第18話 自らの剣で死ぬのが人の運命なのかもしれんな

 眼鏡が印象的な陸上自衛隊員に半ば、連行されるように悠が連れて行かれた先は陸上自衛隊のT駐屯地だった。

 それから、あれよあれよという間になぜか、制服に着替えさせられ、気が付いたら、装甲車両の指揮通信室と呼ばれる狭いキャビンの中にいた。


(どうして、こうなったんだ?)


 訝しむ悠を他所よそに事態は動いていく。

 この装甲車両は大きな八つのタイヤを備えており、装輪式と呼ばれる高い機動性を有する新型の指揮車両である。

 長らく現役を続けていた八二式指揮通信車と比べると車体がやや大型化している。

 色々な機材が所狭しと並び、テーブルと座席も備えた室内は指揮車両の名に恥じないものだ。

 本来なら、機密事項の塊のようなこの車両に乗ること自体が異例のことである。

 ましてや、悠は自衛隊員ではない一般人に過ぎない。


(場合が場合なら、穴のあくほど、観察したいところなんだけどさ)


 悠の頭の中は今、かなりのパニック状態になっていた。

 面倒なことに巻き込まれ、どうしようもない憂鬱。

 憧れのロボットに乗りこみ、戦えるという期待感と高揚感。

 両者が入り混じって、複雑な気分なのだ。


 眼鏡の隊員――小暮一等陸尉からの提案を悠が受け入れたのは、ほんの一時間前のことだった。

 あまりにも急展開な話にパニックにならない方が不思議だろう。


 緊急事態だったとはいえ、国の重要機密に一般人が触れるのは犯罪に当たる。

 それくらいの知識は悠にもあった。

 仮にも彼の養い親は装甲機兵アーマードマシナリーの発案者にして、開発者だった光宗博士なのだ。


(だけど、あの状況だよ? しょうがないよね、不可抗力ってやつだ)


 それが理由にならないことも理解していた。

 さらに分が悪いことに生体データをしっかりと記録されていたのだ。

 銀の装甲機兵アーマードマシナリーミネルヴァは最新装備の塊だった。

 起動させた際にしっかりとデータを取られ、悠の素性は簡単に割り出されたという訳である。


 しかし、小暮一尉はこう切り出した。

 光宗 みつむね家の関係者であるのが一点。

 さらにかなりのじゃじゃ馬であるミネルヴァを単なる素人でありながら、動かしたという揺るぎない事実が大きい。

 ある交換条件を吞めば、罪に問わない――それが小暮一尉からの提案だったのだ。


 この場合、焦点になるのは交換条件の内容となるだろう。

 ところがびっくりするくらいに軽い契約内容だった。

 陸上自衛隊からの要請に応じ、装甲機兵アーマードマシナリーに乗る。

 これだけなのである。

 悠にとってはご褒美にしか、思えない内容に首を傾げるしかない。


 ただ、装甲機兵アーマードマシナリーの出動が要請される。

 これがどれほどに切迫した状況なのかということを考えるとロボットに乗れると喜んでいる場合ではないのだ。

 化け物が出たら、戦えということなのだから。


 『僕にはそんなこと出来ません』と答えるのは優しい心の持ち主だ。

 『僕には拒否が出来ないんですよね』と答えるのは謙虚な心の持ち主だ。

 悠はそのどちらでもなかった。


(この世界を蝕む化け物と戦えるんだよ? ワクワクしてこないか。血がたぎるようなこの感覚、眼鏡をかけていて良かったよ)




 指揮通信室に設置された簡易モニターに映し出される光景に誰一人、口を開けない。

 重苦しい雰囲気が場に漂っていた。


(それもしょうがないかな……)


 木々が生い茂った小山に立つのは高圧電力を伝える鉄塔だ。

 その鉄塔に七重に巻き付いている異様な生物は、電車二両分を軽く超える図体をした巨大な百足の化け物だった。

 防御陣でも敷くように周囲を固めているのはダークグレーの七つの影である。

 それはどう見ても陸上自衛隊の誇る最新鋭の装甲機兵アーマードマシナリーだった。


 悠は先程まで感じていた高揚感が、どこかへと消え失せていくのを感じていた。

 これから、小暮一尉が率いる小隊と行動を共にして、あの化け百足を倒さないといけないからだ。

 だが、誰も言葉を発しない。

 空気の重さが違うのだ。

 非常に重苦しい空気が場を支配していた。


 ダークグレーの機体が陸上自衛隊でもトップシークレットの最新鋭機というだけなら、話はもっと簡単なものだったろう。

 七機は完全な無人機として、運用されている。

 その最大の利点は有人機には出来ない戦術を取ることだ。

 AIは勝利の方程式を合理的に割り出すだろう。

 そこには犠牲を一切、躊躇しないということも考慮に入れないといけないのだ。

 シミュレーションで検証した結果の勝率は五分を切る。

 悠にその事実を伝えたのは隣に座る大橋一等士長だった。

 小隊で最年少の大橋は良くも悪くも正直で真っ直ぐな性質をした男である。

 年齢的に近いこともあり、隠し事をしたまま、戦うことを由としなかったのだ。




 M半島の南端に出現した化け百足が北西へと針路を取り、侵攻を始めたのは昨日の夜のことだった。

 陸上自衛隊は大きな被害が出る前に食い止めるべく、緊急避難を急がせるとともに早期解決を図り、運用試験が終わったばかりの最新鋭機AM-10マーズの投入を決定した。

 ところがここで想定を超える事態が起こる。


 七機編成によるマーズ小隊の包囲が完成し、化け百足への攻撃が開始されるが、予想だにしない異変が起きたのだ。

 化け百足は人類が考えていた以上に狡猾な怪異だった。

 地中から、密かに足元へと伸ばした長い触覚を伝い、を注入されたマーズは狂ってしまった。

 人類の最高傑作が人類の敵となった瞬間だ。

 小暮が誰とはなく、呟いた『自らの剣で死ぬのが人の運命なのかもしれんな』という一言がその場にいる者達の耳に強く、残ることとなる。

 しかし、不思議なことに戦闘のプロフェッショナルである自衛隊員がどこか、悲観的な様子でいる中、唯一の一般人である悠だけは違う想いを抱いていた。


 小暮小隊が使用する機体は全機がAM-09メルクリウスで統一されている。

 マーズよりも一世代前の旧型機であり、性能面だけを鑑みれば、見劣りするのは致し方ないところだ。

 それに加えて、マーズには高い機体性能を最大限に活用可能な人工知能・偽神ヤルダバオトが搭載されているのだから、勝てないと判断するのも当然の流れである。


 だが、悠は必ずしもデータだけが全てではないと考えていた。

 単純な性能では高火力のリニアライフルを装備しているマーズの方が上であるのは間違いない。

 しかし、小暮小隊のメルクリウスには隊員の個性に応じた兵装と癖を加味したカスタマイズがされているのだ。


(人には人にしか、出来ないことがあるはずだ。だから、勝てる!)


 悠は心中で密かにそう確信していた。

 彼自身にも重要な役割が与えられているからだ。

 本来はAMX-10ミネルヴァを悠が使用する予定になっていた。

 ところがクラーケンとの戦いでのダメージがかなり、深刻なもので使えなくなっていた。

 特に脚部の損傷は激しく、修理だけではなく、レストアが必要だったのだ。


 そこで代替案として、パーツのスペア機として、人工知能を搭載せずに保持されていたマーズが引っ張り出されることになる。

 悠が搭乗することになったのはそのマーズだ。


 ただ、標準装備であるリニアライフルとシールドが取り外されており、未武装状態であることがネックとなった。

 さすがに丸腰で戦闘に突入するのは無謀である。

 そこでミネルヴァが持っていた二振りの忍び刀と汎用装備のハンドレールガン二挺が用意された。

 準備は万端とは言い難い。

 それにも関わらず、悠の心はどこか、ワクワクしたままだ。

 『戦え。もっと戦え』と心の奥底で戦いを求める自分自身に言い知れない不安を抱きながらも悠は覚悟を決めるのだった。

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