恋する吸血姫

閑話 吸血姫の小夜曲・前編

(????視点)


 『昔々、あるところにとても美しいお姫様がいました。

 どことなく儚さを感じさせる美しさから、お姫様は情熱的な愛の告白を受けますが彼女はいつも釣れない態度。

 山のように黄金を積まれようとも。

 色とりどりの珍しい宝石が並ぼうとも。

 誰もが羨む王子様に愛を囁かれようとも。

 お姫様は決して、首を縦に振りませんでした。

 彼女の心はまるで分厚い氷に覆われているかのように何にも動かされることがなかったのです。

 しかし、恋の炎は突然、燃え上がるもの。

 運命的に出会った隣国の王子とお姫様は一目で恋に落ちてしまったのです。

 氷に閉ざされていたお姫様の心は熱く燃えるような心を持つ王子様の愛で溶かされ、二人はいつまでも幸せに暮らしました』


 そっと本を閉じました。

 装丁には金色で『幸せな氷のお姫様』と綴られています。

 わたしはこの童話が好きではありません。


 好きではないという言い方は適切ではないかしら?

 そう……嫌いなのです。

 王子様とお姫様が迎えた本当の結末を知っているから。


 二人は幸せに暮らしていないんですもの。

 炎と氷。

 決して、相容れない――触れてはならない運命の星に生まれたのにわたしはあなたと出会ってしまった。


 仮面舞踏会で惹かれ合い、知性と勇気に溢れた眼差しを向けられ、一目で好きになってしまった。

 あなたもわたしを『一目見ただけなのに気持ちを抑えられない』と強引に唇を奪ってから、『好きだ』と言ってくれました。

 逢瀬を重ねるほどに想いが溢れて、いつしか密かに将来を誓い合った。

 でも、わたし達はあまりにも互いのことを知らないままでした。

 いいえ、知ろうとしなかったが、正しいかしら?

 知ってしまったら、後戻りが出来ないとただ、恋に溺れて、目の前の現実を見てなかったのです。


 そして、血と死の匂いが漂う戦場で意図せぬ再会を果たしてしまった。

 それでも、あなたは手を差し伸べてくれました。

 わたしは迷いながらも決して、手を取ってはいけないあなたの手を取ってしまった。


 その瞬間、この物語の筋書は変わってしまったのでしょう。

 だって、わたしは……いえ、わたし達はおとぎ話の主人公ではなかったのだから。

 このままでは結ばれないまま、引き離されてしまうでしょう。

 せめて愛した者と共にありたいと願うのは我儘なのかしら?


 絶対に離れないように手を取り合い、あなたの炎で互いの心臓を結びつけるように貫いてもらいました。

 そして、わたしの氷で誰にも邪魔されない永遠とわの眠りについたのです。


 誰にも妨げられることのない愛を貫きました。

 これでもいつまでも幸せに暮らしたと言えるのかしら?

 そうそう……皮肉なことにわたし達の命を懸けた愛がきっかけになり、決して、相容れなかった一族が手を取り合うようになったんですって。




 そんな思い出すのも悲しい前世の記憶を思い出したのは、他愛のない出来事でした。

 幼い頃のわたしは今のようにお淑やかではなく、とてもお転婆な女の子だったのです。

 その日も言いつけを守らず、とある飴を口にして、事件が起きました。

 その飴は宝石のように透明感があって、きれいで丸くて大きなもので……それをのどに詰まらせてしまったのです。

 その時、わたしは死の一歩手前まで追い詰められたはずなのですが、不思議と何も覚えていないのです。

 代わりに頭を過ぎったのはただ悲しく、切ない恋の思い出。


 それが前世の記憶と気付いたのは幼馴染の彼の顔を見た時のことでした。

 不思議なことに幼馴染の顔は前世であれほど、恋焦がれた王子様にそっくりだったのです。


 明るく、優しい彼は人気者で誰からも愛されるわたしには勿体ないくらいに出来た人でした。

 調子が悪いのを隠していても察してくれ、さりげなく気遣ってくれる。

 困っている人がいたら、すぐに手を差し伸べられる。

 そんな彼のことを好きになりました。

 前世を気付かせてくれた切っ掛けが彼なのは違いないのです。

 でも、前世とは関係なく、好きになったのです。


 それはもう、理屈ではありません。

 彼が笑うとわたしも嬉しくなります。

 彼が誰かと話しているだけで嫉妬してしまいそうになるのはどうしてかしら?

 自分でもよく分かりません。

 でも、彼を想うだけで胸の奥が熱くなるのです。

 これが『好き』ということなのです、きっと。


 そして、愚かなわたしはこのまま、大きくなったら、彼と一緒になれると信じて、疑っていなかったのです。

 そう信じていたわたしの前にまた、過酷な運命が立ちはだかりました……。


 彼に芽生えた固有権能スキル『暴食』を長老会が危険と判断したのです。

 七大権能スキル最強にして、最凶・最恐と畏れられる攻撃的な権能スキルだったから。

 ただ、それだけの理由でまだ、幼い彼は残酷な追放刑に処されることになりました。


 ただの追放ではありません。

 最も重い刑。

 次元を追放するというのです。

 この世界から、彼を消すなんて……絶対に許せない。


 その時、わたしは堅く、心に誓ったのです。

 何があっても必ず、彼を救い出すと……。

 前世のわたしは彼に守ってもらうだけ。

 甘えるだけで何も出来ませんでした。

 

 でも、今は違います。

 彼がいなくなってから、出来る限りのことを学び、血の滲むような努力をしました。

 そして、剣技、魔法……全てにおいて、わたしを上回る存在はいなくなったのです。

 いつか、彼と会う為だけに……。

 そんなわたしにチャンスが巡ってきました。

 わたしは覚醒めざめたのです。

 『怠惰』なる女王クィーンとして、頂に立ったわたしを止められる者はもう、いません。

 それにわたしには頼りになる二人の兄がいるのです。

 『銀毛の魔狼王フェンリル』と『黒鱗の妖蛇王ミドガルズオルム』。

 それにわたしを加えた三兄妹を止めるには長老会や七大とて、無傷では済みません。

 彼らが一枚岩ではなく、権力争いで足の引っ張り合いをしているのも付けこむのに十分な隙でした。


 まず、目障りで不要な長老会から、ゆっくりと手足をもぎ取るように力を奪いました。

 完全に消したりはしません。

 強制的に世界から、消し去っても良かったのですけど、そのようなことをしたら、彼の横に立つ権利がなくなってしまいそうで……。

 だから、今は我慢しましょう。


 次にわたしが始めたのは次元追放刑を考案した天才魔導師について、調べることでした。

 その名はルキフゲ・ロフォカレ。

 一代の天才、天下の奇才、大魔導師、妖幻宰相。

 数々の異名と伝説に彩られた稀代の天才。

 彼が考案した最大にして、最も罪深き発明こそ、異なる次元を渡るポータルだったのです。

 画期的な発明と思われたポータルですが、致命的な欠点がありました。

 一方通行であること。


 行ったら、決して戻れない異界への扉を開いてしまったルキフゲ・ロフォカレは自らの発明を悔い、その罪を償うべく、自らの身をポータルに捧げた。

 そう信じられていたのですけど、真相はどうやら違ったみたい……。

 彼は垣間見たあちらの世界に惹かれ、澱んだこの地を捨てただけ。


 その証拠に彼が二度と利用されないようにと封印したポータルを復旧させるだけでなく、わたしの愛するあの子を追放したのですから。

 わたしはルキフゲ・ロフォカレが巧妙に残したヒントを辿り、ついには彼とコンタクトを取ることに成功しました。

 彼は異界にいながらにして、こちらの世界と意思を疎通出来る通信手段を発明していたのです。


 この通信手段は次元が異なる世界が連絡を取り合える画期的な発明でしたが、残念なのは音声のみだったことです。

 それでも会話が成立し、連絡が取れるのですから、十分なのですけど。


 しかし、それだけではありませんでした。

 誰一人、味方も知り合いもいない世界に独りぼっちでいるあの子を助けてくれたのです。


 あの子が見つかった。

 あの子に会える。

 それだけを糧に心を殺し、生きてきたわたしにとって、希望の光が見えてきたのです。

 ルキフゲ・ロフォカレと相談した結果、わたしの本拠地である荊城ドルンブルグに手を加え、あちらの世界に飛ばしました。

 荊城ドルンブルグはその名の通り、石造りの白亜の城であり、それ自体が魔導器。

 そのままでは怪しまれるところですが、表から見える部分は寂れた幽霊屋敷の如き洋館としか、見えないように彼が手を回してくれたようです。


 ポータルを備えた出口としての荊城ドルンブルグは優秀です。

 これで巨大な物を送っても何の問題もないのですから。

 彼が残した設計図を基に完成させたからくり仕掛けの巨大騎士を送る下地としての準備が整ったのです。

 そして、わたしが旅立つ日がやってきました。


「ワシ、言い忘れてたんだが……ま、まあ、実際に目で見た方が確か、かな」


 ん?

 ルキフゲ・ロフォカレの声はもっと年老いた男性の声だったと思うのですが、今の声ではまるで小さな女の子みたい……。

 何かがおかしい……!?

 そう思った時には既に次元の激しい荒波に揉まれていたのです。

 暗く、冷たい水の底に沈んでいくようにわたしは意識を失っていました。

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