第3話「アンカーマンと生活魔法」


「これ!アンカーマン。真似せんでいい!!それは命令では無いぞ?……マッタク……。命令以外に特殊な感情を込めて言葉を口に出すと、それと同じ事をやり続けるのがアンカーマンの難点じゃ……」



「か……影なのに?アンカーマンは声が出せるんですか?」



「うん?ああ!あれか?あれは念話の一種じゃぞ?伝言を頼む時に、相手に伝えられんと困るじゃろう?それよりもコバト。夕飯が出来た様じゃぞ?さぁ、食卓へ行こう……」



 ゼマティスは『そうか……圧力釜にフードプロセッサー、電子レンジにパソコン………インターネットか……。それなのに魔法が無い!これはこれは……面白い世界もあったもんじゃ!ふぉっふぉっふぉ………』と言いながら、ご機嫌で部屋を移動する。



 食卓には見たことも無い種類のパンや肉、不思議な色をしたサラダが山の様にある。


 ゼマティスは椅子に腰掛けると、ひょいひょいと手を使わずに料理を皿に盛っていく……



「ほれ!まぁコレでも食え、食って足らなかったらどんどん自由に取って食え。気に入った物はしっかり食っとくんだぞ?なんせ毎日出るものが違うんじゃ……今日食えても同じ物は明日は食えんからな?」



「え?あの影って……ゼマティスさんの影ですよね?……」



「うん?使っている影は儂のじゃが、『料理の記憶』を持つ影は『別人の影』じゃからな?ちと影の端っこだけ拝借しとるんだよ!」



 ゼマティス爺さんはとんでも無い事をサラッと言うが『影を拝借された人間に異常は出ないのだろうか……』と若干不安になりつつ、コバトは自分の影をマジマジと見つめる。



「お主の影は残念ながら切れんかった!お主の世界の料理食べて見たかったんじゃがなぁ?材料が無いから切れんのかもしれんな?」



 ゼマティスは思考を読んだかのように明確に答えたので、『何故考えがわかったのか』と聞くと……『影をあれだけ見ていれば、バカでも気づくじゃろう?』と笑いながら言った。



 魔導師ゼマティスは、魔導師と名が付くだけあって、既に影を切り取って何かをしようとしていた様だ。


 魔導師でも『出来ない事』に安心して良かったのか、それとも『出来なかった事』に他者との違いを不安に思った方が良いのか……微妙な気分になっていると、ゼマティスが食事の後の話をし始めた。



「コバトよ。飯を食ったら、寝室はアンカーマンに部屋の案内をさせるが……お前の世界ほど快適な寝心地では無いぞ?あまり期待してくれるなよ?」



「はい!泊めて頂けるだけでも感謝します。今の私には行く場所も帰る場所も無いので……」



「確かにそうニャ!それでどうするニャ?コバトは此処を出て行ったら、住む場所なんか無いニャ?お金も無いニャ?……野良コバトになるニャ?」



「ちょっと……ご飯中にそれ言ったら喉をご飯が通らなくなるじゃ無い……後にしてよ!デリカシーが無いなぁ!!」



「猫にデリカシーを求める飼い主もデリカシーがないニャ………ハグハグ……コバトそれ喰わないならワテシの皿に移すニャ!それワテシが好きな味ニャ!」



「な!?本当に出鱈目な猫ね……料理浮かせて食べてるんだから、自分で取りなさいよ!意地悪なアンタには私の分は分けてやらないわ!………」



「コバトはケチニャ……寝る前にそんなに食うと太るニャよ?」



「ふぉっふぉっふぉ!面白いのぉ……じゃが、その猫が言ったこともまんざらでは無いのぉ……お前がこの世界で暮らすには……ちと大変じゃ」



 そう言ったゼマティスは、自分の予定をコバトに話した。


 ひと月後に遠征で、王国の外へ行かねばならない事。


 その遠征は危険且つ旅慣れたゼマティスでも大変であるという事。



「……じゃからな?此処に泊めてやりたくても無理なんじゃよ。魔法が使えないお前には此処の管理は無理だ……一度街へ行き住む場所と仕事を見つけたらどうかのぉ?」



 ゼマティスの説明はこうだ……



 今のコバトについてだが、帰る為の手段がわからない。


 その手段はゼマティスでも簡単に調べられる訳がない……来た方法が分からないのだから、返し方が分からないのだ。



 ならば生活の拠点を作る必要がある。


 何故ならば、現状では衣食住さえ儘ならないのだ……日々の生活が出来ないとなれば、元の世界へ生きて戻る事などは到底出来ない。



 なので、街に自立して暮らせる拠点を作り、ゼマティスが遠征から屋敷に帰って来たら本格的に原因を調査する……


 その為にコバトは、この屋敷から一番近い街で暮らす他はない……



 丁度今ならば一月と言う時間がある……この期間はゼマティスと共に行動して、街での人脈を作る事に専念する。


 その他にも、ゼマティスの指導を少しでも多く受け、異世界の常識を知る。



 そして最低限手に職をつける……『何かを売れる様になる』のが一番だが、出来なかった場合を考えて、雇ってくれる場所を探す。


 当然働く職場は如何わしい店ではなく、今後の冒険に役に立つ様な場所で働く必要がある。



 何故なら、帰る為に必要な物を集める可能性があるからだ。



「って事はだニャ……爺さんはワテシをこの家に置く事になるニャ?ひと月の間は飯に困らないニャ!満足な飯にありつけるニャ!」



「飼い主に似て図々しい使い魔じゃな……まぁ娘の方は、この世界では正に行く宛てもないんじゃ……飼い主ともどもひと月は仕方あるまい……」



「い……良いんですか?」



「良いも何も……仕方なかろう?調べるちゅうても明日分かるもんでもない。そもそも小娘一人で何も持たず放り出すわけには行かんだろう?」



「あ!有難う御座います!家の掃除でも!料理でも、買い出しでも……何でもやります!!」



「まぁ……儂も下心がない訳ではないんじゃ!」



「エロい爺さんだニャ………」



「そうじゃないわい!!!この馬鹿猫め!魔法でカエルの標本にしてやろうか?」



「エロの次は虐待ニャ!とことん救えない爺さんだニャ!……コバトだけ置くなんて許さないニャ!飼い主を家に置いて、飼い猫を置かないなんて信じられないニャ!」



「仕方無いから、コバトの部屋にお前も置いてやろうと思っておったが……辞めじゃ!お前にはそもそも立派な毛皮があるんじゃからな?『野宿』でいいな?」



「素晴らしい大魔導師様だニャ!ワテシは感動したニャ!……置いてくれると思ってたニャ!さぁ……こんなもんで平気ニャー?暖かい寝床に行くニャ……『ニャニャニャニャニャニャ!?』……痺れるニャァァァァ……虐待反対ニャァ……」



 ◆◇


 夕飯を食べ終わってから私は、客室に案内された。


 部屋の作りはとてもお洒落で、表現するならばファンタジー寄りの中世ヨーロッパ風のつくりだ。



「主に客人用の部屋じゃ……家具やベッド以外何も無い……じゃがコバトはこの世界の住民じゃ無い以上、何が必要かも分からんからな……風呂は部屋の中に入って右側にあるからな……」



 ゼマティス爺はそう言うと、何処からともなくパイプタバコを取り出してスパスパ吸い始める……


 しかし不思議な事に、タバコの様な特殊な匂いがしない……



「なんじゃ?コバトお主もタバコを吸うんか?なんなら用意するぞ?」



「吸いませんよタバコは……私の知っているタバコと違って特有な嫌な匂いがしないので………。そもそも私的には、ニコチンも嫌だし、副流煙を吸うのも嫌なんです……」



 そう説明すると、ゼマティス爺は首を傾げる……



「スマンなコバト。お主が今言った事じゃが、何を言っているか全く分からん……。因みに儂が吸っているこのタバコは『魔茶≪マッチャ≫』と言って服用する事で魔力伝達を助ける効果があるのじゃ……」



 ゼマティスはそう言うと、マジックワンドを取り出して空中の絵を描き始めた……

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