閑話 恋する乙女は時に無謀である

(???視点)


 これは天宮 悠あまみや ゆうが陸上自衛隊の小暮一等陸尉に確保される七時間前に起きた出来事である。




 防御結界……無駄でしてよ?

 魔法・魔術の技でわたしに拮抗出来る者がどれだけ、いるのかしら?

 限られてますわね。

 そして、私を止められる者など、いませんでしょう?


 結界を無かったもののように通り抜けてから、半径三十メートル以内の生命あるものをすべからく、深い眠りへといざないます。

 これで大丈夫ですわ。


 彼の部屋は二階の角部屋でしたかしら?

 窓から、入るのはおかしいのかしら……。

 でも、玄関からは堂々と入れませんもの。

 仕方がないですわ。


「……ごきげんよう」


 男の人の部屋に入るのは『初めて』です。

 語弊がありますかしら?

 淑女の方から、お邪魔するなんて、とてもはしたないことですもの。

 でも、気になって、仕方がなかったのですわ。

 だから、顔を一目でも見たくて、来てしまいましたの。


 彼はベッドで寝ていました。

 薄めのタオルケットをかけ、仰向けになっています。

 うなされている様子もなく、静かな室内に彼の寝息だけが規則的に響いているので安心しました。


「本当に大丈夫なのかしら?」


 眠りをかけているので大丈夫という過信がなかったとは言えませんわ。

 しかし、それ以上に彼の顔をもっと間近で見たい。

 そんな欲求に抗えなかったのですわ。

 多少、大胆な行動を取っても問題ないと考えてしまったのが迂闊でしたわ。


 完璧に魔法がかかっているのですから、解かない限りは動けないはず。

 ベッドに上がり、四つん這いになって、出来るだけ物音をさせないように彼に近付きます。

 ここまで接近すると抑えようにもどうしようもないほど胸が高鳴り、心臓がうるさいですわ。

 息遣いも少々、乱れてきましたわ。


「ん?」


 冷静に考えましょう。

 自身の今とっている行動を……。

 正体なく眠っている殿方に馬乗りになって迫り、ハアハアと息遣いも荒く……変態ですわね。

 弁解の余地がない変態にしか、見えませんわ。

 でも、どうしても彼の顔を見たかったんですもの。

 近くで……もっと近くで……。


 似ていますわ。

 普段は眼鏡で分かりにくかった素顔を間近で観察すれば、するほどあの子によく似ているのが分かりますわ。

 これで瞳の色が私と同じなら……


「え?」


 紅玉ルビーの色をしたきれいな瞳と視線が交差しました。

 わたしと同じ色ですわ。

 まるでお揃いみたいに……って、どうして、目を開けられますの?

 おかしいですわ。

 眠りが効いているはずではなくって!?


「んっ……」


 彼の手に強引に頭を引き寄せられて、唇を奪われました。

 初めての口付けはもっとロマンチックに星空を眺めながら、などと夢を見ていたこともありましてよ。

 現実は唐突に訪れてしまったのですけど!

 キスはこんなにも頭がポワポワしてきて、心の中がポカポカと温かくなるものなのかしら?


 どこか夢見心地ですの。

 ただ、唇を軽く付けるだけの口付けですけど、満足ですわ。

 もうこれ以上は無理ですもの。


「んんっ!?」


 軽くだった口付けが急に深い口付けに変わりました。

 咄嗟の出来事に対応出来なくて、混乱するわたしを他所よそに舌に絡められてきたのは彼の舌ではなくって!?

 互いの唾液が混じり合って、彼の舌が口の中で暴れているのですわ。

 妙にざらっとした感覚の舌から、与えられる感覚は今までに感じたことのないものでしたし、初めてのキスがこんなに激しいなんて、もう何も考えられないのですわ。


「えぇ?」


 気付いたら、天地が逆さまになってましたの。

 彼に馬乗りになっていたはずが、逆に組み敷かれていたのですわ。

 キスで頭がいっぱいになっていたのもありますけど、あまりの早業と力の強さに驚きを隠せません……。

 それに彼の体からも目が離せません。

 下着しか身に着けていないから、露わになった上半身に無駄なく付いた筋肉……直接、触りたくなる美しい筋肉ですわ。

 あの逞しい腕で抱き締められたら、きっと素敵で……


「きゃっ」


 布が裂かれ、ボタンの千切れ飛ぶ音で我に返りました。

 彼の逞しい腕は抱き締めるのではなく、ブラウスを脱がそうと試みたようです。

 でも、うまくいかないのが歯痒かったのかしら?

 胸元から無理矢理、破きましたのね?

 布を破いて、ボタンが弾け飛ぶなんて、凄い力ですわ。


 冷静に考えていますけど、落ち着いている場合ではなくってよ!?

 とても追い詰められた状況ですわ。

 ブラウスはもう服に見えないボロキレ状態でお気に入りの薄い桃色の下着が露わになって……否応なく、目に入って来た彼の下着が先程よりも膨らんで見えるのですけど。


 彼の息遣いが獣のように荒くなってきて、その手がついに下着にかけられました。


「あんっ……」


 中々、ホックが外れないのがもどかしいのか、彼の手が忙しなく動き、胸に触れるのでつい声を出してしまいましたわ。

 それがいけなかったのかしら?

 ホックが外れないのに苛立っていた彼がブラを引き千切ったのですわ。

 わたしが妙な声を出したので変なスイッチが入ったのかしら!?

 フロントホックですし、気に入っていたブラでしたのにもう使えませんわ。


「ひぃ!?」


 現実逃避している場合ではありません。

 いくら上半身だけとはいえ、彼の前に裸身を晒したのですから、恥ずかしいですわ。

 『これ以上は結婚してからでないと無理ですわ』とはっきりと申し上げないといけませんもの。

 そう思って、視線を上げると視線が交差しましたの。

 しかし、それは紅玉ルビーの色をした瞳ではなく、彼の下着からピョコンと顔を覗かせたグロテスクなものだったのですわ。

 わたしの意識はそこでスイッチを切ったように闇の底へと沈んでいきました。




「んっ……重いですわ」


 何か、見てはいけないものを見た記憶がありますわ。

 意識を手放してから、どれくらいの時が過ぎたのかも分かりませんですし……。


 重たい瞼をゆっくりと開くと彼の顔がすぐ真横にあって、心臓が止まりかけましたの。

 重たい理由もすぐに分かりましたわ。

 意識を失った彼の体にのしかかられていたからでしたのね?

 それなら、問題ないですわね。

 きっと何もなかったのですわ。


「変な臭い……何ですの?」


 パックしたのを忘れ、乾燥し過ぎた感覚。

 ええ、それに似たものを顔に感じますわ。

 何だか、肌が突っ張る感触がしますの。

 はだけたままになっている胸の谷間にも何か、ドロッとした不可思議な液状の物質が溜まっているようですわ。

 あの……もう一度、意識を失ってもいいかしら?


 駄目ですわ。

 意識を失っても解決しませんし、落ち着こうと深呼吸しようとすれば、生臭さと青臭さの入り混じった何とも言えない異臭が邪魔をしてきますのよ?

 ただ、最初は変な臭いと感じていたのがなぜか、愛おしく、感じてくるのですけど……。


 このまま彼の重みを感じて、幸せを噛み締めながら、夢の世界に旅立ちたいのが本音ですけれど、そろそろお時間かしら?

 夜明けが近いようですから、そろそろ帰らないといけませんもの。


 転移で屋敷に戻ったら、ボロボロになったブラウスと下着姿を見つかり、一時間以上の小言を貰う羽目になるのですけど、それはまた、違うお話ですわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る