第1話


 ――ヴェスティア帝国・西方上空 第三飛空隊 旗艦『リベルターレ』甲板



「今の所、敵はなしっと。どうせならこのまま現れないで、基本報酬だけ貰って帰りたいっすねぇ」


「おいおい……なに弱気なこと言ってんだよ。エリク、お前それでも傭兵か?」


 双眼鏡から目を離し、なんとも情けない発言をしたエリク・ダッシュモンドに対し、俺――レイアス・オースティンは呆れた眼差しを向ける。


「えー、だって飛翔竜っすよ、一匹や二匹ならともかく。群れを相手にしなきゃならないなんて、最悪死ぬじゃないっすか!」


「その分、倒せば倒した分だけ報酬も上乗せされるだろうが。おまけに、帝国飛空隊付き。これで文句言ってりゃ、傭兵なんかやってられねえって」


 俺達が今乗っている『リベルターレ』を含め、この場には帝国が所有する飛空挺が三隻存在している。いずれも今回の飛翔竜討伐のために駆り出されたものだ。


 ただし、戦闘員の約半分は俺みたいな傭兵だったりする。


 本来、飛翔竜の群れといえど帝国飛空隊だけで十分倒せる相手だ。わざわざ傭兵を雇う必要などないはずなのだが――


「……黒の歌姫ディーバのおかげかねぇ」


「ちょっ!? 流石にその一言はまずいっすよ!?」


「誰も聞いてないだろ?」


 あたりを見渡しても、こちらに注目している人間は一人もいない。


 先ほどのエリクのように双眼鏡をのぞき込むやつや武器のチェックをしているやつ、俺達みたく話しているやつらもいる。


 などと、思っていたら背後からカチャリと鎧の音と一緒に怒鳴り声が聞こえてきた。


「そこの傭兵! 何を無駄話している!!」


 やばっ、聞かれたか? と振り返れば、帝国騎士の鎧に身を包んだ鋭い目の男が端正な顔を歪ませて立っていた。


 たしか、今回の隊長を務めている……誰だったけかな。


「いえ、ちょっとした傭兵同士の雑談です、えーっと、隊長殿?」


「任務中に私語だけでもたるんでいるというのに名前も覚えていないのか!! ギリアム・デューカスだ!! いいか、傭兵共怠けるんじゃないぞ! 全く、栄えあるヴェスティア帝国ともあろうものが、魔獣退治に傭兵を雇わねばならないとは嘆かわしいにも……」


 会話の内容までは聞こえていなかったのか、こちらにひとしきり文句を言うとギリアムはこの場を離れて他の傭兵の様子を見に離れていった。


「勘弁して欲しいっす。聞かれたかと思って肝が縮んだっすよ……にしても帝国の隊長さんメチャクチャ、苛立ってるっすね」


「そりゃそうだろ? 黒の歌姫のせいで帝国北部は未だ落ち着いていないらしいからな。今回の飛翔竜の群れだって、その余波って話だし」


 黒の歌姫――半年ほど前に帝国北部と皇国南部の一部地域を占領し、一瞬にして世界的犯罪者となった存在。


 ただ最初の占領以来、黒の歌姫から何か要求があったわけでもなく、自分から積極的な行動は起こしていないらしい。


 それが逆に各国に不気味さを与え、緊張状態となっていた。


 帝国が魔獣退治に傭兵を使うようになったのも、正規軍の大半を黒の歌姫の対応に当てているためだ。


「黒の歌姫のせいで魔獣の生息域も変わったって話っすからね。その証拠に世界各地で魔獣が暴れているとか。飛翔竜の群れなんて滅多に見なかったってのに……」


「何を考えて帝国や皇国に喧嘩売ったのかは知らないが、俺達はお得な仕事に有り付けることを有り難がってりゃいいんだよ」


 そんな風にエリクと会話していると、前方に広がる雲に違和感を覚えた。


「あ?」


「ど、どうしたんすか?」


「ちょっと貸せ」


 急に訝しげな声出す俺にエリクが問いかけてくるが、答えずに俺はエリクの持っていた双眼鏡を手に取るとのぞき込んだ。


 雲の切れ間に一瞬見えたのは間違いじゃないみたいだな。


「助かったぞエリク。んでもって、急いで中のヤツらに知らせてこい……仕事の時間だ」


「うえ!?」


「早く!」


「わ、分かったっす!」


 ドタドタとエリクが勢いよく艇内へと駆け出していく。他の傭兵や帝国兵へ知らせるのはエリクへと任せるとして、俺は先制攻撃といくかね。


「うるさい――っ、またお前らか!」


 流石に慌ただしかったのかギリアムが再び詰め寄ってくるが、俺はそれを気にもとめずに自分の武器相棒であるブレードライフルを背中から抜き放つとそのまま構えた。


「いきなり武器を構えて何のつも――」


「隊長さんよ、来たみたいだぜ」


 俺の行動に疑問を呈するギリアムに簡潔に伝える。


 スコープの先に見えるのは羽ばたく飛翔竜の群れ。この距離ならおそらく肉眼でも確認出来る距離だろう。


 飛翔竜共もこちらに気付いたのか、どいつもこいつも徐々に速度を上げて飛空挺に向かってきていた。


「なっ!? 飛翔竜を確認! 繰り返す、飛翔竜を確認!! 警報を鳴らせぇ!!」


 カァンカァンカァン!! と喧しいベルの音と共に甲板と艇内も騒々しくなっていく。


 それに合わせるかのように飛翔竜の群れも加速してきた。



「「「「「「GRUAAA!!!」」」」」」



 遠くから響く飛翔竜の咆哮を聞いて、俺は自然と笑みがあふれ出てしまっていた。


 なぜかって? そりゃ、もちろん。


「稼ぎ時だぁ!!」


 先頭の飛翔竜に向けて一発の魔弾を放ったのだった。


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