第8話

 なんだこの感覚!? 新人の時に初めて魔獣と戦った時でさえ、こんなにやばそうなもんを感じたことはないぞ!?


 本能的に何かを感じ取ったのか、いつの間にか俺の手にはブレードライフルが握られていた。


 どこから来る!? と身構えるもこの悪寒の正体が現れる様子はない。

 こっちに来るつもりはないのか? もしくは、こちらを認識していないか……。


 それなら、このままこの場を離れた方がいい。

 だが、俺の意見が採用されることはなかった。


「これは……いけません!?」


「待つのです、ミディア!」


「おい、お前ら!?」


 俺の考えを伝える前に、ミディアが駆けだしてしまっていたからだ。

 すでにレットもミディアを追いかけて飛んでいってしまっていた。


 アイツは俺の言うことなど聞くつもりも無いだろうがな。


「しょうがねえなあ……」


 依頼主がいく以上、俺もついていくしかない。救いは太陽の方向と落下前にいた飛空挺の位置から、街道とはそこまで離れていなさそうってことか。


 念のためにブレードライフルを握りしめた状態で追いかけていく。


 先行されたとはいえ、少女の足……おまけに不整地の森の中だ。追いつくのにそう時間はかからなかった。


 もっとも、俺が追いついたときにはミディア達は立ち止まっていたが。


「「…………」」


「おい、一体何があっ……」


 無言で立ち尽くすミディア達に声をかけたところで、その原因らしきものが俺の瞳にも映る。


「こいつは……」


 俺達の視線の先にあったのは黒い沼? 池? とでも呼ぶような代物だった。

 ただ、普通の沼や池と違い泥なんかの汚れでこうなっているわけじゃなさそうだ。


 表面がゴポゴポと泡だっているし、なんというか碌なもんじゃなさそうなのがひしひしと伝わってくる。


 これは一体……と戸惑う俺の心を見透かしたようにミディアが短く答えた。


「瘴気です」


「瘴気? これが?」


 歌姫が浄化していると言われる瘴気か……。俺は初めて見るな。

 瘴気を浄化するような高尚なものに傭兵が関わることなんてまずない。ミディアにあったのだってただの偶然だ。


「で、これ浄化すんのか?」


 瘴気を感じ取ってここまで来たってことは浄化するつもりなんだろう。

 歌姫が浄化するところなんてレアなもんが見られるなぐらいに思っていたのだが、返ってきたのは予想だにしない言葉だった。


「無理です」


「は? だって、お前歌姫なんだろ?」


「こ、こんな大きいのしたことありません」


「マジかよ……これって放っておいても大丈夫なのか?」


 おそらくこのことを帝国軍にでも知らせれば、後日、別の歌姫がやって来るだろう。


 だが、今目の前に見えるものは放置しても大丈夫なのだろうか。俺には瘴気のことは全くわからないが、なんとなくそう思った。


「それは……ええと、わかりません」


 ミディアは消沈したように首を振った。

 歌姫でわからないならどうしようもないが……。


 こいつこんな大きいのはしたことがないってだけで、浄化が出来ないってわけじゃないんだよな、多分。


 なら、


「――出来る力があって、やらないってのはあんま好きじゃねえな」


「え?」


「お前、今?」


 自分でも殆ど意識しないで出た言葉だった。その証拠にミディアとレットもまじまじと俺の方を見つめていた。


 こんなこと言うなんて俺らしくないな。ミディアの未熟者って言葉に影響でも受けたか? バカらしいと頭を振るう。


「いや、なんでもない。なら、早いとこ……」


「や、やってみます!」


「誰も無理にやれとは――」


「やります! 私が決めたんです! それにこれくらいできないとお――……」


 最後になんて言ったのかは聞こえなかったが、やる気になったのなら、俺はそれを見守るだけだな。ブレードライフルを構えて、魔獣が現れてミディアの邪魔をしないかどうかあたりを警戒する。


 俺が警戒しだすのとほぼ同時に、ミディアは大きく息を吸って歌い出した。


「~LaLa~~~~LaLaLa~~~~~La~~~~」


 これが歌姫の『聖歌』を使った浄化か。どこかあたたかみのある歌声が身体に染み渡っていく気がする。


 沼のような瘴気はミディアの歌声に呼応するように端から地道に消滅していく。


 半分ほどになった瘴気の沼を見つつ、あんだけ不安そうにしていてもやっぱり歌姫なんだな……と俺が思ったときだ。


 強烈に湧き上がる嫌な予感。狙いは――ミディアか!?


「間に合え!!」


「La~~きゃっ!?」


「ミディア!?」


 俺が駆け寄って抱きかかえ、その場から離れた直後、そいつは現れた。


「GURUOOO!!!」


 バッシャァアァァァァ! と濁った瞳で体中をどす黒く染めた――でかい飛翔竜が残っていた瘴気沼からミディアに飛び掛かったのだ。


 体の色や瞳は全く見覚えがないが、その大きさだけは既視感のあるものだった。


「こいつまさか……一緒に落下した奴か!?」


 てっきり、あの落下で死んだと思ったんだが、生きてたってのか!?


 黒い飛翔竜は濁った瞳で俺達を見つめていた。翼は落下のせいなのかボロボロで、瘴気が端からポタポタと泥のように垂れている。


 一体こいつは……?


「瘴気に汚染された魔獣!? いえ、むしろここの瘴気と一体化している?」


「そいつはどういうことだ?」


「たぶん、あの飛翔竜はこの瘴気に落下して、瘴気に取り込まれたんです。本来ならもう少し瘴気に染まりきってから、あたりを汚染すべく暴れさせるつもりだったのでしょうが……私が浄化を始めたことで消されては敵わないと飛翔竜と一体化して襲いかかってきたのだと思います。見て下さい」


 見れば、確かに瘴気の沼は空っぽになっていた。残っていた分もこの黒い飛翔竜と混ざり合ったってことだろう。


「瘴気ってのはそんな生き物みたいな判断ができんのか?」


「分かりません。こんな魔獣が出てきたのは初めてですから……」


「来るですよ!?」



「GURUOOOOOOOOO!!!!」



 一際大きく咆えた黒い飛翔竜がその濁った瞳を俺達へと向けて来たのだった。

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