閑話 吸血姫の小夜曲・中編

(????視点)


 意識が戻り、最初に見えたのは知らない天井ではなく、良く知っている天蓋……。

 この寝心地はまさにわたしのベッドそのもの。

 荊城ドルンブルグのわたしのベッドを間違えるはずがありません。

 どうやら、次元の転移がうまく、いったようです。


 まさか、次元の狭間が次元の海とでも言うべき場所だとは思っていなかったわたしが悪いのでしょう。

 まるで荒波で木の葉のように揺れるだけ揺れている船に乗っている気分とでも申し上げれば、いいのかしら?

 それでなくてもちょっとした揺れで気分が悪くなるわたしにとって、あれほどの苦行はありません……。


「顔色が悪いようだねえ? 大丈夫かい?」


 不意に聞こえる小さな女の子の声に未だ、吐き気が残る体に鞭を打ち、起き上がりました。


「無理する必要はないよ」

「あなたは……?」


 ベッドの前に立っていたのは荊城ドルンブルグの廊下にも飾られている甲冑プレートアーマーに良く似た金属製の塊です。

 甲冑プレートアーマーにしては全身がスマートではなく、手足がやや短く、胴体も丸みを帯びています。


 ずんぐりむっくりという言葉がぴったり、ですわ。

 大人用と思われるヨレヨレの白衣を着た五歳くらいの年齢に見える小さな女の子が、その肩にちょこんと腰掛けていました。

 大きな丸眼鏡を掛けていますが、顔からはみ出ているのでアレも大人用なのでしょう。

 表情が読み取れないほどに厚く、透明感の無いレンズは意味があるのかしら?


 『フガ』と甲冑プレートアーマーもどきから、小さな声が漏れたので二足型の小型ゴーレムですのね?

 『フガ』が何を意味しているのか、気になりますわね。


「無事に着いたようで何よりだよ。あ? この姿では『初めまして』だったかい?」

「あなた……まさか、ルキフゲ・ロフォカレですの?」

「その通り! ワシこそが! そう! ワシこそが……! 魔界一の大魔導師にして、史上最高! 古今東西最強の伝説の魔法使いにして、超絶技巧! 話題沸騰! 世紀の天才科学者! そう! ワシこそがルキフゲ・ロフォカレなのである!!」


 室温が……下がったような気がしますわ。

 いえ、確かに下がってますわね。

 わたしの心の温度が氷点下ですわ!


「いやあ……ははっ。しかし、さすがだね。あの次元の海を何事も無く、乗り越えるとは大したものだよ!」


 ここで聞き捨てならないフレーズがいくつか、ありました。

 『魔界』というのはわたしの生まれ育った世界と見て、間違いないでしょう。

 魔法が使える世界。

 魔力の存在する世界。

 色々と候補が考えられますわね。

 でも、それは置いておきましょう。

 問題はその後のフレーズですもの。


「『何事も無く』ということは場合によっては『何事か、ある』ということではなくって?」

「ま、まあ。そうとも言うね。ははっ」


 落ちかけた丸眼鏡を直しながら、ルキ(ルキフゲ・ロフォカレでは言いにくいでしょう?)は悪びれた様子も無く、言い切りました。

 とことん話し合う必要性がありそうですが、今は無念ですけど無理ですわ……。

 吐き気が……限界……ですもの……っ!

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