう肥料を撒こうかしら……」



 アルラウネがそう宣言した瞬間『シュパ!!』と耳元で音がする……


 すると『ガクン』と目線の位置が下がる。



「キャ……何!?あ……あれ?足が片方だけ動く………」



 そう自分で言った事で、縛られた足に異変があったことに気がつく……


 絡まっていたツタの一部が鋭利な何かで斬り裂かれた事で、片足だけ自由になっていたのだ……



「マカニキャット……猫風情が風魔法で私のツタを切り裂くだと?……いや……爪か!!お前も翼を毟ってから、握り潰して肥料にしてやる……」



「ニャ!?……そんなのはごめんニャ……」



 そんなやり取りが間近で聞こえるが、いまだに巨大な華に魔物が信じられ無い……『悪い夢でないか』……そう思えてしまう。



 しかし現実に戻るのは簡単だ……



 逆さまに吊るされているので、頭がクラクラしてくるのだ……嫌でも現実と分かる。



 私はもう片方の足に絡まっているツタを、なんとか外せないかと考える。


 しかしトラオが魔法で斬ってくれたのなら、どうせならもう片方のツタも斬ってもらおうと思い、トラオを探す……



 しかし現実は甘く無い様だ……


 目の前に差し出された蔦の球体には、顔だけ出ているトラオが居た。



「捕まったニャー!落ちてたにゃおちゅーるを……運悪く見つけたニャー!!」



「ちょっと!!何でこんな時まで食い意地100%なの!?今くらい抑えておきなさいよ!!食べられちゃうのよ?」



「食べられないにゃ!潰されるんだニャ!」



「なんでトラオはそう冷静なのよ!!」



「ちなみに……生存本能と食欲が戦ったら……停戦して……にゃおちゅーる食べ隊になったニャー……非常に残念だニャー」



「なに馬鹿な事言ってるのよ!!魔法で脱出すればいいじゃ無い!さっきツタを切ったやつ!!」



「魔力がもう無いニャー!スピードあげて飛び過ぎたニャー!それよりコバトの真下に武器があるにゃ!カッターとか言うやつにゃ……」



 トラオにそう言われて真下を見ると、確かにカッターが落ちている……



 確かに部屋のリュックに入れておいた筈なのに……


 私はクラクラするせいで、そのことをそのまま言葉に出してしまった。



「え!?……なんで私のカッターが……こんな所に?」



「ちょっと前にトラオが作業エプロンに入れといたニャー!武器くらい持つのは、外では常識ニャー」



「アンタ……言わないと意味ないでしょう?……それ先に言っときなさいよ!そうすればしっかり持ってたのに!!」



「今はそれどころじゃ無いニャー!それを拾って脱出してトラオを助けるニャー!それが飼い主の役目ニャー!」



 アルラウネは『何故こんな人間と猫を捕まえたのか……』そう思いつつも、喧嘩をしていると勘違いして見ていた。



 確かに喧嘩といえば喧嘩だ……


 だが現状は、コバトが一方的に怒っているだけで、トラオは単純に揶揄っているだけだった……



 しかしアルラウネは中級種の魔物なので、人間が見せる諍いの様を見るのがとても好きだった……


 ただそんな理由から、一人と一匹のやり取りを黙って見ていたのだ。



 そしてアルラウネは『絶望感』も大好きだった……


 死ぬ瞬間に見せる絶望感……


 彼女はそれを見ながら、命乞いをする人間を引き裂くのだ。



 だからこそ、ワザとツタを下に下げて、武器が取れるか取れないかと言う微妙な距離に調整する……



「頑張るニャー!後ちょっとニャー!!腕伸ばすニャ!もっと右ニャ!行き過ぎニャ!!ドン臭いニャ!!コバトは本当にヤル気あるニャ?」



「ちょっと!!そう言うならあなたがやりなさいよ!!そもそも貴方がそんな風に声に出して言ったら………」



「既に何度も言葉に出したニャー!これで聞こえてないって言ったら、このアルラウネは大馬鹿ニャ!……あ……でも華だから馬でも鹿でも無いニャ」



「意味がわからない!!……もう……トラオあんたちょっと黙っててよ!」



「嫌だニャー!最後の言葉になるかもしれないニャ!こうなったら……最後に辞世の句を考えて詠むニャ!……」



「あ……あんた本当に猫なの?………あ!……く……もう一寸で取れ………キャァ!?……」



 あと少しで届く……と言う所で、残念な事に急に引き上げられる……


 アルラウネは、若干苛ついた表情をコバトに見せながら言葉を発した。



「………もう飽きたわ……アンタ達ってば全然悲痛な様を見せないんだもの……つまらないわ……もう死になさい……」



「ヒィ……この!!華のお化けめ!私を殺したら化けて出てやるんだから!」



 そう言って、偶然最後に掴んだ石の様なものをアルラウネに向けて放り投げる……



『ペシ……』



「最後の足掻きが拾った魔石を投げる事?くっくっく……非力ね……何も出来ないなんて……でも……冒険者でもなければこんなものよね?何時もそうだし……貴女を潰したら次は猫で、その次はあの爺さんよ……うふふふ」



 そのアルラウネの言葉にハッとする……


 頼りにならない猫ではなく、ゼマティスと言うお爺さんがいたことをすっかり忘れていたのだ……



 目の前で馬鹿をやる猫に注意を全て引かれていたのだ……



「ゼ……ゼマティスさーーーん!!助けてー!!握り潰されちゃうーー!!」



『グシャ!!』



 そう言った瞬間、非常に耳障りな音がする……



 何かを勢いよく潰した音だ。



「ヒィ!!………い………痛………くない……あ……あれ?」



 てっきり握りつぶされたのは自分だと思ったが、痛みを感じない……


 恐る恐る目を開けると、そこには巨大な拳の形をした土塊があった。



 その土塊の拳は、巨大なアルラウネの中間部分を鷲掴みにして、完全に破壊していた。


 人の形をしている上部は、土塊の拳にもたれかかる様にしてなんとか声を出すが、全く動けない様だった。

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