第6話


「よかったのです! ミディア起きたのです!!」


「レットちゃん……? ええと、ここは?」


 少女が起きた途端、この妖精は俺とのにらみ合いを一方的に止めて、少女の頭に抱きついた。どうやら本気で心配していたのか、目の端には涙も見える。


 ただ一方で少女は妖精がなんでそんなことをするのか、よく分かっていない様子でどこか困惑しているように感じられた。


 その光景になんとなく毒気を抜かれた俺は少女に語りかける。


「アンタと俺は小型飛空挺で飛翔竜にぶつかって墜落したんだよ。覚えてないのか?」


「? ああ!? そうです! 墜ちたんでした!? ど、どうしましょう……」


 俺の言葉で状況を理解したのか、少女が何やらあたふたと視線をせわしなく動かす。墜ちたのは予定外だったんだろうが、あんなの俺も予定外だっつうの……。


「そもそも、アンタ飛翔竜討伐の飛空挺あんな所で何してたんだ? どう見ても傭兵には見えないし、帝国兵でもないよな?」


「それ、お前に関係あるのです?」


 とりあえず、この小生意気な妖精は無視することにして少女をジッと見つめると、少女はどこか居心地が悪そうに身体を動かしながら言葉に詰まった。


「ええとですね……」


「話したく無いってことか?」


 そうなると、俺も少々手荒にせざるを得ないかもな。なんて、考えているのが伝わったのか、少女は首を横に振る。


「いえ、お話しすることは構わないのですが、その前に……」


「その前に?」


「出ても良いですか? ここ、狭いんです」


 そういえば、墜落した小型飛空挺のコックピットに座りっぱなしだったな。飛空挺のボディもひしゃげているせいか窮屈そうだし、出た方が会話もしやすいか。


「別に構わないぞ?」


「ありがとうございます……んんっ!」


 きゅぽんっ! とコックピットから出てきた少女はローブや服のしわをある程度直すと、俺へと視線を向ける。


「まずは自己紹介からでいいですか?」


「あ、ああ。いや事情だけ聞ければ良かったんだが……」


「ええ、その方が話やすいと思ったんです。いけませんか?」


 そう問われた俺は少女の少しズレたような態度になぜか圧されて無言で首肯してしまった。


 最初は変な少女だな、としか思っていなかったが、もしかして結構良いところの出だったか? だとしたら変に聞こうとしたのは失敗だったかもしれないな。


 しかし、今、俺は不本意ながら飛翔竜退治から逃げた状態になっている。


 この少女のことも含めて帝国軍に説明しないと報酬が減額されたり、報酬無しにされたりするかもしれない。下手すれば傭兵として仕事から逃げた……なんてことになり、傭兵生命が終わりかねない。


 やっぱり、ここは聞いておく必要があるだろう。

 覚悟を決めて、少女の言葉を聞き逃さないよう意識する。


「私は赤の歌姫――ミディア・イッシュメントといいます。この子はお友達のスカーレット――レットちゃんです」


 ほー、なるほど赤の歌姫ね――赤の歌姫?


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 この少女――ミディアが『赤の歌姫』だと!? 


 歌姫っていうのは『聖歌アリア』と呼ばれる特殊技能? 能力? が使える人間を指す言葉だ。


 一説によれば歌姫っていうのは数十万~数百万人に一人いるかいないか、とかいう話も聞いたことがあるが、俺は学者じゃないんで細かいことは知らん。


 それで、そんな滅多にいない歌姫が何をするのかというと、『聖歌』を使って、大地に溢れ出た穢れを消し去ってくれる各国にとって非常に有益な存在のわけだ。だから、敬う奴らもいたし、敬いまではしなくても敵対視するやつは殆どいなかった。


 ――黒の歌姫の凶行が起きるまでは、だがな。


 黒の歌姫が侵攻に使用したとされる謎の軍団は『聖歌』とは別の歌姫の能力だ! なんて声もあるぐらいだしな。


 黒の歌姫の一件があってから、どの国も歌姫へ向ける監視や出入国にはかなり厳しくなっていたはず。


 ただ、一括りに歌姫って言ったって、国に所属している奴もいれば、教会に所属している奴もいるし、個人的に活動している歌姫だっている。

 だから、一概に歌姫=敵とは出来ないのが難しいところだよな。


 黒の歌姫は例の一件の前から知っていたが、俺は赤の歌姫とやらの存在を聞いたことはない……いや、待てよ。帝国に秘密裏に所属している歌姫がいるとかいう噂話があったかもしれない。


 この少女が本当に赤の歌姫と呼ばれる存在なのかは分からないが、自分で名乗る以上そうだとしておこう。歌姫を詐称した場合の罪は各国共通で重いからな。


「そ、それで赤の歌姫さんが、なんで飛翔竜退治のための飛空挺に乗っていたので?」


 なるべく普通に話したつもりだったが、全く予想していなかった回答に多少声がうわずってしまった。


「私は黒の歌姫に会いたい……いえ、会う必要があるんです。そのために、密航しました」


 絞り出すような声で告げるミディア。その瞳はどこか憂いを帯びているように感じられた。


 妖精レットもそんな、ミディアをどこか悲痛そうに見つめている。


 黒の歌姫に会いたいねえ……。あんな危険人物に何の用があるのかは知らんが、歌姫同士なにか事情があるのかもしれないな。


 ただ、それ以上に気になったのは――


「あの飛空挺……西方に向かって飛んでいたんだが? 間違えたのか?」


 そう、俺達が乗っていた『リベルターレ』は帝国西方の上空で飛翔竜の群れを討伐し、その後手近な空港に着陸する予定だった。


 黒の歌姫に会いに行くのなら北へ向かわなければならないはずだ。どう考えても方角が違う。


「いえ、帝都から直接行くのは無理だと思っていたので、とりあえず移動できれば良かったんです」


「なるほど? でも、なんでわざわざ飛翔竜退治の飛空挺に? 忍び込むにしても西へ向かうなら旅客用のもあっただろうに」


「ええと、恥ずかしながら西に行く飛空挺としか知らなかったので、たまたま乗り込んだだけで、特に理由とかはありません」


 まじかよ、じゃあコイツが乗ったのは偶然ってことか? だったら、なんで……


「どうして飛翔竜との戦いの最中に艇内に駆けていくなんて怪しい行動を取ったんだ? 密航したのなら大人しくしていればそれで済んだだろうに。誰かに見つかったってわけでもないんだろ?」


「警報の鐘に驚いて様子を伺っていました。このまま戦いが終わるなら、またひっそりと隠れていようと思ったのですが、近くで飛空挺が爆発して皆さんの焦るような声を聞いたらここも危ない! って脱出しようとしたんです」


「いやいやいや!? 俺が聞いたら無言で小型飛空挺に乗り込もうとしていたじゃないかよ。あの時、普通に答えていてくれれば――」


「いきなり高圧的に問い詰められたものですから混乱してしまって……。私の事を何か害をなす存在と決めつけていたようですし、密航者ではあるのでなんとか逃げなきゃと」


 はっず!? 俺、メチャクチャ恥ずかしい奴じゃん!?

 何が『その小型飛空挺で何をするつもりだ?』だよ!? 


 ミディアはただ飛翔竜と爆発に焦って小型飛空挺で脱出しようとしていただけじゃねえか!? 俺の予想、全部勘違いかよ……。


 なんか思いっきり疲れた。無駄骨を折ったというか、妙なやるせなさが俺を襲ってくる。


 こんなの帝国軍に伝えて納得してもらえるか? ある程度は納得してもらわなきゃ、今回の収支はマイナスだぞ。


 そもそも、まずはこの森から出て町に行かないと。


「それで、ですね。傭兵……なんですよね?」


 これからのことを思案する俺にミディアがおずおずと言った様子で声をかけてくる。何か聞きたいことでもあるのか?


「ん? ああ、そうだが? それがどうかしたか?」


「いえ、お願いがあるんです。ええと、すいません。傭兵さんのお名前は?」


 首を傾げ、問いかけてくるミディア。

 そういえば、俺の名前……教えてなかったっけか?


「レイアス・オースティンだ。お願いってのは?」


「はい、私を護衛してくださいませんか?」


 ミディアは澄んだ瞳で力強く見つめてきたのだった。

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