第11話



 ――お前みたいなのがやれるわけないだろうが!

 ――身の程をしれ!

 ――この……魔力無しが!!


「……黙れよ、黙りやがれぇ!!」


 叫びながら手を伸ばした俺の目に飛び込んできたのは、全く見覚えなのない――どこかの部屋の天井だった。


「あ? 何だってこんなところに……」


 そこまで口に出したところで、手の甲にわけ分かんない紋章が薄く存在しているのに気付いた。


「これがあるってことは、あの黒い飛翔竜をぶった切ったのは間違いないみたいだな」


 無我夢中でブレードライフルを振るったせいで、微妙に現実感がなかったのだが、手の甲に存在する紋章が夢や勘違いではないと教えてくれていた。


 それにしても、これは何なんだろうな? 改めてよく見てみるが、赤い星のようにしか見えない。常に光っているわけではないみたいだな。


 この紋章のことも、黒い飛翔竜をぶった切ったときに涌き出た力も気になるが、一番気になるのは俺がご丁寧にベッドに寝かされていることだ。


 黒い飛翔竜を斬った後、確か俺はそのまま倒れた気がする。多分、受けたダメージや体力的に限界だったからだろう。


 それ自体はまだ理解出来る。

 なら、俺はあそこの森で横になっているはずだ。


 ミディアやレットが装備品込みの俺を運べたとも思えない。ミディアは歌姫って点を除けばどう見ても普通の少女だし、レットは……妖精だし、俺のポーチすら運べないんじゃないか?


 引き摺られて多少位置が変わっているのなら理解出来たんだがな――と、考えていたら何やらこちらに近づいていくる軽い足音が聞こえてきた。


 足音はこの部屋の前まで来たところで聞こえなくなった。

 その直後、部屋のドアがゆっくりと開かれる。


「レイアスさん! よかった……起きたんですね!!」


 パッと花が咲いたような笑顔でミディアが駆け寄ってきた。その手には、パンとスープが載ったトレーが握られている。


「お、おお。ここは一体?」


「ここは、フィレンの宿屋です。墜ちた場所から一番近い町……だと思います」


 フィレンというと、確か帝国西方の真ん中らへんの町だったか? 地図がないと確実な場所は分からないが、あんまり大きくない町だったのは覚えている。


「どこか痛いところとかありませんか?」


「うん? ちょっと身体がだるいけど、特に問題はなさそうだが……」


「レイアスさんは倒れてから一昼夜起きなかったんです。起きて本当によかった……」


 ホッと胸をなで下ろしたミディアの瞳は潤んでいるようにも思えた。

 丸一日寝てたのかよ。そりゃ、この反応にもなるわ。


「あまり、ミディアに心配かけるなです」


「うお!? お前どっから……」


「妖精が普段から見えていると狙われるとミディアから聞いてるのです。だから、普段は隠れているのですよ。お前がミディアと一緒に落下したときも隠れていたのです」


 レットは普段、ミディアの肩や懐といったところに魔法を使って隠れているらしい。落下の時は自分限定の防御魔法をかけた状態で寝ていたらしく気づきもしなかったそうだ。


 だから、墜ちたミディアに近づくまで気付かなかったわけね。

 今にして分かる新事実だが、俺が聞きたいのはそれではない。


「ええと、順を追って聞き――ぐぎゅるるるるるぅぅぅ!!!


 色々聞こうとした矢先、俺の腹の虫が魔獣の叫び声みたいな大きな音を立てた。


「あ、レイアスさんこれどうぞ! 私のと思って持ってきていたんですけど、食べて下さい。私はもう一個もらってきます!」


 矢継ぎ早にそう言って俺にトレーを押しつけた後、ミディアは部屋から出て行ってしまった。


 出鼻を挫かれたことになんだかなあ……と思いつつもやっぱり丸一日寝ていたってのは本当らしく、腹が空いてしょうがない。


 このまま、食べなければまた魔獣の叫び声みたいな腹の虫が鳴ることだろう。

 とりあえず食べるか。お、結構美味いな。


「お前、魔力無しだったのですね……」


「……むぐ? いきなりなんだ? 喧嘩売ってんのか?」


 ミディアが渡してきたパンとスープを口に運んでいたら、部屋に残っていたレットがいきなり不愉快なことを聞いてきた。


 てっきり、嫌みでも言ってきたのかと思ったが、こちらを蔑んだり、小馬鹿にしたりといった目つきをしていない。


「別に売ってないですよ。魔力無しじゃなきゃ、その紋章は出ないのです」


「紋章っていうと、これのことでいいんだよな?」


 手の甲をレットに見せつつ問いかける。


「それなのです。魔力無しだと知っていたら、ミディアがブローチを渡すのを止めたというのに……」


「それってどういう意味だ?」


 レットに再び問いかけてみたが、返事が返ってくることはなかった。

 代わりに何やらぶつぶつと愚痴のようなものを呟いている。


 この分じゃ答えてもらえそうにないな。どうしたものかと、スープを一啜りしたところで、


「お待たせしました!」


 タイミング良くミディアが帰ってきたのだった。

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