バンブツ・パルクール

サムライ・ビジョン

第1話 夕暮れどきのことでした

「ダメよジャック! 待ってー!」

土曜の夕方。住宅街を歩いていると、公園の入口からゴールデンレトリバーが見えた。

赤いリードを引きずりながら、ただ一直線に走っている。

ゴールデンレトリバーの目線の先には小さな女の子がおり、このままでは彼女は大怪我をしてしまうかもしれない。

そう思った俺は女の子の子のもとへ走る…

…ようなことはせず。


 ゴールデンレトリバーに

どういうことかと言えば、そういうことだ。それ以上でもそれ以下でもなく…俺は体ごとゴールデンレトリバーに乗り移り、ゴールデンレトリバー自身になったのだ。

人間だった頃の俺の姿はもう路上にはない。俺は、人間以外のすべての人工物や動植物に乗り移ることができるのだ。


(…速い速い…よいしょっ! …よし)

全力疾走するゴールデンレトリバー。その脚になんとかブレーキをかけて、なんとか女の子にぶつからずに済んだ。女の子も女の子で犬の俺をぽかんと見つめている。

 「はぁ…はぁ…ジャック…なんで急に…はぁ…でも…止まってくれてよかったよ…ごめんね! 怖がらせちゃったよね!」

飼い主の女性は息を切らしながらも「俺」に追いついたようだ。


「ワンちゃんさわってもいい?」

「うん。いいよ」


女の子は頭をポンポンと撫でてきた。ひとまず尻尾を振っておこうと思う。


「うふふ…しっぽふってる!」

「そうだね〜 この子も撫でてくれて嬉しいって言ってるみたいよ」


正直この子のぎこちない撫で方はそれほど気持ちよくない。とりあえず、この子の親が来て連れて帰ってもらえれば、それが一番いいんだけど…いま普通のゴールデンレトリバーに戻れば、また女の子を襲うかもしれないし。


 「マキ〜」

「あ、ママだ!」

よかった。お母さんが来てくれたようだ。


「すみませぇん…ワンちゃん触らせてもらっちゃって…」

「いえいえ! この子も撫でてもらって嬉しそうですし!」

「…マキ、そろそろお家に帰ろっか。ちゃんとお姉さんにもお礼言ってね」

「うん。おねえさん、ワンちゃんさわらせてくれてありがと」

「どういたしまして〜 …では私もこれで」


 公園を出た女の子と女性は、お互いにバイバイと手を振った。

女性はしっかりとリードを握っているし、あの女の子とも反対の方向に歩いている。

(そろそろ戻るか)

俺は周りに人がいないのを確認したのち、ゴールデンレトリバーから抜け出した。


 「うおお!? 急にどうしたの!?」

案の定、女性は困惑している。無理もない。俺が乗り移ったのはあのゴールデンレトリバーが突進していたときだ。俺が抜け出すと、俺が乗り移る直前の状態に戻るのだ。

だから今…女性からしてみれば「ついさっきまで大人しかった飼い犬が急に走り出した」ようなものなのである。


「…クーン?」

ゴールデンレトリバーも困惑している。

さっきまで公園で女の子に突進していたはずなのに、気がついたら目の前に誰もいなくなったどころか、そこは公園ですらなくなっているのだから。


 結果として飼い主は「自由気ままな犬だ」と勝手に納得し、ゴールデンレトリバーだけが「なんで自分は道路にいるんだ?」と、ひたすらに不思議な経験をしたのである。


 「ただいまー」

その日、俺はそのまま帰宅した。

「おかえり〜 なんかいいことあったの?」

ソファでテレビを観ていたお母さんはそのようなことを聞いてきた。上機嫌な様子が顔に出ていたのだろうか?




「うん。さっき公園で女の子助けたんだ」

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