第9話



「GURUOOOOO!!!」



 もう一度咆えた黒い飛翔竜は、俺達を押しつぶすように飛び掛かってきた。大ぶりな攻撃ながら、その体躯を存分にいかした利にかなった攻撃だろう。


 とはいえ、ミディアを抱えていても避けられないほど、鋭い攻撃ではない。


「あっぶねえな……」


 俺達が居た場所を黒い飛翔竜は通り過ぎていき、ベチャベチャと瘴気を泥のようにまき散らしていた。その様子はかなりの嫌悪感を与えてくる。


 なんだろう、本能的に受け付けないっていうのか?

 加えて、今の攻撃と最初にミディアに飛び掛かった動きでなんとなく分かったことがある。多分、あの飛翔竜飛べないんじゃないか? 


 飛翔竜の厄介な所はそこそこの巨体で素早く飛び回りながら攻撃してくる点にある。だからこそ、群れの退治に飛空挺を使わなきゃならなかったわけだ。


 飛んでいるっていうのはそれだけで、強烈なアドバンテージになる。

 まぁ、俺の魔弾や魔法みたく遠距離攻撃の手段もあるが、百発百中じゃないし、


 で、それを踏まえると、この黒い飛翔竜が飛んでいないのはおかしい。

 最初のミディアへ襲いかかった時は瘴気沼からの奇襲ってことで飛ばないのは分かるが、その後は飛んだ方がどうか考えても有利だろう。


 未だ飛ばずに襲いかかってくる黒い飛翔竜の攻撃を躱しながら、そんなことを考える。


 ただ、飛べない代わりになんか普通の飛翔竜よりも素早いんだよな。

 陸戦特化にでもなったと言えばいいのか? 陸に対応した飛翔竜……それもうただの陸竜ドレイクじゃないか? 陸竜に翼はないけどな。


 これの妙な進化? が瘴気によるものなのかは分からないが、普通に倒せる魔獣なのかを試す必要がある。


 ある程度離れたところで、手近な木の陰にミディアを隠す。安全とは言い難いが、ここぐらいしかよさげな場所はない。


「俺がやるから、隠れてろ!」


「ええ!? 戦う気ですか!?」


「ぶっちゃけ、逃げたいんだがな……多分あいつはどこまでも追ってくるぞ」


 黒い飛翔竜の濁った瞳には最初から敵意が宿っていた。確実に俺とミディアを標的にしている。


 どうやら、瘴気に汚染されても、あの小型飛空挺に乗っていたのが俺達で、それが原因で墜ちたことを恨みに思っているらしい。


 そうなると、このまま逃げたところで、こいつは俺達を追ってくるだけだろう。

 上手く町まで逃げたとしても、町に常駐している警備兵と協力したって倒せるかも分からない。


 そもそも、故意に魔獣を町まで誘導すれば罪人だ。傭兵としての評判も地に落ちる。


 というわけで、俺達でなんとかする必要があるわけだ。ははっ、笑えねえっての。


「まずはここから引きはがす!」


 ブレードライフルを水平に構えて、魔弾を連射する。


 この近さだ、今回はスコープを覗いている暇はない。普段なら絶対にしない行動だが、何が効くのか分からない奴が相手だ。手段を選んでいる場合じゃない。


「GURUUUUU!?!?」


 黒い飛翔竜目掛けて放たれた魔弾は、奴の翼と胴体を貫いていく。おまけに、苦悶のような声が上がるところを見ると効いているみたいだな、このまま撃っていれば倒せるか?


 なんて思ったのがいけなかったのか、


「GURUAAAA!!!」


 黒い飛翔竜が活を入れ直すように一際大きく咆えると、魔弾で貫いた所が瘴気によって塞がれていく。


「自己修復とかありかよ……」


 再生力の強いオークあたりだと浅い傷が治るのは見たことがあるが、貫通した傷を一瞬で治す魔獣なんて見たことないぞ。


 なら、頭にぶち込めれば即死するんじゃないだろうか、と頭目掛けて再び魔弾を連射しようとするが、引き金を引いた俺の耳に届くのは魔弾の発射音じゃなくて、カチっという音だけだった。


「っち、弾切れか。散々飛翔竜の時に撃ったからなぁ……交換は、させてくれそうにないわな」


 魔弾はブレードライフル内に設置した魔石の魔力を使うことで放たれる。


 魔石の種類によって属性も変化し、魔石の魔力がなくなれば、弾切れ――魔弾はもう発射出来ない、というわけだ。


 魔石の交換は本来それほどの手間ではないのだが、黒い飛翔竜の目が完全に俺に向いているうちは出来るものではないだろう。


「GURUOO!」


 あの黒い飛翔竜も俺が魔弾――先ほどと同じ攻撃が出来ないことに気付いたのか、短く咆えると再び飛び掛かってきた。


「そう簡単には当たんねぇっての!」


 だが、俺がそう回避するのは予想していたと言わんばかりに、一回転され尻尾が薙ぎ払われる。


「いっ!?」


 なんとかブレードライフルを身体の前に滑らせて防ぐことには成功したが、思いっきり弾き飛ばされてしまった。


「あっぶねえ……ちょっと痺れたか?」


 手をもみほぐすように短く開いて閉じてを繰り返す。


 防ぐついでに切り返してみたのだが、じわじわと斬りつけた傷が塞がっていく。

 やっぱり、普通の魔獣とは違うみたいだな。


 こうなると俺に出来そうなのは時間稼ぎだけだろうな。


「ミディア! 『聖歌』を頼む! こいつはやっぱただの魔獣じゃない!」


「わ、分かりました――すぅ、La~~~~~~」


 俺が言い終わるのとほぼ同時にミディアが歌い出した。


 やっぱり妙に心に残る歌声だな。

 ミディアの歌声が響く中、黒い飛翔竜は痛苦の叫び声を上げていた。


「GURUOOO!?!?」


 悶えるように首を大きく横に振って、暴れ回っている。あいつが嫌がっているってことは、効いているってことだ。


 そのまま浄化されてくれれば良かったのだが、効き目が薄いのか、あいつが耐えることを選択したのかは分からないが、黒い飛翔竜はゆっくりとあたりを見回す。


 そして、自分を苦しめている元凶――『聖歌』を歌うミディアを見つけると、


「GURUAAAAA!!!」


 濁った瞳をぎらつかせ、ミディアの元へと翼で交互に地面を蹴るように移動し始めた。


 あの速度ならミディアが盾代わりにしている木ごと吹っ飛ばしかねない。

 だけど、今の今まで相手していた俺の事を無視しすぎじゃねえのか!


「行かせねえ!」


 黒い飛翔竜の移動に合わせるように横合いか真一文字にブレードライフを振るって、胴体から足を目掛けて、大きく切り裂く。


「GURUOOO!?!?」


 ズダァン!! とど派手な音を立ててすっころんだ黒い飛翔竜は、勢いがつき始めていたことも相まってすぐには起き上がれないらしい。


 バタバタと溺れているみたいに地面でもがいていた。

 さっきよりも斬った手応えがあるな。ミディアの『聖歌』は効いているみたいだ。


 そのうえ、斬った傷が一瞬では回復していない。じわじわとは傷が埋まっていくように見えるが、それよりも早く、多く斬りつければいけるだろう。


 ブレードライフルを中段に構え、駆け出そうとする俺の瞳に首から上だけを向けた黒い飛翔竜が見えた。


 何をする気か知らないが、わざわざ頭を差し出してくれるなら好都合だ。首を切り裂いてとどめを刺す。


「GURUAAA!!!」


 そう意識する俺目掛けて、黒い飛翔竜は頭を一拍仰け反らせた後、口から何かをはき出してきた。


「ブレス!?」

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