09.後悔と失念
翌日。ベッドに腰を下ろすマリーの片足首には、包帯が巻かれていました。
外では海鳥が鳴いています。もうお昼前。本当なら花桟橋祭りへ向かっていたはずですし、そうでなくともお店の手伝いをしていたことでしょう。
けれども今日は、お休みになりました。
人間の姿になって得られた足。しかし巻き付いているのは、自分の失敗からによるもの。一日大人しくしていれば、よくなるだろうと言われたものの、お祭りには行けなくなりましたし、ジェフの手伝いもできません。
マリーは声を抑えるのに必死になっていました。あのとき、あんな提案しなければよかったのです。そうすれば、今頃ジェフとあの桟橋で踊っていたでしょうし、今日だって、お休みしてお店に迷惑をかけることだってなかったはずです。
声はなんとか抑えられていましたが、海色の瞳から、ついにぽろぽろ涙がこぼれてしまいました。
本当に自分はどうしようもない! 迷惑ばかりかけてしまって!
おまけに嘘吐きで最低な女の子です。
そして、それは「マリームーン」ではなく「マリー」だから、と、少し安心している自分にも嫌気がさして、ますます最低だと思ってしまいます。
と、部屋の外から足音が響いてきました。それはマリーの部屋までやってきて、扉をノックします。
「マリー? 調子はどう? 入ってもいいかな?」
ジェフです。マリーはさっと涙を拭い「大丈夫よ!」と答えます。静かに扉を開けて入ってきたジェフに、何とか作り笑いを向けます。
しかし、ジェフはひどく申し訳なさそうな顔をしていました。
「足、まだ痛い?」
「ええと、少しだけ。でもなんとかなりそうよ!」
「ごめんね、せっかく花桟橋祭りに参加しようって、練習したのに」
どうしてジェフが謝るのでしょうか。マリーは頭を横に振ります。
「謝るのは私よ、ジェフ。今日は、本当にごめんなさい。練習、頑張ったのに……」
自然とマリーは俯いてしまいます。ジェフは何も言わずに、しばらく彼女を見つめていました。開けたままの扉から、お店の活気が響いてきます。けれどもここは、切り離されたかのように静かで、寂しさが漂っていました。
「マリー、もし、明日、足がよくなってたら」
と、ジェフはそろそろと、しかしどこか意を決したように、マリーの隣に腰を下ろしました。
「明日参加しない? 僕達、練習したんだ。お祭りは明日までで、まだやってるんだ。だから、せっかくだし」
今日がだめなら、明日に。
その言葉に、マリーはゆっくり顔を上げましたが、微笑むことなく、また俯きます。
そう言ってくれたのは嬉しいけれども、いま、自分のことが大嫌いになっていたのです。
「私、そんな資格、ないわ」
足を怪我したのは自業自得。いいえ、もしかすると、嘘吐きな自分への天罰だったのかもしれません。人間になってジェフと話せた、それだけで本当は満足しなくてはいけなかったのに、多くを望んだ自分に対して、神様が怒ってしまったのかもしれません。
「いっぱい迷惑かけちゃったんだもの。今日だけじゃないわ。ずっとよ。最初にお金がないのに食事をして、宿もこうして貸してもらって」
海色の瞳が波打ちます。
「ジェフ、ありがとう。でも、もういいわ。私、これ以上ジェフに迷惑をかけたくないの。気を遣わせたくないの。私……私ばっかりで……」
「そんなこと、言わないで!」
唐突に、ジェフが声を上げました。驚いたマリーが顔を上げれば、ジェフはひどく真剣な顔をしていました。どこか怒っているようにも見えますが、瞳はまっすぐ、マリーに向けられています。
「僕が、参加したいんだ――君と一緒に」
こうも見つめられては、マリーは何も言えません。気付かないうちに、マリーの白い手はジェフに握られていました。
窓から入り込む風が、カーテンを揺らします。自分の心臓の音がうるさいことにマリーが気付いたのは、しばらくがしてからでした。
そしてジェフが我に返ったのも、しばらくしてのことでした。
「ご、ごめん……すごく、わがままだった……」
ぱっと立ち上がれば顔を逸らします。
しかしそんな彼の袖を、マリーはぐいと引っ張ったのでした。
「私も」
痛む足をかばうようにしながら、立ち上がって。
「私も、参加したい。ジェフと一緒に、花桟橋祭りに参加したい!」
花桟橋祭りは絆のお祭り。
人間の姿になり、こうして絆を結ぶ機会が得られたのです。
「明日までには、きっとよくなるわ。だから、一緒に。お祭りが終わっちゃう前に!」
けれどもマリーは、そしてジェフも気付きませんでした。
マリーのターコイズのペンダント。以前は美しい青色のはずだったそれが、もうすっかり色褪せて、まるで浜辺に打ち上がった珊瑚のような白色になっていることに。
今日は、マリームーンが少女の姿になって、五日目でした。
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