第12話


 早速、レットが言っていたことの意味を質問――といきたいところだったが、折角の料理が冷めてもなんなので、俺とミディアの食事が終わってからにすることにした。


 食いながらでも良かったんだが、ミディア的には長くなりそうだから食べ終わってからにしたかったようだ。


 トレーを部屋にあるテーブルの上にどかしたところで、ミディアと向き合った。


「それで、この紋章は一体何なんだ?」


「その紋章は歌姫と誓約した証です。レイアスさんは私の契約騎士ラガリナイトということになります」


「契約? そんなの結んだ覚えは……」


 と、ここまで言ったところで黒い飛翔竜と戦っていた時のことが浮かんで来た。

 確か、ブローチが光って、なんか『力をよこせぇ!!』とか、叫んだような気がする。


「レイアスさんに渡したブローチが契約騎士となるための触媒というか、仲介というか、鍵だったんです。厳密には宝石部分がですけど。これは特殊な魔石のようなもので、誓約がなされると、中身を使い切ってしまうんです」


「うわ、マジだ」


 ミディアから見せられたのは俺が報酬として一時的に受け取ったブローチ。


 そこの真ん中にはめられていた宝石から赤色が抜けて、透明なガラスみたいになっていた。


 このブローチ、魔導具みたいなもんだったのか。


「ブローチを受け取ったら誰もかれも契約騎士ってか? とんでもないもんを報酬として渡してくれたな」


「いえ、違うんです……」


 こんなの詐欺に遭ったようなもんだろう、と鼻をならす俺に対し、ミディアはどこか言いにくそうに目を泳がせていた。

 この期に及んで言いにくいこともないだろうに。


「契約騎士になれるのは魔力無しだけなのです」


「何だと?」


 レットの言い放った言葉に思わず目を丸くする。だからさっき『魔力無しだったのですね』とか言ってきたのか。


「失礼ながら、レイアスさんに魔力が無いとは思わなかったのでお渡ししたんです。あとで、返してもらう条件もレイアスさんから言われなければ、こちらから言い出すつもりでした」


「あと、本人が強く望まなきゃ誓約なんて起きないのです。お前の場合は契約騎士を望んだんじゃなくて、力を求めていただけなのは分かっているのです」


「契約騎士は名前の通り歌姫を守るための個人的な騎士……パートナーのような存在です。契約騎士は歌姫と誓約することで、常人とは異なった力が使えるようになるんです。ただ、魔力があると誓約の力を受け入れられないらしく、契約騎士になれるのはレイアスさんみたく魔力がない方だけなんです」


 ミディアとレットの説明で大体分かった。ようは、歌姫達の使う秘術みたいなものに巻き込まれて、俺はミディアの――赤の歌姫の契約騎士? とやらになってしまったわけだ。


 どうしたもんか? と頭を悩ませながら、手の紋章を見つめてみる。よく分からないもんになってしまったというのが一番の感想だ。

 いきなり色々と聞きすぎて思考が纏まっていないのもあるだろうな。


 まぁ、確かにこれのおかげで黒い飛翔竜は倒せたわけだし、それに加えてミディアが俺を契約騎士とやらにしたのは意図的じゃなかったってことも理解した。


 騙されたのなら一生許す気は無いが、事故っていうなら考えないこともない。命には関わってないしな。


「なら、そのことについてはもういい」


「本当ですか!」


「ああ。ただ俺はその契約騎士ってのになる気はないぞ。破棄というか、解除いうか、そういう感じのは出来ないのか?」


 すでになっているわけだから、なる気がないってのとは厳密には異なるが、なりたくてなっったわけじゃない。それなら、キャンセルできるんじゃないだろうか?


 そう考えて紋章をミディアに見せながら問いかけてみたのだが、どうも反応が芳しくない。

 俺の視線を受けて、ミディアは困った顔で小首を傾げた。


「さ、さあ? 死に分かれた以外に契約が解除されたということを教わっていないので、よく分かりません……」


「何じゃそりゃ!?」


 冗談じゃねえぞ!?

 ただの傭兵で終わりたくはない、なんて子供じみたことを漠然と思ってはいたが、こういうことじゃないんだよなぁ!?


 黒の歌姫といい、歌姫ってのは厄介事を振りまく奴らなのか?


 いや、ミディアは世の中に迷惑をかけていないから、黒の歌姫とは違うのか……俺は思いっきり迷惑をかけられているがな。


「私の師匠なら……分かるかもしれません」


「師匠?」


「はい、引退した歌姫の師匠です。帝都の郊外にいる……と思います」


「帝都ぉ?」


 ここからだと結構かかるぞ。飛空挺の発着場がある街までいくのも、フィレンからだと帝都に行くのより二~三日早いぐらいか? 


 たどり着いたときに乗れる飛空挺があるかもわからないし、何より飛空挺はそこそこ良い値段がする。直接帝都に行った方がまだ良いだろうな。


「なら、帝都に一緒に行くってことでいいな? 護衛は俺がするから」


「ええと……はい、いいです」


「いいのですか、ミディア?」


「こうなったら仕方ありません。巻き込んだのはこちらです」


「……きっと怒られるですね」


 何やら二人でブツブツと話しているがよく聞こえなかった。


「じゃあ、すぐにでも帝都に向かう準備を……」


「ダメです! 帝都に向かうのは同意しましたが、最低でも今日は安静にしていて下さい! 倒れたんですよ、もう数日は休んだ方が良いと思います」


 身体がだるいのは俺自身も認識しているし、そこまで言われちゃ無下にも出来ない。


「……わかったよ。とりあえず今日は休んでおく」


「そうしてください」


 満足そうにミディアが大きく頷く。

 そういえば帝国軍にどうにかして連絡を入れないとな。飛翔竜退治から逃げたようなこの状態はまだ解決していなかった。


 町長あたりなら長距離用の魔導通信機でも持っているか?


 これからのことを考えている時、コンコンと控えめなノックの音が響き、ドアが開かれたのだった。

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