11.二人のダンス

「マリームーン……」


 昼前の青い海。そこには、巨大な満月が漂っていました。


 マリームーンは泣くこともできません。漂って、沈んでいくことしかできませんでした。


 きっと、ジェフに嫌われてしまったから。

 きっと、ジェフをがっかりさせてしまったから。


 マリーなんて女の子は偽物です。

 だからだた、沈んで、沈んで。


 けれども。

 激しい音がして、海中が乱れます。あたかも流れ星が落ちて来たかのように、沢山の泡が沈み込んで、しかし水面へ上がってきます。


 海の中に残された影が一つ。

 ジェフです。あんなに身を乗り出して覗き込んでいたのです、海に落ちたようです。


(ジェフが溺れちゃう!)


 涙を流すこともできずに泣いていたマリーは、瞬間、我を忘れてしまいます。


 ジェフは泳げないのです。そしてここは浅くもなく、浜辺から少し離れた場所。


 マリームーンはすぐさまジェフのもとへ泳いでいきました。ところが。

 ジェフは、笑っていました。少し寂しそうに、それでも嬉しそうに、笑っていました。


 泳げないはずの彼ですが、海に落ちてパニックになることもなく、上手にその場に浮いていました。


 彼の口が動いて、泡が溢れ海上へ昇っていきます。名前を呼んでいました、マリームーン、と。


 ジェフは、マリームーンが伸ばしかけていた触手の一つを握れば、そのまま水面を目指しました。マリームーンもつられるようにして、海の上に傘を出します。


 海の上に頭を出したジェフは、やはり笑っていました。それはマリーに向けていたものと、同じ笑みで。


「マリー。マリームーン。僕が泳げないと思っているのは、マリームーンだけのはずだったんだ。マリームーンに助けてもらった後、僕はちゃんと泳げるようにしたから」


 ジェフが思い出していたのは、マリーと出会って二日目のこと。海に落ちかけた自分を、彼女が助けてくれたときのことでした。


 ――あなた海に落ちたら、泳げないんだから!


 彼女がそう言ったのを、しっかり覚えていました。

 だからこそ、悲しく思って、また微笑みます。


「そんな気はしてたんだけど、でも、もっと早く気付くべきだった。君が、君だって」


 そうだったのなら。

 もっと地上を見せたかった。もっと喋りたかった。

 花桟橋祭りだって。


「けれど、聞けなかったんだ。だってそんなこと、魔法みたいだし、もし本当だったのだとしても夢みたいだから、聞いた瞬間、全てが終わっちゃうような気がして」


 海水に濡れたジェフは、どこか泣いているようにも思えました。けれども彼は、額をマリームーンの傘に寄せます。


「それでも、嬉しいよ。君は、僕に会いに来てくれたんだね、マリームーン!」


 マリームーンには、ジェフに言いたいことが沢山ありました。沢山あり過ぎて溢れ出そうなほどでしたが、すでに話す術を失ってしまった彼女は、ジェフと共に海の中で浮くことしかできませんでした。しかし心がようやく通ったかのような温かさに、レースのような触手を広げます。


「そういえば、いつも一人で踊ってたって、言っていたね」


 その触手を、ジェフが優しく握ります。

 そうして海中で漂う様は、まるで踊っているかのようでした。


 ここは花桟橋祭りの会場ではありません。

 しかし花々の代わりに色鮮やかな海藻が、花弁の代わりに美しい小魚達が、マリームーンとジェフを見守ります。


 水面を通して射し込む日の光は、まるで薄いカーテンのようで、漂う泡は星のよう。


 そして海はどこまでも穏やかで、マリームーンとジェフを祝福していました。

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