第19話


「……歌姫って男でもなれんのか?」


 衝撃的なことを聞かされ一同が固まる中、俺の口から出てきたのはそんな一言だった。


「あら、歌姫っていうのはただの呼称よ。始祖の歌姫が女性だったから『歌姫』って名付けられただけで、性別に縛りなんてないわ。それとも何? 男が歌姫じゃ悪いっていうの?」


「あ、いえ全然悪くないです」


 半ば本気で睨まれて、ヒュンと一瞬で身がすくんだ。おかしいな、仲間のはずなんだけどな……。


 で、この渡されたブローチをどうすればいいんだ? と身構えているとリオンが続けて叫ぶ。


「アタシとも誓約しなさい!」

 なんだかとんでもないことを言うリオン。だが、その顔は至って真面目だった。


 出来る出来ないじゃなくて、やるしかない状況だ。どのみちこのままじゃ負けるだけだと、心のどこかで思っていたんだ。博打にしたってまだマシな部類の博打だろう。


「それしか手はないか…………あの野郎を倒す力を…………よこせぇ!!」


 ブローチを強く握りしめる。これでいいのかどうかは分からないが、黒い飛翔竜の時のことを可能な限り思い出して叫ぶ。


「ばかな!? 二人の歌姫と誓約だと!? 出来るわけがない!?」


 あまりにも非常識なことをしようとしているからなのか、アストレイが驚愕の表情を浮かべながら固まっている。


 アイツからしても俺達がやろうとしていることは頭がおかしいことに分類されるらしい。それなら、尚のこと成功したくなってきた。


 だって――それなら負けないだろ? 


 俺に纏わり付く赤い光を覆うように青い光が纏わり付いていく。

 それと同時に、俺の身体にかかる負荷? 重圧? も増していった。


「ぐっ……」


 気を抜けば倒れてしまいそうなほどだ。倒れていないのは精神力で持たせているからだ。正直、すぐにでも膝をついてしまいたい。


 そんな風に弱気な心が顔を出した瞬間、嫌な記憶が蘇ってきた。


 

 ――これぐらいで倒れるとは魔力無しは脆弱だな

 ――役立たずは的にでもなってろよ! ほら逃げろ逃げろ!



「……やはり、無理なようだな。そのままでいるといい、介錯してあげよう」


 俺の近くまでやってきていたアストレイがロングソードを振りかぶる。

 真っ直ぐ迫ってくる黒い一閃。それに対して俺は――


「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」


「なっ!?」


 ブレードライフルを横からぶつけて弾き飛ばす。以前の一撃よりも重かったのか、アストレイはロングソードを握る手をもう片方の手で押さえながら後退する。


 痺れる一撃だっただろ?


 俺の身体には紫色の光が纏わり付いていた。赤と青を足したから紫ってか? 安直な気もするが、悪い気分じゃない。


「くらいな!」


 後退したアストレイに対して一気に距離を詰める。変な小細工をするよりこの場合力で押し切った方が良いだろう。


 駆けだした勢いのまま振り切ったブレードライフルの横一閃は、黒のロングソードに防がれ、最初の時みたくつばぜり合いに状態になってしまった。


 アストレイがこちらをにらみ付けながら、問いかけてくる。


「っ!? これほどとは……君はその力で何を成す!?」


「あぁ!? 知らねえよ!! 俺は俺が笑って暮らせりゃそれでいい!!」


 俺のブレードライフルに比べて、アストレイのロングソードの方がカタカタと揺れている。どうやら、有利なのは俺の方みたいだな。

 こちらを詰問するアストレイの表情に余裕はない。


「そんなことのために契約騎士になったというのか!」


「なりたくてなったわけじゃねえっての!」


 さらに、力を押し込めるとアストレイの身体が深く沈む。二人分の歌姫の力となるとあっさりやれるようだな。


 自分だけの力じゃ無いっていうのはちょっと引っかかるが、今気にすることじゃない。

 大事なのはこいつを倒しすことだ。


「くっ!? やらせない!」


「その技はさっき見たんだよ!!」


「ぐはぁ!?」


 手首を捻って受け流そうとしたアストレイの身体に回し蹴りをたたき込む。

 つばぜり合いの状態で行うには力のバランスが崩れて危険だが、相手から拮抗状態を崩してくれたんならこういう絡めても使える。


「おらぁ!」


「っ!?」


 吹っ飛んでいったアストレイ目掛けて、ブレードライフルを縦横無尽に振り回していく。

 受け身はとっており、とっくに立ち上がっているが、万全の体勢とは言い難いだろう。軽口を叩く余裕もないようだった。


 そのまま数回ほど剣戟を繰り返していたが、アストレイは俺が大ぶりになったところの隙を逃さずロングソードで首元を突いてこようとした。


 そう来るよな。


 内心で笑いながら、ロングソードの切っ先を眺めていた。


 地力で負け、勢いに圧されっぱなしなのだ。この状況をどうにかするには一瞬隙をついて致命の一撃をぶつけるしかない。


 俺がアイツと同じ状況だったらきっと俺もそうしたことだろう。

 ついでに、以前までの俺だったらこの一撃をくらっていただろうな。


 だが、今は二人分の歌姫の力のせいか、以前よりも軌道がよく見える。回避するのなんて訳ないことだ。


「それを待っていたんだよ!!」


「なに!?」


 首を最小限の動きで傾けて、アストレイのロングソードを回避する。避けられたことに気付いたアストレイがロングソードを横滑りさせて、


 ズパッ! と鈍い音とともにロングソードを握ったままのアストレイの腕が飛んでいく。離れたところでは、ロングソードが床に落ちた音が空しく響いてきていた。


「っぐ!?」


 武器と腕を失ったアストレイはヨロヨロと数歩下がる。


 さて、このまま追撃を……と思ったところでアストレイのからだがザザッ! と奇妙な音を立ててぼやけていく。


「ダメージで身体が限界か……」


 そう呟くのは、顔だけアストレイのままで、身体は鎧と一体化した――不格好な人形のような存在。何だあれは?


「金属の……人形?」


「何なのアレ? 見たことないわよ」


 ミディアとリオンも驚愕したのか目を丸くして、アストレイの奇妙な姿を眺めていた。


「お前、人間じゃないのか?」


「僕も人間だよ。ただ、ここにいるのは本体じゃないってだけさ。この身体はイルニスに用意してもらった分身体ってやつでね。この身体でも君達相手なら大丈夫だろうと思っていたんだけど……油断したかな?」


 分身体ってこともかなり気になるがそれ以上に気になったのは『この身体でも君達相手なら大丈夫だろう』ってところだ。


 そんなことをわざわざ口に出すってことは。


「……あれで本気じゃなかったってのか!?」


 俺の叫び声にアストレイは気にした様子もなく、あっけからんと語りだす。


「この身体で出せる全力ではあったさ。負けるつもりはなかったんだけどね。だけど、僕達の目的は果たせたみたいだ」


「なんだと?」


 アストレイの言葉に疑問を投げかけたところで、イルニスの方から光の柱が立ち上った。


 これがこいつらの本命か!?


「なんすか!? あれ!?」


「特に何も感じないわね……攻撃性のものじゃないのかしら」


 てっきり、俺達に対する攻撃でも飛んでくるのかと思って身構えたが、なにも起きない。


 それどころか、光の柱はすぐに消えて無くなってしまった。


 光の柱が消えるのを見届けたイルニスがゆっくりと振り返り、


「もういいわ、アスト。それにしても、随分とやられたわね」


「すまない……まさかあんな手でくるとは予想していなかった」


「別に責めているわけじゃないわ。二人分の歌姫の力なんて想定外だもの。それに、その身体じゃなければ、倒せない相手でもないでしょう? 帰るわよ」


 随分、舐めたことを言ってくれる。この状況で逃げる気らしい。


 だが、大人しくそれを見送るとでも思っているのか? 黒の歌姫を捕まえたとなれば、大金星だ。傭兵としての名も売れる。


 おまけとして、ミディアも話せて万々歳とくれば、この状況で相手を放置するとかあり得ない。


「逃がすかよ!」


 そう思い、魔弾を放ったがイルニスの身体をスルリと抜けてしまった。アストレイとは違うみたいだが、ひょっとしてこいつも実体がないのか!?


「危ないわね……でも残念。私もアストも捕まる気はないの」


 さらに、俺の契約騎士としての力も限界が近いのか紫の光も消失してしまう。黒い飛翔竜の時のように倒れることはなさそうだが、気怠さが襲いかかってくる。


 っち、変に喧嘩を売ってもう一戦とかになるとやばそうだ。そうなるくらいなら、ここは黙って見送った方がとくか-。


 そんな風に歯がみしていると、ミディアが大声でイルニスを引き留めた。


「お姉ちゃん! 一体ここで何をしていたの! どうして、あんなことをしたの! 全部答えて!」


「はぁ……そればっかりね。赤の歌姫、ミディア・イッシュメント。追ってくるなら好きにしなさい。ただし、私の邪魔をする気なら容赦はしないわ。よく覚えておくことね」


 イルニスはミディアを冷たい瞳で一瞥すると杖を一振りしてかき消えてしまった。アストレイの姿もそこにはなく、壊れかけの人型ゴーレムが残されるだけだった。


「よく分かんないが……終わったのか?」


「そうみたいね。結局、黒の歌姫が何をしていたのかは分からずじまいだったけど」


「し、死ぬかと思ったっす」


「お姉ちゃん……」


 イルニスが消え去った所をジッと見つめるミディア。その声にはどこか寂寥感が宿っていた。ようやく会えたのに事情も聞けず、敵対的なまま別れればこうもなるか。


「まだ、追いかけるつもりなんだろ?」


「レイアスさん……はい、諦めません!」


「そうか。まぁ、がんばれ」


 ――俺は手伝うつもりはないけどな。


 心の中でそう思いつつ、当初の予定通り帝都に向かおうかと思ったときだ。


 階下からガチャガチャとうるさい金属音が耳に届く。一人や二人じゃないな。


「鎧の音よね?」


「な、なにが起きているんすか!?」


 リオンやエリクも気付いたようで、どこか困惑したように入り口に目を向ける。


 現れたのは完全武装に身を包んだ大量の帝国兵達――最低でも一小隊はいるように思える。


「随分遅い登場だな。黒の歌姫達はもう行っちまったよ……」


「遅い? いや、予定通りさ。むしろ、黒の歌姫という不確定要素が消えたのは好都合」


「は? どういう意味だ?」


 答えたのは先頭にいた隊長らしき帝国兵だ。彫りが深い金髪の美丈夫はこちらを馬鹿にした笑みを浮かべながらミディアへと目を向けた。


「我々の目的は貴様らだからな! 赤の歌姫ミディア・イッシュメント! 貴様には黒の歌姫に与している疑いがかかっている! 我々についてきてもらおうか!」


「そんな!? 私はおね……黒の歌姫に協力なんてしていません! 何かの間違いです!」


「そんな容疑いつかかったんだ? 全く知らなかったんだがな?」


 手配書なんかは傭兵として確認しているがミディアが張り出されたと言う話は聞いたことが無い。フィレンの町を出る時点では確実に存在していなかった。


 田舎町だから手配書が回ってきていないと言われればそれまでだが、少なくとも飛翔竜退治の飛空挺に乗り込む前には亡かったと断言できる。


「いつ容疑がかかったか、など貴様が知る必要は無い。そして、貴様に人ごとみたいに言っている余裕はない。レイアス・オースティン。貴様にも赤の歌姫同様の容疑がかかっている……いや、貴様の方が重いか? お前は飛翔竜討伐の際、友軍を見捨てて逃亡。おまけに二番艦リディルトーレの爆破に関与している容疑がかかっている」


「めちゃくちゃだな……おい。しかも、飛翔竜の逃亡の件は帝国軍との話はついたはずだが?」


「あんな言い訳じみた説明で納得出来るとでも思っているのか?」


「アンタと話した記憶はないんだがね……」


「それはそうだ。この陸戦第一隊、隊長のレオニード・カエサルが貴様のような傭兵と直接やりとりをするものか」


 ああ言えばこう言う。このレオニードとかいう隊長は端からこっちのいうことを聞く気は全くないな。何が目的で俺達を捕まえようとしているのかは知らないが、碌な事じゃないのは想像出来る。


 大人しく捕まるわけにはいかないな。

 ブレードライフルを構えてレオニードを含む帝国兵達と相対する。


「おっと、抵抗はおすすめしない。それをされては我々も本気にならざるを得ない」


 レオニードが手を上げると、後ろの帝国兵達が己の武器を抜いてこちらに向けてきた。


 後ろにはクロスボウを構えている帝国兵もいる。こちらを完全に包囲するつもりらしい。


「あら、これはちょーっとマズいかしらね」


 そう言いつつもリオンも自慢の槍杖を構えている。捕まるよりも抵抗して逃げた方がマシだと判断しているということだろう。青の歌姫ってことだし、赤の歌姫のミディアが目的なら自分の身も危ないと分かっているからだろうな。


 そして、それには俺も同感だ。


 契約騎士としての力も結構使ってしまって、本調子とは言い難いが、脱出するだけならなんとかなるかもしれない。帝国騎士を舐めているわけじゃないが、何でもで逃げるんなら勝機はある。


「冗談じゃねえ……わけもわからない罪状でとっ捕まってたまるか――っ!?」


「動かないです下さいっすよ? 動いたら間違って斬っちゃいそうっすからね」


「レイアスさん!?」


 無理矢理にでも脱出しようとブレードライフルを構えていた俺の首には見覚えのあるマチェットがそえられていた。


「上出来だ。エリク・ダッシュモンド。やはり、君に依頼して正解だった!」


 それを見たレオニードは大仰に笑う。


「エリク……お前!?」


「どおりで、帝国兵がタイミング良く来られたわけね……」


「悪いっすね、レイアスさん。これも仕事なんすよ。傭兵なら……仕事はキチンとこなさなきゃっすよね?」


「そうだな……仕事は果たさないとな。クソッタレが――」


 万全の状態ならともかく、黒の歌姫達と一戦やらかした今の状態では厳しすぎる。


 せめて、エリクが裏切ってなければ逃げるくらいは出来そうだったんだが……いや、それは考えても意味ないか。



 こうして、俺達は帝国軍に捕まることとなったのだった。

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アリアズファンタジア 海星めりい @raiki

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