第5話「異世界最初の夜と危険な境界線」


「コバト……腹減ったニャ!ニャーニャー!腹減ったニャ!」



「う…………ん…………ふあぁぁ……にゃおちゅーる沢山食べたでしょう?って……もう朝!?」



「違うニャ?朝じゃ無いニャ……腹減ったから『ライトの魔法』で起こしたニャ!」



「もう!何処が私のことを考えている良い猫なのよ!……食べ物なんか………あ………」



「ニャニャニャ!!何か来たニャ!……コバト特製ビックリ箱を早く開けるニャ!………」



「それが分かってて私を起こしたんでしょう!もう…………今出すから!ちょっと待ってて!お皿持って来ないと……」



「待てないニャ!ニャーー!!」



「あのね……流石にペット用のご飯を、そのまま出したら……明日の朝ゼマティスさんから流石に大目玉よ?」



「大眼玉ニャ?……フロートアインなんて化け物……コバトじゃ戦えないニャ?」



「もう……意味わかんない事言ってないで!!お皿持ってくるまで大人しくしてなさい!じゃ無いとあげないわよ!」



「くぅ………分かったニャ!」



 眠い目を擦りつつ部屋から出て、お皿を借りに食堂に向かう……



 既に電気は消されていて、部屋は薄暗くちょっとしたお化け屋敷の様にも思える。


 奇妙で強烈な叫び声の一件もあるので、正直暗闇でアンカーマンには会いたく無い……



 そう思いつつ、怖さを紛らわす為に窓の外を見る。


 すると何やら蠢くモノが、窓の外一面に彷徨いている……流石異世界だ。



「どうしたんじゃ?コバト……眠れんのか?」



「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」



「ほぎゃ!ふおおおおおおお!おひー!って何じゃ!?ビックリさせるでない!今ので心臓が10回は完全停止したぞ!!」



 真っ暗な中で声をかけてきたのは、ゼマティスさんだった。



 ビックリさせたことを謝りつつ……


 部屋に居候しているマカニキャットが自分を起こした事を説明する……



「成程のぉ……良い飼い主っぷりじゃのぉ。文句を言いつつ可愛がってるではないか?ふむ……皿はすぐにアンカーマンに届けさせよう。それで……窓から何を見てたんじゃ?」



「窓の外に黒い蠢くモノが何か居たんです………。でも……もう居ない……様です……何だったんでしょう………」



「ふむふむ……それをコバトは見たと?」



 そう言ったゼマティス爺さんが、黒く蠢くモノの正体を説明し始める……



「そうか……コバトは『見える』のだな?……アレは闇の眷属である『ハイド』と呼ばれるモノじゃ……魔物でも無く魔獣でもない。じゃが……『見えるモノを襲う性質』があるんじゃ……」



 そう説明したゼマティスは、『結界魔術がある屋敷の中や、都市や村の中には入れん。そして松明などの光がある場所にも近寄れん……じゃから<闇の眷属>と呼ばれておる……』と言った。



「コバトは見えるのじゃろう?ならば……外での野宿は極力避けた方が良い。あの『蠢くモノ』になってしまう可能性があるからな?いいな?じゃが良かったな今日此処で宿泊できていなかったら、仲間入り決定じゃった筈じゃ……」



 ゼマティスは、なかなか寝ない小さい子供に怖い話をする口調でコバトへ話した。



 だが怖い話では済まない。


 この異世界には、間違いなく扉の外に『化け物が居る』そう判断するしかない……


 何故ならば、散ったはずの化け物がまた現れたからだ。



 今自分の目に映っている化け物は、全てが動きを止めて此方を見ている……



「今アンカーマンに指示を出したぞ……おい……どうした?コバト……窓からまた外を眺めおって。もう皿を持って部屋に向かったぞ?……うん?……こ……こりゃたまげた……なんちゅう数じゃ!……」



 そう言ったゼマティスは小さく『ふぅむ……何か大きな事件が来る……コレはその予兆か……』とコバトにも聞こえる声で呟くと、杖を持ち近くの扉から外に出ていく……



 そしてゼマティス爺はランタンの下で呪文を唱える……



『安らかなる光よ!不浄を一掃する大波よ!悪き尖兵を、暗き闇の淵へ押し戻せ!セント・ルーメン・マウグ』



 杖の先から迸る光は、大波となって蠢くモノを包み込む。


 すると、『グィ!ギギギギギィィィィ!!』と、断末魔の様なものをあげて、蠢くナニカは一匹残らず消滅した……



 屋敷の中に戻ってきたゼマティスは……


「もう全部追っ払ったからコバトは安心して寝るがいい……なぁに大丈夫じゃ!この屋敷にいる間は襲われんし、そもそも奴等の活動時間は、深夜1時から3時までじゃ……その間だけ注意すれば良い!フォッフォッフォッ……」



 そう言ってから大きく笑うと、寝室に帰っていく……


 ゼマティスが部屋に戻った事で、怖くて窓の外を眺める事も出来ない。



 黒く蠢く何かの赤い目を思い出し、怖さに身を震わしながらも与えられた客室へ小走りに帰る……



「おい!コバトー腹減ったニャァ……皿はとっくに来てるニャ……」



 部屋に入るなり、そう話しながらマカニキャットは尻尾を脚に撫でつけてくる。


 コバトはそんなマカニキャットを見て考える……するとある行動を思い出した。



 『マカニキャットのライトの魔法で起こされた……』と言う事を思い出したのだ。



「ねぇ……貴方お腹すいたんじゃなくて……本当は……あの蠢くナニカから私を護ってたの?」



「そう思うなら、ワテシに名前くらいはくれニャ!……『ぐぅぅぅぅぅぅ』……あ……オナカ鳴っちゃったニャー」



 絶妙な間で腹を鳴らすマカニキャットに、コバトは呆れ顔をする……



「ハイハイ……私の考えすぎね!今出すから、ちょっと待ちなさい……『トラオ』……ちゃんと待たないとずっとお預けよ?」



「ニャニャニャニャニャニャ!?ワテシの名前……『トラオ』ニャ?……有難うニャー!じゃあご飯を早く出すニャ!めでたい時の飯は格別ニャ!」



「はぁ……やっぱり考えすぎか………ハイハイ出しますよー!!でも布団の上で食べたら……絶対にもうあげないからね!」



 ◆◇



 結局蠢くモノを見た後に目が冴えてしまい、私は眠れない時間を過ごした。


 そしてお風呂に入ってない事を思い出した私は、異世界初のお風呂に入る決断をした。



 いつもの様に朝入ろうと思っていたが、真夜中に入って正解だった。



 何故ならば、何もかもが魔法で動く世界なのだ……


 湯船には、自分に合わせた適温の温かいお湯が張られていて、シャワーは『センサーが何処かにあるのでは?』と勘違いする程だった。


 身体を洗うスポンジは常に石鹸がまとわりついていて、泡が途切れることがない……



 そしてシャンプーとコンディショナーは非常に良い香りがする……


 嗅いだ事がありそうな好きな匂いだ……しかし何かは思い出せないので非常にモヤモヤした。



 あまりにも気持ちが良いもので、長湯をしてしまった。


 コレが明け方だったら、ゆっくりする時間もなく非常に後悔していただろう……



 そして私がお風呂から上がると、トラオが……『遅いニャ!後続のワテシのことも考えるニャ!2時間も浸かってたら、絶体にコバトはふやけるニャ!マッタク……』と言ってお風呂に入っていった……


 入浴したトラオを1時間半近く待ったが、お風呂からは出て来なかった。


 待ちくたびれた私は、ベッドでバクを抱き抱えているうちに、いつの間にか夢の世界へ入っていた……

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