3章  価値観のブレンド

「そういえば昨日森さんクラス会に来なかったね〜。」

「ね。なんかいつも一人だよね。」

「ちょっと近づきにくいよね。・・・」



あーあ。変なタイミングで戻っちゃった。教室に入りにくい。


放課の時間。帰りの途中、忘れ物に気づいたのが運の尽き。


教室から聞こえてくるこの言葉の矛先は私だ。


困ったな。どうしよう。


なぜかはわたしは人から誤解されやすい。

いや、なぜといいつつ原因はなんとなく分かっている。


まずは見た目。

この茶色い髪と目つきの悪さが私のコンプレックス。

この髪は天然。生まれてこの方染めたことなんてない。

私は普通に真面目ちゃんだぞ?

・・・頭の中の私は意外と陽キャラなのかもしれない。


私の髪はクォーターの母が影響しているんだと思う。だからと言って母親に悪感情なんてないし、何より私は普通にこの髪を気に入っている。

高校の先生には天然ってことでいやいや認めてもらったけど、それが逆にみんなの不満を買ってしまってるんだと思う。


あとは人間関係。

兄弟皆男ということもあり、幼い頃からの男社会に疑問を持つことがなかった。


・・・小学校の時はよかった。


多少女子にやっかみを受けることもあったが、よく遊んでた男子と兄のおかげで音沙汰はなかった。

今思えばこの時の私の対応がよくなかったんだと思う。


なんだかネチネチしためんどくさい女社会が面倒で、対話する努力を怠ってしまった。


私の歯車が狂ったのは中学からだと思う。

思春期特有のなんていうか人間関係の複雑さ。

カップルでもない男女が一緒に遊ぶだけでも大スクープになってしまう。そんな箱庭。

つい最近も違うクラスの可愛い女の子とイケメンさんが付き合ったみたいで、学年中の話題になっていた。


正直何を考えているかわからないと思ってしまう。

男子とは話すたびに付き合ってるだの、なんだのと。浮いた話に持っていく。


・・・私は楽だからそうしているだけなのに。


こんなのってみんなおかしいと思わないの?


おかしいと思っても、中学という小さな鳥籠の中では多数派が正義であり法律だ。

この鳥籠は少数派が黙ることによって成立している。


そんな私の立場は決していいものじゃなかった。



そしてさらに追い討ちをかけたのが、告白されたこと。


その人はクラスの中でいわゆる“イケてるグループ”の住人だった。

確かにたまに話したことはあったが、私としてはその程度の気持ち。

そんな好きになるタイミングなんてあったのあろうか。私にはわからなかった。

まあ誠意には応えるべきだ。

校舎裏に呼び出されて行ってみた時は本当に焦った。

その男の子・・・と一緒にその友達の何人かも一緒にいたことにだ。


イケてるお友達に見守られながら、彼は私に告白してきた。


この状況、普通の人ならどう思うだろうか。

嬉しいのだろうか?

イケメンに囲まれながらイケメンに告白されている。

まあ素敵な状況かもしれない。


だけど私の脳内はそんなにお花畑ではない。


・・・私は気持ち悪かった。


今まで私にそんな気持ちを持っていたことに。

一人で告白しないその根性に。

この断られるとは微塵も思ってない態度に。



「ごめんなさい。」


・・・


次の日から私のヒエラルキーは地に落ちた。


男子もそうだが、女子とは本当に勝手な生き物だ。

今まさに私に対してわかりやすく陰口を叩いてくれてる女の子。


「森さん!男子と仲良いよね!いいな〜私も話したいない〜羨ましい!」

なんて嬉々と言ってたけどね。

今やそんな私をはれもの扱い。


話は尾を引き、やがて嘘へと変わっていく。

まあ私にはそれを訂正する地位も理由もない。


そこから私はより人を嫌うようになった・・・。



(はあ、嫌なことを思い出した。)


高校では極力人に関わらず生活していきたいのに、


今さっき話題に出ていたクラス会だってそうだ。うちのクラスのなんだっけ?あのチャラチャラしている男の子が企画していたやつだ。


・・・ああいうチャラチャラしたやつにはロクな人はいない。


(もういいや、忘れ物は諦めて帰ろう。)


***


(最近ご無沙汰だったから久しぶりに行こうかな。)

学校からの帰り道。

裏路地の入り組んだ所にある少し怪しげな雰囲気がある喫茶店「煉瓦屋」。


私は考えことをするとよくこの喫茶店にくる。

この若い子たちがこなさそうな外観。絶対知ってないとわからない道。

正直言って、私にとっては最高の空間。

それにマスターがとても寡黙な人で居心地がいい。


(カランコロン)

お店に入った時のこの音が何気に好きだったりする。


「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

「あ。はい。」

「お好きな席にお座り下さい。」


いつものマスターではなく若い店員さんだ。バイトさんを雇ったんだろうか。

同い年くらいだろうか。なんかあんまり“ここ”っぽくない人だなとは思う。

マスターは表に出ないのかな、


(まあ落ち着こう。さて、)

特にこだわりはないけど空いていたら一番端の席に座りたくなってしまう。

だけど今日は残念賞。ここからは誰か見えなかったけど先客がいるみたい。


空いてるのは・・・。


今日はカウンターにしてみようかな。

いつもは遠慮しちゃう所だけど、まあ新鮮かもしれない。


「ご注文はどうなさいますか?」


やっぱりマスターの声は落ち着く。

静かなジャズ調の曲と、新聞を読んでいる常連さん。ここにくるとまるで物語の世界にいるみたいな気持ちになる。


「ブレンドをホットでお願いします。」


「かしこまりました。いつもありがとうね。」

私、認識されていたんだ。


前に他のお客さんとの会話で、マスターは一度来たお客さんは覚えていると言っていた。

このマスターはきっと人気者だったに違いない。

なんというか寡黙で冷静でスマートでみんなに慕われるタイプの人気者。


「お待たせしました。ブレンドになります。」


「あ、ありがとうございます。」


やっぱりこの席にしてよかった。

カウンターならマスターの“ブレンド”という言葉を聞ける。


・・・美味しい。

ここのコーヒーはなんというかほっとする。

嫌なこともなんでも忘れられそうだ。


(はあ、)

ため息が出る。

なんか、私はこのままでいいのだろうか。


・・・


「やはりいつもの席じゃないと元気が出ませんか?」


予想もしてなかった。

マスターに話しかけられるなんて思いもしなかったし、何より私のこと本当に認識していた。

なんて答えたらいいのだろうか、こんなことで迷惑をかけるわけにもいかないし。


・・・・。


「なんかちょっと、最近色々とわからなくなって。」


なんでも聞いてくれそうなマスターに甘えたいと思ってしまった。

正直私は期待していた。

この人生経験が豊富そうなマスターなら解決してくれるんじゃないかと。


そんな期待をよそにマスターはたった一言だけ、

「世界にはご飯を食べられない子がいるんだから、ご飯を残さず食べなさい。」


「え?」


「親御さんや先生に言われたことはありますか?」


「・・・ありますけど。」


「どう思いましたか?」


「・・・まあ、確かにとは思いました。」



だからなんなんだろうか。何か諭してくれているのだろうか。


「小さいことは私もおんなじようなことを思いました。」


「はぁ。」


結局マスターは微笑んでいるだけで何を言いたかったのか答えを教えてくれなかった。


「そうだ。もしよかったらうちの孫の悩み相談に乗ってもらえませんか?」

あれこれ考えている間にマスターから思いがけない一言がきた。


私の話は無かったことになったんだろうか。

心のモヤモヤが募るばかりだ。


そして頼まれたのは悩み相談ときた。

正直言って人選ミスと言わざるを得ない。


「ダメですかね?最近女の子に降られちゃったらしくてね。私には難しくてね。同じ年頃の子の方が相談しやすいと思いまして。あ、内容については内緒ね?」


男女のもつれを私に聞くなんて、マスターは見る目がない。

だけどこんなにこやかにお願いされたら断りづらい。


・・・。


「その、私でよければ、」

やってしまった。そもそもお孫さんって誰かも分からないのに。


「ありがとうございます。快斗〜こっちにきなさい。」


「まだ終わりの時間じゃないですよ。おじ、マスター。」


快斗と呼ばれた人は最初に接客してくれた店員さんのことだったらしい。

今おじいちゃんって言いかけてたし、お孫さんなんだろうか。


「今日はもうお客さんも少ないから上がっていいよ。それとね、ちょっとこっちでコーヒーでも飲んでいきなさい。」


「まあおじいちゃんがそういうなら・・・。」


私の隣に案内された青年はやっぱりマスターのお孫さんらしい。

・・・緊張する。


「こちら常連の森さん。多分快斗と同い年じゃないかな?」


「どうも。4月からたまにこのお店の手伝いをしています。いつもきてくださってるみたいで。その節はよろしくお願いします。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


「同い年かもってことですけど、もしかして高一ですか?」


「あ、はいそうです。」


「一緒ですね!そろそろどこもテスト期間ですよね。大変ですよね〜。」


「そうですね。」


・・・

そこからはしばらく私の悩み相談になってしまった。

最初はちょっと硬くなってたけど、すごくすんなり話せてる。

なんて言うか、、上手な人だと思った。人と話すことが。

そしていい人だ。多分。

さっきから私と話しながらも客さんの行動に目を光らせているのがわかる。


マスターの孫っていうのがすごく納得がいく。



同い年の人とちゃんと話すのはいつぶりだったかな。


そういえば本来はこの人の悩み相談だった。確か女の子に降られたとか。あんまりそうは見えないけど。

・・・何かあるのかな、気になる。


「その快斗さんは彼女さんとかいらっしゃらないんですか?」


・・・


よくない。

考えているうちによくない聞き方をしてしまった。

急だし、無神経だし、なんか私が狙ってるみたいに聞こえなくもない。


「え、あ、もしかしておじいちゃんから聞きました??」


笑ってくれてる。思ったよりあっけらかんとした感じだ。

「あの、すいませんいきなり。」


「怒ってないですよ。そっかおじいちゃんが僕を呼んだのはそういうことだったのか。」


今まで私と話していたことになんの不信感もなかったのかな。なんだか納得した表情をしている。


「そのもし良ければ、聞きますよ。私も色々聞いていただいたので。」


「・・・。」


「あ、いきなり無神経でしたよね。その、無理にとは・・・」


「分からないものですね。気持ちというものは。」


「え?」

さっきとはまるで違う雰囲気だ。

・・・さっきとは違って一人の人を考えている。ような気がする。


私なんて人のことをとやかく言える立場じゃない。

人との対話を避けてきたのが私だ。

・・・だからこそ、少し人の感情に敏感なのかもしれない。

そこから彼の相談に乗る時間になった。


なんだかすごく、まるで自分のことのように思えて・・・。



「もしかしたら分からなかったのかもしれません。あなたのことが。」

これが私なりの答えだ。


そうだよ。分からないんだよ。人の気持ちなんて。

友人だから、親しくしているから相手の全てを知っているわけなんてない。

もし、わかるなんていう人がいるのなら・・・

それはあれじゃないかな。傲慢ってやつ。


私もそうだ・・・。私は他の人の何を知っているんだろう。


彼にしたアドバイスが私の心にこだましている。ブーメラン状態だ。


彼はちょっとびっくりした顔をしていた。もしかしたら当てはまる節があったのかもしれない。


「僕には中学の時、親友がいました。小さいことから仲良くて、ずっと一緒で、知らないことなんてないと思ってたのに、中学に入って遊ぶ機会が減って、いつしかあいつから避けられているんじゃないかと薄々勘づいていました。

特に喧嘩したわけでもない。その時は何もわからなかったけど、彼にしか見えない僕がいて、それに対して不満を募らせていたんでしょう。」


彼はがそう話している時の顔は本当に寂しそうで、悲しそうで・・・。


「僕にとって彼は特別でした。なんと言うか、平たく言えば彼はずっと僕の憧れだったんです。」

みんなに人気者で、リーダー気質で。


「・・・僕は彼になりたかった。羨ましかった。」


「もしかしたら、それを言えていたら、」


耳が痛い。彼の話は本当に耳が痛い。


「全てを正直に言ってもわかってくれるとは限りません、だけど、察してくれって言うのもまた無理な話なんでしょうね。」


自分で言ってて気付いたことがある。

・・・私はあの時彼がなんで私に好意を寄せていたか、知ろうとしただろうか。

・・・教室の彼女たちの会話の真意を考えようとしただろうか。


何も変わってない。

対話する努力を怠った小学生のあの時から、私は何も変わっていなかった。


・・・。


「付き合っている人がいるって言ってたんですよね。彼女は。」


「・・・はい。」


「もし仮に本当に付き合っている人が、いたとして、あなたに気持ちがないとは限りませんよ。」


「何かしらの事情があったのかもしれないですし、考え方って色々あるもんですよね。」

これは私の正直な気持ちだ。この人にっていうか、私に向けているのかもしれない。



「そう・・・。なのかもしれませんね。なんか、もう一度話してみたいと思います。」


「あの森さん。ありがとうございます。」


この人は怖くないんだろうか。すごいな。


・・・。


「お互い自分のことには無頓着なんでしょうね。」


彼の言葉に全てが集約してる気がする。


「そうですね。」



***


「マスター・・・。」


彼と話し終わった後、なんとなくマスターに話を聞いて欲しくなった。もう愚痴じゃない。誓いのようなものなのかもしれない。


でも、マスターは会話中だった。しかもあれって・・・。


「あれ!森さんじゃん!」


なんでこの喫茶店に来てるんだろう。

さっき教室にいた子達だ。

いや、私も前に進まないと、、これはきっと神様がくれた試練なのかもしれない。


「あの・・・。」


『このお店森さんが教えてくれたんだよね?私たちすごく気に入っちゃってさ!ほんとありがとうね!」


・・・何がどうなっているんだろうか。

混乱している私を尻目に彼女たちは話を続けてくる。


『優也がさ〜。この店森さんから聞いたって言ってたからさ〜。あれ違うの?」


「そんなこと・・・。」


言った。入学式の日にたまたま話していた。でもあのときは急に趣味とか聞かれてつい。

っていうか、よく覚えるなあんなこと。

もしかしたら助けてくれたのか?どうなんだろう。


・・・やっぱり人は見た目によらない。のかも。


『私たちこういう雰囲気の店好きだからさ〜。森さんと話してみたいと思ってたんだ〜。」

『でもちょっと話しかけづらいし〜。」

『めっちゃいうじゃん。ごめんね〜。悪気はないから許してちょ!』



ああ、私は間違ってたんだな。

彼のいう通りかもしれない。

確かに、私から見て嫌な人はいるし、それは変えられない。

たまたまだとしても、事実あの人とこの子たちは私の思っているような人じゃなかった。

私が誰よりも偏見に満ちていたんだ。


・・・。


「あの。」


『ん?』


ここから始めてみるのもいいのかもしれない。


「もしよかったら他の喫茶店にも一緒に行ってみませんか?」


まずはこの子達を知るところから・・・。



いや、まずは優也さんにお礼をいうところからかな。


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