お地蔵さんの祟り
羅
お地蔵さんの祟り
“あ、俺死ぬんだ。”
ヘッドライトが眩しく光る。運転席の女は、人を轢くという恐怖に
お地蔵さんの、不気味な笑みが見えた。
「くそっ!」
ガンッ!
激しい、そしてどこか小気味の良い音を立てて、蹴りをくわえた立て看板がクシャリとひしゃげる。しかし、しばらくするとポコンポコンと、立て看板は元の姿へとゆっくり戻っていく。良く出来たホログラムだ。最近の看板は皆こうだ。酔っ払いの良い憂さ晴らしとなっている。
「くっそ!あのバカ上司がっ!」
いくつかの会社を首になり、転々として、ようやく地元の今の会社に落ち着いたのだが、今日は上司と喧嘩をしてしまい、帰り道の飲み屋街で飲み歩き、大した量でもないのに酔っ払い、結果俺も例にもれず、そこら中の看板を蹴りまくっていた。
何だか蹴りをくわえると、次の看板が目に入り、また蹴りをくわえると、次の看板が目に入り、といった具合で、テンポ良く蹴れるものだから、ついつい調子に乗ってしまった。
「ん?」
何回か蹴った後、視線の先にポツンと佇むお地蔵さんを見つけた。飲み屋街にお地蔵さんという違和感のせいか、何故かヤケに目についた。
ニヤリ
最近はこんなものまでホログラムになっているのかと、蹴ることにすっかり慣れていた俺は、酔っ払っていたこともあり、深く考えることもせずに、一度笑うと、勢いをつけて、そのお地蔵さんに蹴りをくわえた。
ゴッ!
「⁉」
足にひどい衝撃があった。
「いっったぁーっ‼」
立て看板と同じく、ホログラムだと思っていたお地蔵さんは、ホログラムなどではなく、その場にきちんと存在していた。
ひとしきり痛がった後、お地蔵さんに目をやると、お地蔵さんには頭がなく、なくなった頭は、ゴロリと地面に転がっていた。お世辞にも運動神経が良いとは言えない俺が、石の塊を蹴り壊すなど信じられなかった。
こちらを向いていたお地蔵さんの目は、どこか悪意を持ってこちらを見ているように見え、『祟り』を連想させた。
「……」
最近はホログラムなんぞという技術が使われるようになり、道端にあるものは大抵が現物からホログラムに置き換わっておった。木々、砂利道、看板、標識、信号機…
もちろんその場になければ困るもの、ポスト、自販機、ガードレール、ベンチ…それらは実際そこに存在しておる。
そういった考えでいくと、儂なんかはホログラムに置き換わってもちっともおかしくないんじゃが、儂はこうやって、今も実際にここに存在しておる。
あぁ、厳密に言えば、儂ではなく、儂をかたどった像ではあるのじゃが…何ぞ罰でも当たると思うのか、ホログラムには、まだなっておらん。とは言え、自分のことながら、そこにおる必要が本当にあるのじゃろうか。じゃから、誰ぞが儂をホログラムと勘違いしても、それは致し方あるまい。
そしてある晩、まさしくそんな儂をホログラムと間違えて蹴り、結果、図らずも儂の頭を体から離してしまった男が…あぁ、少し言い方が回りくどいかの?
わかりやすく言っておこうか。
ある晩、地蔵の頭を蹴り落すような、罰当たりな男がおった。
キーコ、キーコ、…
昨日の件で、俺は自転車を使って通勤していた。お地蔵さんという、石の塊を蹴り壊しておいて、骨までいってなかったのは驚きと言うしかないが、いつものように歩いて通勤することは難しく、とは言え、自動運転の安いタクシーにすら、乗る金のない俺は、たまたま新車を買ったことで、使う必要のなくなった、妹の自転車を使って通勤しているというワケだ。歩くことが難しい程の怪我なのだから、自転車もかなり厳しいワケだが、ペダルに乗っけているだけだからか、足にそれ程痛みもなく、どうにか乗れていた。
シャー…
下り坂になって、かなり楽になった。
「…」
昨日のお地蔵さんの場所が近づいてきた。今朝は珍しく霧がかかって辺りが見えにくいが、大体の場所は覚えていた。
ゴッ
「⁉」
なるべくお地蔵さんの方を見ないようにとしていると、注意力散漫となっていたのか、通り過ぎる辺りで、何かに車輪が乗り上げ、バランスを崩した。足の怪我で踏ん張りの利かない俺は、自転車が動くがままに、車道へと向かって行き、最終的に自転車から落ち、車道へと放り出された。そして冒頭のシーンとなるワケだ。
あー…そうじゃな…、霧を発生させ、昨日破壊された体の欠片に自転車を乗り上げさせ、バランスを崩した自転車を車道へと誘導し、最後に男を車道へ放り出し、男の命を奪う。そんな儂の祟りの話をイメージさせたかもしれんが、そうではない。誤解せんでくれ。
ゴロン
俺と自動車の間に、何かが転がってきた。自動車の前輪はその何かに乗り上げ、倒れた俺の上を通過していった。すぐに浮いた自動車は落ちてきたが、幸い倒れた俺を潰すほど車高は低くなく、すぐに後輪も同様に跳ね上がり、俺の上を通過していった。
全く奇跡としか言いようがない。
車は少し先で急停止したようだ。
「……」
霧で周りがよく見えない、朝の飲み屋街の静けさということもあって、しばし時が止まったようだった。
バタンッ
タタタタタッ…
自動車の運転手が、慌ててドアを開けて駆け寄ってくるのが音でわかった。
「だ、大丈夫ですかっ⁉」
男は儂の頭を蹴り落したあの晩、足を抑えながら立ち上がり、その足を引きずりながらも、儂の頭を抱え上げると、儂の体の上にその頭を乗せた。そして落ちないのを確認してから帰っていった―
―じゃから儂は頭を蹴り落したのを許し、儂の頭を自動車と男の間に転がし、自動車の車輪を跳ね上げ、男の命を救ってやったというわけじゃ。
――
…じゃから、そんなワケなかろう。ある日突然頭を蹴り落した男を、それを元に戻したからそれでチャラって…
そんな事で満足するかっ!
小さい頃から、雨の日も風の日も雪の日も、毎日毎日お参りに来てくれて、ある日いつものようにお参りに来たら、頭がはずれて体に乗っかっているだけということにたまたま気が付いて、気になるから会社を遅刻してまで、役所に連絡して、業者に修理を依頼して、…なんていう馬鹿が付くほどのお人好しの娘がおったら、…まぁ、話は変わってくるがの。
ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、…
―その娘が初めてやって来たのは、母親に抱かれてじゃった。家がすぐ近くじゃったのか、前を通る度に母親を真似て手を合わせて、その内一人でやって来れるようになって、毎日のようにお参りしていくようになった。たまに何気ない日常を儂に話していき、初恋をした時なんぞは、周りに注意しながら、密かに相手の話を儂にしていった。もちろん縁結びも頼まれたかの。
―今時珍しい、触れるとそのまま音を立てて崩れていくんじゃないかと思える程、純粋で、幸せそうな娘じゃった。じゃから、儂は少ぉしばかり力を使って、
男を近くで働くように仕向けて、
ある晩、酔っ払わせ、
儂の所へ来るまでにホログラムの看板をいくつか蹴り飛ばさせ、
抵抗なく蹴りを放てる気分にさせ、
その後儂に気付かせ、
歩くのに支障が出る程度に怪我をさせ、
その時儂の頭を落とし、
儂の欠片を少しばかり、次の日の自転車の通り道に残しておき、
翌日いつものようにお参りに来た娘に、儂が壊れていることに気付かせ、
男の出勤時間にかち合うように時間調節し、
朝から霧を発生させておき、
男の妹に新車を買わせて、自転車を使えるようにしておき、
自転車で出勤できる程度に足の痛みを抑えて、
昨日の欠片に男を自転車で乗り上げさせ、
車道へと誘導し、
自動車でやって来た娘の前に放り出し、
男が死なんように、昨日壊れた儂の頭を自動車と男の間に転がし―
…まぁ、器の小さい男で少し不満はあるが、娘が想い続けていた男との縁結びをしてやったというワケじゃ。
ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ…
…ん?そこまでの力があるなら、回りくどいことせずに、すんなり縁結びをしてやったらどうじゃって?
……
じゃって暇なんじゃも~ん。日本各地に儂の像を残してくれておっても、日に日に願い事する者の数は減っていって、お前さんの言う、そこまでの力があるのに、使う機会がほとんどないんじゃもん。
力っていうのは、あるなら、やっぱり使わんとの。権威、金、ダイナマイト、原子力、そして神通力…まぁ、どう使うかは、使う者次第じゃがの。
お主の近くに儂は居るか?
いや、出血大サービスじゃ。今、心の中で思うだけで、お主の願いを叶えてやるぞい。ほれ、思うてみぃ。
「……」
ニッ
よかろう。叶えてやるぞい。
言葉とは難しいもんじゃのう。悪い話と思えば、悪い話に。良い話と思えば、良い話に。
『器の小さい男』とは、それは良い人としてか、それとも悪い人としてか、どう小さいのかの?
あぁ、どんな男かは『わかりやすく』説明しておったかのう?
『そんな事で満足』とはチャラって話か、それとも、儂の力をどう使うかの話かのう。力はやはり使わんとのう。
はて、儂はどうして『少ぉしばかり』力を使ったんじゃったかのう。縁結びのためか、それとも、何かを壊したり、崩したりするためか?
娘とは、『今時珍しい』どんな娘じゃったかのう。男と結ばれた娘はこの先、……
力を上手く使えた時、お主ならどうする?
儂なら、…『笑み』でも浮かべるかのう。
ヒャッ、ヒャッ…
全て確認して、もう一度、始め、から読めばわかるかもしれんのう。
何度も言うが、力っていうのは、あるなら、やっぱり使わんとの。まぁ、どう使うかは、使う者次第じゃがの。
そう言えば、『お主の願い』、必ず叶えてやるぞい。次は少ぉしばかりと言わず、もっと…
ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ…
お地蔵さんの祟り 羅 @LaH_SJL
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★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 30話
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