第17話


 古塔の中へと入っていった俺達だが、中は風化こそしているもののかなり綺麗な状態だった。


「魔獣なんかはいないみたいっすね」


「罠もなさそうだな。ついでにお宝もない」


「上ってくるといいわ、とまで言っていたから、自信があるんじゃないの? さっきのゴーレムもそんな強くなかったし、本気で足止めしようとした感じじゃないわね」


 エリク、俺、リオンの順で古塔を観察しつつ、イルニスが何を狙っていたのかが気になっていた。


「おい、ミディア。黒の歌姫のことで分かりそうなこと何かないのか?」


「分からないです……お姉ちゃんは姉弟子で才能豊かで、歌姫として期待されていましたし、」


 そう言って俯いてしまった。これは今の状況では余計なことを聞いたかもしれない。


「ちょっと……なに落ち込ませてるのよ」


「すまん、言葉選びを間違ったかもしれない」


「もう……せっかくさっきまでやる気になっていたのに。私がなんとかしてみるわ」


「頼む。俺は前を警戒しておく」


 ミディアをリオンに任せて少し先行すると、エリクが俺の横にやって来ていた。


 そのまま、肩を寄せて小声で話し始める。


「本気で行く気っすか?」


「当たり前だろ。黒の歌姫だぞ。手勢がいるならともかく単独でやって来ているなら俺らでやれる可能性は十分ある」


 傭兵としてチャンスは見逃せない。

 一応、世界平和っていう建前もあるしな。


「レイアスさん、妙にあの子に甘いっすね……ひょっとしてこれっすか?」


 小指を立てるエリク。それを見た瞬間、反射的にぶん殴ってしまった。


「いだいっす!?」


「ばかか、依頼主だから付き合っているだけだ。単独の黒の歌姫じゃなくて軍勢に飛び込めって言われたら、適当に戦って逃げてるよ」


「本当っすか?」


 未だに疑いの目で見てくるエリクを無視しつつ、俺達は古塔の内部を進んでいくのだった。



――――――――――――――――――




 古塔の頂上に俺達がたどり着いたとき、イルニスは祭壇のような場所で杖を持ちながら、何やら魔方陣を出現させていた。


 どうやら、ここで何かをしようとしているのは間違いないみたいだな。

 俺達がやってきたのが分かったのか、イルニスがゆっくりと振り返った。


「本当に追ってきたのね……残念だわ」


「この古塔で何をする気か知らないが、この人数差だ。いくらアンタでも苦戦するんじゃないか?」


「ま、マジでやるんすか?」


「ここまできておいて何言ってんだよ! ほら、いくぞ!」


「わ、わかったっすよ!」


 こちらに対応する動きを見せないイルニスに対して俺とエリクは一足飛びで斬りかか――


「アナタ……赤の歌姫の契約騎士なんでしょう? 愚かなところも似るのかしらね? 私は忙しいの――よろしくね、アスト」


「分かったよ、イルニス」


「なっ!?」


「ふげっ!?」


 俺達がイルニス目掛け飛び出した直後、どこからか飛び出してきた黒い影に俺のブレードライフルを受け止められた。

 おまけに、エリクはそれよりも前に大型マチェットで防御したものの吹っ飛ばされている。


 ギチギチとつばぜり合いをしながら、飛び込んできた男の姿を観察してみる。


 現れたのは黒い鎧に身を包んだ細身の男。手に持っているのは黒いロングソードで特殊な機構は一切見られない。

 一見すると単なる優男だが、力はかなりのもので簡単にははじき飛ばせそうにない。


 こいつ何者だ? 黒の歌姫の味方をする男の話なんて聞いたことがないぞ。

 そんな疑問が俺の顔から出ていたのか、男はフッと笑って語り出す。


「アストレイ・カルヴァン……君と同じ契約騎士さ!」


「っち!?」


 さっきの盗賊もどき相手なら楽に吹っ飛ばせていたっていうのにこうも互角なのは同じ契約騎士だったからか。 


 安易に黒の歌姫を追っかけたのは失敗だったか? 今さらそんなことを考えても遅いだろうな。


「レイアスさん!」


「援護するわよ! いきなさい!『アクアカノン』!」


 リオンが魔獣を吹っ飛ばすときにも使用した魔法を横から放つ。当たれば、このアストレイとかいうやつもひとたまりも無いはずだが――


「おっと、危ないね」


 こいつは手首を上手く捻ってつばぜり合いの状態を解除すると、そのままリオンの魔法を一振りで切り裂いた。


「私の魔法を一撃で……」


「別にこれくらい契約騎士なら簡単に出来るさ。いや、君には難しいのかな?」


「それは挑発か?」


「別にただの事実さ」


 そう言って肩をすくめるアストレイ。随分と似合った仕草だな、おい。


「いいぜ、その安い挑発に乗ってやろうじゃねえか! ああああああああ――はぁ!」


 黒い飛翔竜を倒したときの感覚を思い出し、全身に契約騎士と力を巡らせる。身体が赤い光に包まれ、力がみなぎってくる。


 先ほどまでとは段違いに速くなった一撃をアイツにぶち込んでやる! 


 そう意気込んで、ブレードライフルを上段から振り下ろす。


 アイツは知覚できていないのか、ロングソードを構えていない。このまま決めてやる――と思ったら、俺のブレードライフルは空を切った。


 それどころか、俺の側面に回り込んだアストレイが胴体目掛け真横にロングソードを振るってきていた。


「っちぃ!?」


「言っただろ? 僕も契約騎士だって、君に出来ることが僕に出来ないとでも思っているのかい?」


 そう言うアストレイの身体は黒い光がオーラのように立ち上っていた。


「上等だ……やってみろよ!」


「君じゃ僕に勝てないさ」


 次の瞬間――再びブレードライフルと黒のロングソードがぶつかり合う音が響き渡るのだった。

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