第17話 『好奇心は猫をも殺す』だったかな?
夜の帳が下り、大海原は昏い闇の色に支配されていた。
驚くほど凪いでいる。
波打ち際に打ち寄せる波音も驚くほど静かなものだった。
丘の上に
灯台のてっぺんに一人の少年が腰掛けていた。
桜色のおかっぱ頭を海風で揺らしながら、波の音に耳を傾けるかのように静かに目を瞑っている。
「来たね。揃ったかな」
少年の言葉を合図にしたかのようにその前に仄かな燐光を放つ火の玉が一つ出現した。
分裂するようにその数は増えていき、二十一になった時、少年が重い腰を上げる。
「さあ。甦るがいい」
少年が懐から、脈動する気味の悪い赤黒い肉塊を取り出すと大きく掲げると肉塊は自らの意思があるかのように宙に浮かんでいく。
赤黒い塊を中心に二十一の火の玉が集まっていき、その姿を大きく変貌させる。
頭部には八つの単眼が生きとし生けるものへの恨みを晴らそうとでもするかのように赤く爛々と輝いていた。
口と思しき部位は鋭く、尖った鎌のような器官が覆っており、その先端からは濃緑色の液体が沁み出している。
二十一の節に分かれた胴体は鋼のような硬質の外殻に包まれており、それぞれから、人の足を思わせる気味の悪い脚が生えていた。
全長が軽く、二十メートルを超える巨大な
「目標は依然、西に向け進行中です」
「現時刻を以って、目標を特級怪異・
「はっ」
美濃部一等陸佐の号令により、第一特殊任務部隊司令部はにわかに慌ただしい動きを見せる。
陸上自衛隊に所属する一佐にして、第一特殊任務部隊の司令官を務める壮年の男だ。
オールバックにまとめた髪にやや白い物が混じっているが、丸眼鏡をかけたその顔のつくりは年齢よりも幾分、若く見えた。
しかし、美濃部の本質をよく表しているのは鋭い眼光だろう。
どこか猛禽類を思わせる苛烈さを象徴する眼差しが睨む司令部のモニターには輸送用ティルトローター機ブラックカイトに接続作業中の
形式番号AM-10。
コードネームはマーズ。
アメリカ合衆国のクライシス・ディフェンス社が製造した陸上自衛隊の次世代機だ。
夜間戦闘に適したダークグレーを基調とした迷彩塗装から、アメリカではナイトホークの愛称で呼ばれていた。
頭部は西洋兜の一種であるバシネットに似た形状をしている。
全身も甲冑のプレートメイルを連想させるデザインなのでぱっと見ただけでは巨大な甲冑と見間違える者がいてもおかしくはないだろう。
両腕の前腕部には固定された武装が施されており、それが機体のデザインから特異な物を感じる原因になっている。
左腕にはカイトシールドを模したと思われる逆三角形の追加装甲も装備されていた。
右腕には脱着式のリニアライフルが取り付けられ、理論上は最新現行機のメルクリウスと比較して、およそ二倍近い瞬間火力を出せると算定されていた。
だが、この
マーズには制御OSとして、試作機
ゴエティアにより、機体性能が最大限に活用され、戦力比も格段に向上する。
そう試算されたが、ここで大きな問題が生じた。
要求される能力に達するパイロットの確保と育成が間に合わなかったのだ。
そこでゴエティアに適格パイロットが搭乗していると錯覚させる疑似制御プログラム
七つの影がT駐屯地を飛び立っていく。
彼らが人類を守るべく刃を振るう剣となるか、それは誰にも分からない……。
朝から下着を洗うというハプニングはあったものの悠の気分はスッキリとしたものだった。
内容を全く、思い出せないのがもどかしかったが、とても気持ちが良かったのは確かだったからだ。
何しろ、洗うのが大変なくらいの量で自分でも引くくらいだったのだ。
妙にリアルな夢だったのは確かで柔らかい感触や肌の温もりまで感じていたのにどうしても思い出せないのが、残念で仕方ならない。
(まぁ、仕方ないか)
だが、スッキリしたのは事実だったこともあり、週末という折角の休みなのだ。
悠はただ、目的もなく、気の向くまま、風の赴くままに自転車を走らせることに決めた。
彼の中にもしかしたら、昨日のような
ただ、リアルロボバトルは見ているだけで十分ということも一日で理解していた。
お化け蛸との戦いを思い出すと激しい疲労感まで戻ってきそうで悠は
(あれさえなければ、ロボットに乗って戦うのはロマンそのものなんだがなぁ)
久しぶりに会った養父から、南東には行かないようにと言われたのを思い出した悠は思わず、独り言つ。
「何か、あったのか?」
いや、そうに決まっているのだと彼は確信していた。
人間は見るなと言われると見たくなるし、行くなと言われると行きたくなる生き物である。
「
(『好奇心は猫をも殺す』だったかな?)
眼鏡を神経質そうに直す陸上自衛隊の正装を着た男性を見ながら、悠はぼんやりとそんなことを考えていた。
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