第16話 それにこれって、間接キスじゃないか!?

「「…………」」


 互いに気まずい雰囲気が漂っていた。

 百合愛はそれを感じさせない優雅な仕草でティーカップの深い紅色の液体で喉を潤しながら、サンドウィッチを口に運ぶ。


 悠は彼女の顔をなぜか、はっきりと認識が出来ないのに食べている姿をかわいいと感じていた。

 それがなぜかは彼にも分からない。


 少なからず、自分が好意を抱いているから、見える幻に過ぎないのだと心中で断じた。

 必要以上どころか、まるで他人に関心がないように壁を作る。

 その意味で自分と百合愛は同志のように似ている。

 踏み込んでこないどころか、触れて来ようとすらしない者同士が感じるシンパシー――仲間意識のようなものがそう見せているだけなのだと思い込むことにした。


 はむはむと小動物のようにサンドウィッチを食べるかわいい生き物を横目で見ながら、悠は自分で作った唐揚げとおにぎりを頬張ることにした。

 しかし、何となく、視線を感じる。


(唐揚げとおにぎりがロックオンされているのか? すごく見られているんだが)


「月影さん……もしかして、これに興味ある?」


 百合愛は軽く、頷くと表情も変えず、無言のまま、サンドウィッチの入っているバスケットを手渡した。


(ああ、交換して欲しいってことかな)


 悠がお弁当箱ごと渡すと百合愛はどこか、満足そうに受け取る。

 それはとても微細な表情の動きだったので悠は気が付かなかった。


「……ふふっ」


(笑った!?)


 悠には唐揚げを箸で摘まんだ百合愛が薄っすらと微笑んだように見えた。


(花が綻ぶように微笑むって、ああいうのか。いや、待て。幻だ)


 そう思いたい妄想がそう見せただけなのだ。

 何より、百合愛の顔がはっきりと認識出来ないのにあり得るはずがない。

 悠は己の考えを否定するかのように慌てて、サンドウィッチを頬張った。

 そのせいで喉に詰まりかけたのは計算外の出来事だったろう。


(こ、これは意外と苦しいぞ。たまごサンドウィッチを一気に入れたのがまずかったか)


 眼を白黒させている悠を心配したのか、百合愛は背中を優しく摩りながら、自らが手にしていたティーカップを悠の手に握らせた。


(飲んでいいってことかな)


「ふぅ……ありがとう。助かったよ」


 百合愛は甘党なのか、ミルクティーでもないのに激甘仕様の紅茶だった。

 それでも悠はなぜか、嬉しかった。

 いつも気に留めてないような百合愛が明らかに気を遣ってくれたのが無性に嬉しかったのだ。


(それにこれって、間接キスじゃないか!?)


 焦る悠を他所に百合愛は何事もなかったように元の場所に座り直すと、ティーカップを口に運ぶ。

 その頬はやや桜色に染まっているように見えた。


(幻に違いない)


 

 それから、食べ終わるまで二人の間に一切、会話はない。

 しかし、悠は不思議だった。

 言葉を交わしていないのにどこか、気持ちが落ち着いているのだ。

 眼鏡を掛けていても研ぎ澄まされた刀のように抑えがたい感情の揺らめきは止められない。

 それが今は自然と感じられなかった。


「ごちそうさまでした。美味しかったよ」


 百合愛に礼とともにバスケットを渡すと弁当箱を受け取った悠は思いを馳せた。


(泡沫うたかたの逢引きか。逢引きって言ってもハンバーグにする合い挽きの肉じゃないぞ?)


「……」


 その刹那、悠は気温が急激に低下したような錯覚と背筋が凍るような視線を投げかけられたと感じた。


(あくまで気がするだけだよな。顔がはっきりと認識出来ないから、漠然とそう感じたに過ぎないんだ)


「じゃあ、先に行くね」


 手慣れた優雅な仕草で喉を潤している百合愛にまだ、動く気配はない。


(うん? 待てよ、あのティーカップの中身どうなってるんだ? 飲み干したはずなんだが。残暑が厳しいのに鳥肌が立ってきたのはなんでだろう……)


 百合愛との昼のやり取りが影響したのだろうか?

 その夜、悠が見た夢はいつになく、煽情的で艶かしいものだった。

 あまりにリアルな感触に耐えられるはずもなく、下着を汚す羽目になったのは言うまでもない。


 ただ、悠にとって、残念なのは夢の内容を覚えていないことだ。

 とにかく、今までに感じたことがないほどに気持ちが良かったことだけは覚えているのに、その内容とイメージをしっかりと思い出せないのが悔しく思えてくる。

 悠はそんなことを考えながら、浴室で証拠隠滅の為に下着を洗う羽目になっていた。


(週末の朝から、面倒だ。なんて日だ)

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